2010年10月31日日曜日

【ホンヨミ!1029①】グーグルが本を殺す/竹内一正著【斎藤】

知識の補完の意味を込めて読みましたが、ほとんどゼミで扱ったテーマばかりだったので復習がメインとなってしまいました。

①グーグルと新聞
先週のNCテーマでした。振り返ってみたいです。グーグルニュースの仕組みは検索エンジンを駆使して新聞社のニュース見出しを集めてまとめ、新聞社のサイトにリンクさせる。つまり、新聞情報のただとり。当初は新聞社側の反発があったもの、グーグルの集客効果に気づき態度が軟化した。その際の記事の売り方であるが、基本的には記事を機械的に並べるだけであり、新聞各社の編集Jという演出は切り捨てられた。その効果として本書であげられている例を紹介する。
海外のグーグルニュースのでは、CNNの記事タイトルもアルジャーらの記事タイトルも一緒に並ぶため右寄り左寄りなど各社の論点にあわせた意図どおりにユーザーが記事を読まなくなる。つまり、イラクで米軍がテロリストの拠点を攻撃して成果を上げたと報じる一方で、アルジャーらは米軍がイラクの村を誤爆と報じる。これを並列することで、ユーザーは自分の関心のあるものだけをクリックする事になり、新聞社側の意図が排除される。逆にグーグル側の意図による介入がされる危険もあるだろうと思う。

②グーグルは盤石か
キャリアの垂直統合型で入り込む余地がない携帯電話分野が弱いとされるグーグルもアンドロイドOSを開発し、携帯をパソコンのようにオープンなビジネスに変換して広告を打てるようにしたいという野心をもつなど、これまで弱いとされていた分野での競争力を高めようとしている。かといってその地位は盤石ではなくかつて真空管がトランジスタにとって代わったように、大きな技術の変換があれば衰退するかもしれない。真空管を極めてもトランジスタには行き着かないのだというノーベル賞学者の江崎玲於奈氏の言葉が印象的である。同様に新しい検索アルゴリズムが生まれれば現在の地位が一転するかもしれない。そのような企業が世界中の情報を統合しようとしていることを認めてよいのか。考えさせられる。

③アナログ的手段
グーグルマップの情報取得に関しても人間が実際に足を使うなど泥臭い部分を持つグーグルであるが、それはコンテンツ制作段階においても同様だと思う。例えば最近NCで扱った電子書籍で考えるとグーグルはコンテンツを提供する場を設けるだけで実際の制作段階は出版社に任せきりである。出版社が販売するものをデジタル化することに優れているだけだ。企画、作家の発掘などこれは売れるという匂いを嗅ぎ取るのはやはり人間にしか不可能な事だ。今後の出版業界は制作に特化して販売などの面ではグーグルと利益を分け合っても良いと思う。もちろん、テレビ局と映像制作会社のようなアンバランスな力関係にならぬような交渉、訴訟は行って行くべきだ。

【ホンヨミ!1029①】日本進化論【高橋】

『日本進化論 ~二〇二〇年に向けて~』 出井伸之(著)

<自然と伝統文化>
日本が古来守り続けてきたもので、失いそうになる前に警笛を鳴らしている日本。失ってから取り戻すことはとても困難なもの。それが豊かな「自然」と独特の「伝統文化」であると云う。
今後、温暖化が進み行く社会で、自然の重要性は言うまでもなく、CSRの一環として取り組んでいる企業も多い。日本が前面にだすべき誇れるポイントはどこか。独自性を打ち出して世界にアピールしていく意味ではまず基盤になるポイントになると思う。

<国家>
環境国家、平和国家、文化国家。これらを日本の国家のスタンスとして明確にしておくことは大事だと思った。これらが揃うことで世界に埋もれることなく日本の存在感をアピールできると思う。また、他の国も追随してこうしたスタンスをとれば世界の秩序が保たれるのかなと思ったが、そう一筋縄でいかないのが国たるもの。個人的に共感したものの、理想と現実のギャップを感じてしまった。

<目的に応じたODA>
ただ単に支給するのではなく、地球規模で考えて+になるものにはODAを支給するという発想である。一見してとても良いし、闇雲に与えても仕方がないと思う一方で、その裁量を支給する側に委ねてしまうと主観的になってしまい、例えば経済状況が芳しくない時のODAの出し渋りの基になってしまいかねないとも思った。

<「競争」から「共創」へ>
日本の「ものづくり文化」は世界でもトップレベルで、共創するということはより「進化」することを可能にし、「深化」していくことができると本著では論じられている。本来資本主義といえば競争を連想するものだが、これからは日本のものづくりの文化をより発展させて共創していく。国際社会で地球人として共存する時代、競争を越えた共創の姿勢も念頭にいれておくべきだと感じた。

1029 ゼミの感想【黄】

①Presentation Kim
自分らしいプレゼン!これは黄ちゃんのプレゼンだ!って言われるプレゼンを作ろう!!!!
ってメラメラ燃えている中ナウ。ww
プレゼンは奥が深い。それに正解がない。
今回PKを作りながらも思ったし、ほかのメンバーの発表を聞きながらも同じ事を考えた。
ネガティブ路線の藤田さん、手作り感にこだわる戸高さん、自由さを心がける大賀さん、皆それぞれ色があるしだからこそ見ていてワクワクする。
自分の色って何色だろう?何が強みなのか?改めて振り返る機会になった。
よーーし。これからも頑張ろうっと。
②個人論文
来年の三田論に不安がなかったといえば嘘になる。今年何の経験も経ずに大丈夫かな、と。
でもまた同時に、自分一人で何ができるのか、どこから手をつければいいのかまったく見えていない今の状況に戸惑いもある。
だけど、何もやらないよりはあたって砕けろだ。だから戸惑ったけど先輩についていってみようと思った。
②ハロウィンパーチー
着替え室からパーティールームまで移動するあの恥ずかしさ。
あれは何気に冷や汗、早足ものだった^^
なんだかんだ言って、金ゼミで外でイベントやるのって初めてでは?
合宿ではバンナムのことばっかり話してたし、サイゼリアでもそんなに深い話ってなかなかしづらく
とても充実した時間になったと思う。
あー、この人はこういう価値観を持ってるんだなー、面白い!とかね。
今後もこういう機会がちょくちょくあってもいいのでは?

[1029ホンヨミ!②]体験交流型ツーリズムの手法[矢部]

体験交流型ツーリズムの手法ー地域資源を生かす着地型観光 大社 充(著)

 地方の過疎化や産業の衰退など地方におけるマイナス要因はそれぞれが食物連鎖のように、持ちつ持たれつの関係で成り立っているので一概に原因を特定して改善させることは、極めて難しいことだと思う。しかしながら、共通した基盤をもった地域活性化方法はある。それが観光であると思う。日本には観光庁が新設された経緯もあるし、最近やたらと観光関連の新しい試みは見られる。それは日本だけでなく、世界にも。例えば、JR東日本の「北陸beauty」のキャンペーンは福井、富山、石川などを盛り上げようとしている。もうすぐ開通する東京ー青森間の新幹線のキャンペーンも目が離せない。CMやOOHには三浦春馬さんをはじめとした有名人が起用されるなどこれもまた盛り上がっている。これらの鉄道関連のキャンペーンにに共通するものとして、ターゲットの年齢層だ。現代、セグメンテーションは古いMKTG技法と揶揄されているが、ここではエイジ・セグメンテーションをしているのは一目瞭然である。確実に私たちのような18~25歳層を狙っていると思う。そのほかにも新しいtokyo international airport関連も調査をしてみると結構、楽しい現代の色々な商業戦略が秘められているものである。早く現地に足を運んでみたいと思う。
 
旅行業界に目を向けると、国内旅行が低迷するなか新しい形態の旅が注目を集めている。従来は、大規模マーケットを背景に大都市圏の旅行社が主催する発地主導のパッケージツアーが主流であった。ところがインターネットの普及など情報化が進み、旅行社の情報優位性が崩れ、旅人のニーズも大きく変化した。そして登場してきたのが、地域のことを熟知した地元の人が主導的な役割を担って旅づくりに取り組む「着地型」とよばれる旅である。これから求められるのは、マスに対したツーリズムより、地域主導のalternativeなツーリズムではないと考えている。このような考えを用いた、格安航空券で有名なHISは確かにすごいが、業界ではまだ3位という現実がある中、これからが楽しみでもある。

1029ゼミ感想【斎藤】

*プレゼンテーションキム
藤田さんの仰るネガティブに考えることでプレゼンがよくなるという考えは自分にとって新しかったです。また、黄ちゃんのショートスクリプトの活用法も参考になりました。朝食の時間を活かしてTEDでプレゼンを見ているなんて素晴らしいなと思います。僕も朝食をゆっくり食べる時間くらいはちゃんと作ろうと思いました。小さい時間の積み重ねが大きい差を生みそうだと実感しおそろしくなります。世博の情報源の多さにも驚きました。僕もバイト先でビジネス系の様々な雑誌を読める環境にあるので活用したいと思います。

今回各自が作成したスライドには個性がものすごく反映されていました。そこには戸高さんが仰っていた手作り感があらわれていたように思います。スライドのつくり込みを通じて見ている人にとって印象的なプレゼンになるのだと感じました。そして、僕は菱木さんに投票していたので楽しみでしたし、結果的にとても印象的でした。最初のムービーには驚きと何故か笑いが生まれましたがその後に仰った話にも説得力がありました。しかし、最初の白黒の図が何を意味するのか気になりました。そこに何らかの意味があるように暗示させることに卓越した能力をお持ちなの思います。

いろいろな点で参考にするべきことは多いですが、なかでも各自が普段の行為(ここではプレゼン方法)を他者に理解させ実行させる程のマニュアルとしてストックしているという事はすごいと思います。僕はその場しのぎで手探りにスライドを作成しているのですが、その中で見つけた発見を蓄積し自分流のマニュアル本を完成させることが上達、自信に繋がるのだと思いました。

*ハロウィンパーティー
アンケートでのサプライズをはじめとする全ての演出はノンフィクションです。

[1029ホンヨミ!①]賃労働と資本[矢部]

賃労働と資本 カール・マルクス(著)

マルクス経済学を学ぶ上で、有名な「資本論」ではなく、この本を手にした。数字的に分析するというよりは、論理的思考の含蓄されている内容で、分かりやすい本であった。

 「労賃は、労働者によって生産された商品における労働者の分け前ではない。労賃は資本家がもって一定量の生産的労働力を買い取るべき、既存の商品の一部分である。」
つまり、労働者がいくら頑張ったからといっても、それによって上昇した収益の一部が労働者のものになるわけではないということである。
 確かにこのような一節を読むと、果たして今どちらが上下にあるかというのは、グレーな感じがする。何も違和感なく過ごしてる、資本主義社会。ブルジョア観念のある階級的社会は本当にこの社会の理想像なのであろうか。マルクスがプロレタリア社会主義革命をめざす心情も分からなくもない。社会上に支配的なイデオロギーが蔓延すると、それは一部の社会にも階級的イデオロギーももたらす。資本が少ない状態にあって、苦しいときは労働者もそれ相応にたくさん労働して、苦しい気持ちを共にするというのが常識となっている資本主義は果たして良いものなのか。資本家が優位に立ち労働者が劣位の資本主義構造は崩壊するべきだ。
 現在ではその立場が逆転したかのように思える資本主義であるが、ここがまたも違うと僕は思う。今は、資本主義的民主主義だ。これは実に危険な社会の状態にあるといえよう。なぜならば合理的無知という、社会を動かすのはインテリゲンツィアにのみ委ねられる現象が起きているからだ。これを打破しなければ未来はないだろう、しかし民主主義が一番平和ということもあり、何もできないのが実状なのだが。

1029ゼミの感想【竹内】

presentation Kim

一年ぶりのpresentation kimでした。
最近プレゼンの機会がないので、非常に興味深く拝聴させていただきました。
誰のプレゼンも裏にしっかりした考えがあるのだなと思いながら興味深く伺っておりました。
特に、藤田さんのプレゼンやり方なんて誰が言っても大体同じようなことを言っているとおっしゃっていたのには共感させていただきました。
しっかりと抑揚をつけること、聞いてもらえるプレゼンを目指したいものです。

ものつくり学部

先輩方が行ってくれるワークショップは毎回面白いものばかりなので、来週も参加できるようであれば是非参加したく存じます。
楽しみにしています!

1029ゼミ[矢部]

presentation kim

 1人1人のプレゼンについての思いを聞くことができて、良い機会だと思いました。個人的には、全然プレゼンがうまくないので、練習をたくさんすることが緊張感や口癖などを無くすためには必要なのかなと思いました。まだ学生のうちなのだから、自分流をはじめから作るよりは、自分が良いなーと思ったプレゼンの中にある各要素(見せ方とか話し方、ソースやその内容までも)どんどん模倣して、その中でオレ流を出していくことが必要だと思いました。加えて、背が大きい人は動かない方が良いということも学びました。笑

個人論文

 個人で完結してしまう作業ではなく、ゼミ全体としてこの論文を組み込んでいただけるので有り難い機会だなと噛みしめながらできればいいなと思います。複数のことを同時にやって、どれも手つかずにならないように気をつけながら頑張っていきたいと思います。論文を執筆することで、ある程度その分野について詳しくなれることに達成感もあるので、良い機会だと思います。

hallowe'en

 とても楽しくできてすばらしいpartyになったと思います。いつもゼミだけでは分からないその人の一面なども発見できるので、このような会はやはり大切ですね。偶にあるこのような会を楽しむためにも、毎週のゼミも今まで通り、頑張っていきます。

オリジナルになる。

 
 いかに受け止めるか

今回金ゼミ史上2回目のPresentation Kimが行われました。
ここで発表権を持つのは名誉なことだと思います。
さて、発表する人もしない人も、この機会をどう受け止めるでしょうか。

PresentationKimの趣旨を説明した時に分かる通り、これはプレゼンが上手い人のメソッドを学ぼう!という目的で行われ始めました。
しかし、よくよく考えてみると、本来はこういう機会をわざわざ設けない方が、望ましい状態とも言えるのでは?と思います。

なぜなら、良い人のことを真似する機会はわざわざ設けるものではなく、自分がいかに普段から”吸収したい!”と思って生活するか、の違いだと思うからです。
ゼミ生は週に一回は集まって、必ず誰かがプレゼンをします。その中でも多くのことを盗もうとおもえば盗めるし、さらにその裏が聞きたければ、同じゼミ生なのだからいくらでも聞けると思うのです。聞かれて答えない人はいないと思います。

2期生の銭谷さんが、「24時間365日、何かしら吸収できるものはある」とおっしゃっていたのが私は今でも印象的です。ふと、”そういえば銭谷さんの魅力はどこにあるんだろう”と思ったとき、こういう日ごろの心掛けから生まれる常に貪欲な姿勢なのかなと思いました。と同時に、自分がいかに普段無意識のうちに自分の感受性やアンテナのスイッチをOFFにしていたか、ということにハッとさせられました。

私は、他人と同じ場所で同じように時間を過ごしても、人より多く感じとり、深く考える人になりたいと思います。


 Halloween Party

5期生の盛り上げ力は素晴らしいです。
3,4,5期生で多国籍、性別も時代も入り混じり、とても楽しい混沌とした空間でした。
いろいろな意味で、文字通りの”Happy”Halloweenになりました!
来年も続くんでしょうか?!
それまでに自分らしい仮装(?)を見つけないと…

【1029・栫井】ゼミ感想

【Presentation Kim】
見ていて感じたのは、やっぱりコンセプチュアルなプレゼンは見ていて楽しいということ。
例えば藤田さんの「ネガティブのすすめ」、吉田君の「引用のプレゼン」。
自分の言いたいことをしっかり的を絞って話しているので、印象に残るし見ていて飽きないものだった。

去年も同じようにPKをやって、今年のスライドと見比べてみたのだが、やはり言っていることも心持ちも全く違っていて、面白かった。
特に5期生は、今のプレゼンをぜひ保存しておいて、来年の自分と比べてみると、発見出来ることが多いと思う。

【ものつくり学部】
ひとことで言うと、わくわく!
いつも面白いものを提供してくれるひとたち。そんな「ものつくり学部」への期待を裏切らない。それどころか増幅させてくれるようなコンテンツになりそうだ。

【個人論文】
先週のサイゼリヤで、金ゼミに対して抱えていたもやもやを田島さんに一気にぶつけてみたところ、同じように本気で向き合ってくれて、そこで出た意見を集約させたのがこの案だ。
最大のパフォーマンスは最大数のチャンスから生まれるとわたしは思う。
このプロジェクトをひとつの機会だと捉えて、自分自身の知的興味と向き合ってもらいたいなと思います。
また、当初「みんなBNGも忙しくなるだろうし、きっといやだろうな」と思ってダメもとで出した提案だったにも関わらず、5期生が納得してくれたことがとても嬉しかった。

テーマを自分で絞り切ることは、かなり難しいことだと思う。
わたし自身、去年三田論開始に当たってテーマをチーム内でブレストしたときは、大したキーワードも出せずに終わってしまっていた。
もしも絞り切る自信がない、漠然とした興味しか出て来ない、という場合には、もちろん自分で調べまくることも大事だけれど、早めにスライドを流してくれれば、他のゼミ生が調べる時間も増えるので、FBの量もきっと多くなる。
短い期間になってしまうが、納得いくものが生み出せるように、一ヶ月頑張って欲しいし、そのためのサポートにも出来る限りの力を尽くしたい。

【ハロウィンパーティ】
三田論のタスクに追われ、泣く泣く出席を諦めました。。
5期生が協力して場を作ってくれたとのこと、とても頼もしく思います。
来年からは5期生が引っ張っていくことになるので、その団結力が上手く作用して金ゼミをもっともっと盛り上げてくれるのを楽しみにしています。

2010年10月30日土曜日

1029ゼミ感想【高橋】

①Presentation Kim
プレゼンが上手い人たちのコツを知れてとても参考になりました。
伝えようとしている態度が大事、練習はストイックにストップウォッチを使って、伝えたいことを漏らさないためにshort scriptを用いる。スライドのイメージカラーを作って視覚的にも魅力的なものにする。
手作り感を大事に、データを用いるときは信憑性などに気をつける。
これらは「素敵」なプレゼンをするのにとても大切な要素で、それぞれのコツを自分流に取り込んで融合して今後のプレゼンに活かしていきたい。

②個人論文
たしかに論文執筆経験が少ないと思っていたのでいいアイディアだと思った。今後入ってくるであろう後輩に対しても「去年そんなに論文書いてないからわかんない」とは言えないし、何かを残したいと思う。
テーマを絞るのにとても悩みそうだが個人的に興味をもったものを深めていけたらと思う。

③Halloween Party
絶対に盛り上げて成功させたいと思っていたので、みんな楽しんでもらうことができたのではないかと思います。交流を深めるのが最大の目標で、5期でアイディアを出し合って分担してやり遂げることができて本当に良かったです。嬉しかったです。
アカデミックなことはもちろん、こういった交流も大切にしていきたいです。
「なんでもガチ」。この言葉に尽きます。

【ホンヨミ!1029】情報デザインの教室【栫井】

情報デザインの教室

情報デザインとは、
・ネットワーク指向:人・モノ・環境の関係性に着目する
・質的な思想:状況論を用い、物事を全体で捉える
・恊働・学際を重んじる
・デザインシンキングに基づく
設計方法である。
学部ゼミの専門のひとつがデザインシンキングのため、良い復習と発展に繋がる本だった。

・ideaのジャンプ
日常生活をよく観察し、その中からニーズを見つけたり、人々が無意識にやっている動作を捉え、プロダクト・サービスに落とし込むのがデザインだ。
しかし、ただ観察しているだけでは、新しいものはなかなか生まれて来ない。デザインシンキングの落とし穴として、「iPodはユーザー観察からは生まれて来なかった=ユーザーの生活に密着するだけでは、革新的な製品は生み出せない」と言われることがある。
素晴らしいアイデアは、一見突拍子もないところから沸いて出てきたように思える。だが、実際はユーザーを観察して得たものの他に、自分自身の日常生活で蓄積されていった経験が連鎖的に組合わさって作られたものなのだ。
ひとつひとつの関連性を丁寧に見出し、結びつけることでアイデアは面白いものに化ける=ジャンプする。このことを、アブダクションということもある。

・ペルソナストーリー
デザインシンキングでよく登場するのが「ペルソナ」だ。ユーザーをひとり想定し、彼(彼女)の日常を徹底的に洗い出す。どんな性格なのか、どんな問題を抱えているのか、それはどんなところから発生したものなのか。
そしてペルソナがそのプロダクト・サービスを使うことでどのように生活が変わるのか、ストーリーで描き出す。
この手法で、思わぬ関係性や抜け落ちていた視点が発見出来る。

・インタラクション
従来のプロダクトは、デザイナーの思いを中に落とし込んだものであった。
しかし、ユーザーとデザイナーが、インタフェースを介して思いを共有するプロダクト、つまりインタラクティブプロダクトという考え方がある。
ユーザーがついうっかりしてしまう習性をインタフェースに取り込む、ユーザーとデザイナーの恊働作業による開発である。(注意したいのは、巷でよく売られているような「○○×△△のコラボ商品!」とは全く異なる性質を持つことだ)

人・モノ・環境の関係性に着目する、情報デザイン。
異なる何かと組み合わせることで、それ自体ももっと可能性の広がる手法なのではないかと感じている。

2010年10月29日金曜日

【ホンヨミ!1022②】国家の命運【高橋】

『国家の命運』 薮中三十二(著)

「APECフェスタin慶應」開催初日に講演に来て下さった薮中さん。大変興味深くて人柄が素敵だと思い出版されたばかりの本著を購入してみました。

①表現とプレゼンの重要性
日本外交の交渉役を担っていた薮中さんが実際に外交官生活を経て体験したことを基に、自分の主張の趣旨を変えずしていかに相手を納得させるかについて論じられていた。
言葉の表現の仕方を少し変えるだけで相手の反応がガラリと変わる。外交においてだけでなく、恐らくどんなプレゼンでも共通していえることだろう。
特に、外国に向けてのプレゼンならなおさらだ。日本特有の遠回し表現が外国では不明瞭極まりないため敬遠され、より具体的なものを求めてくる。できる限り具体的にすることは聞いている相手もイメージしやすくなって伝わる度合いも変わってくる。

②あまりに敏感な反応
外国と何か事件があった場合、必要以上に取り上げて国内で騒がせるマスコミ。例えば、日本が何かアメリカに多少不満を与えるようなことをしたとき、アメリカの代表者はアメリカ国民の目がある以上、マスコミに言及を迫られたら建前上多少強い口調になる。それに過剰反応して日本の国民感情を煽って国内での取り扱いをより深刻化させてしまう。
知る権利はたしかにあるが、一国の威厳を保つためにも、ゆったり構えて自信をもつことも場合によっては大事なのに、それを許さない状況下を自ら作ってしまう日本のマスコミ。情報操作や洗脳、扇動することもできてしまう第4の権力。情報の受け手の質の重要性を改めて思った。

③ASEAN諸国との連携
日本で海外からの介護士などの研修生受け入れが進んでいる一方でその待遇や条件はオープンではない。大卒の人にしか参加資格がなく、途上国から研修にくる人たちを増やそうってときに逆行したことをしていると言わざるを得ない。
条件をゆるくして、より多くの外国の人たちに研修を受けてもらうことが大事である。
今後、TPPや東アジア共同体などの動きに注目していく必要がある。

【ホンヨミ!1022①】思考の整理学【高橋】

『思考の整理学』 外山滋比古(著)

少し前まですさまじく書店でブームを起こした本著。ずっと眠ってたので掘り起こして読んでみました。
(てっきり最近の本だと思ってたのですが、実は初版1986年だったのですね…。)

①寝かせる
考えが煮詰まったときに一旦休憩を挟んでリラックスしたらもう一度向き直す。その行為がまさにこの「寝かす」にあたる行為だ。しばらく間をあけたとしても自分が忘れていない限りまた向き合うことになる。そのときに、新しい視点がぽっと浮かぶことがある。間をあけたくないからといってずっと煮詰まったまま向き合っていても何も良いものは生まれない。行き詰ったら一旦引くことも大切なのだ。

②忘れる
「忘れることは価値観にもとづいて忘れる」「価値観がしっかりしてないと、大切なものを忘れ、つまらないものを覚えていることになる」
自分の価値観を確立させて自信を持って考えの取捨選択を行う。無意識のうちに忘れることはよくあるが、忘れようと思うものほど忘れられなくなる。意識しないものと「忘れよう」と意識しているものでは頭に残る度合いに差があるのは当たり前で、自然と忘れることができるのが理想だ。自然と忘れられるのは、自分の価値観が根付いている証拠で、忘れようと努力すること自体、一種の迷いがまだあるからではないかと思う。

③垣根を越えて
新しくて刺激的な場に身をおくことで今まで考えもしなかったことを考える機会になることが多々ある。それは、ある囲いに中にいると見えなかったものであり、違った場所に臆せず飛び込む勇気さえあればどんな垣根を越えても成長していける。害が一切ないオーガニックな中で育つより多少汚れて育った方が強くたくましく生きていける。それには垣根を越えた交流をすることが大事となる。
広い視野をもつには欠かせないことである。

2010年10月28日木曜日

【ホンヨミ!】1028①型破りのコーチング【金光】

『型破りのコーチング』平尾誠二 金井壽宏

 連帯責任は無責任
だれかがやる、ではなくて個々が自分の力を最大限に発揮することで、個人では得られない成果が得られる。

 チームというのものは自由と規律の間を常に揺れ動いているもの
だから、常に変化を恐れずにチームの着地点を探し続けることが大事ということだろうか。一度安泰になってもそこにあぐらをかいていてはいけない。

 理由を説明できないコーチは選手を監視し続けることになる
思い当たる節があるので、何をするにしても自分の確認のためにもWhy??を説明することを忘れないようにしよう。  

 選手側を聞く気にさせるために、まず自分が相手の話を聞くこと
このあたりがよくわからなかった。言葉だけ見ると納得はいくけれど、こういう類のことはやはり実践に限るのかな、と思った。この本の帯にも「話し方」ではなく「聴き方」で心は動くとあったけれど、どちらかではだめだと思う。話せる人が聞く力も身に付けたときに強くなる。とは言え、聞くことは自分からはメッセージを伝えないけれど相手の”受信機”の精度を上げるためには大切なこと。今の自分には話す力が足りていないと思うので、本書にあったような"言葉を選んで”話すことを心がけたい。

2010年10月25日月曜日

1022ゼミの感想

・整理
今回のゼミ内容は、今自分が興味のある分野のことであったり、論文で扱っているテーマに触れていて、頭の中が整理される感覚があった。
たとえば電子書籍の現状。
出版社や印刷会社は、もっと迅速な行動をすべきだと思う一方、なぜ彼らが動けないのか。その柵はどこから生まれてくるのか。しっかりと考える機会は今まであまり無かった。特に出版社に関しては、今のリソースをこれからの競争においてどのように活かすべきなのか、少し触れることが出来、面白い考え方を聞くことが出来た。
既得権益を持つ団体は、総じて動きが鈍い。だが、持っている資源は新興勢力に比べて確固たるものがある場合も多い。利用出来る資源をどう切り取り、新興勢力に立ち向かっていけば良いのか。
李先生が仰っていたような様々な視点を取り入れながら、考えて提案していけると良いと感じた。

・何が重要なのか
キーワード、という言葉が今回のゼミのキーワードだったと思う(あたまのわるそうな文章ですね)
自分の行動指針となるべきキーワードを自分の軸に持っておくことで、理想に近づける。
同じことが、NCやプレゼンでも言えるだろう。
今回、NCのプレゼンター・コメンテーターがたっくさん調べてきたんだろうな、と思わせる内容だったのに、いまいち議論の意図・構図がわかりにくい場面があった。
細かな情報を入れる場合は、「このスライドで何を知って欲しいのか」「何がわたしの言いたいことなのか」をまとめて強調し、特にキーワードで落とせると素晴らしいと思う。
なかなか難しくてわたし自身も実践し切れていないのだが、スライドはキーワードを目立たせるために在る。
何が重要なのか、きちんと示せると、見ていて腑に落ちるプレゼンになるのだろう。

・エネルギー
今回のゲスト、林千晶さんのお話は、大変楽しく、聞いていてわくわくした。
なぜだろう。考えたとき、彼女の持つエネルギッシュさに惹かれたからではないかと思った。
自分の信じる道を進むエネルギー、やりたい!と思うことを実現するエネルギー、わたしたちの話を聞き、きちんと自分の話も伝えようとしてくださるエネルギー。
彼女のエネルギーにわたしはあてられたのだと思う。
あんな人になりたい。
同じ女性であったり、やっていることが自分のやりたいことのどんぴしゃであったり、も要因のひとつだと思うが、深い魅力を感じさせてくれる方だった。
誰かと会ってお話するとき、わたしも相手にこう感じてもらえるために、もっとエネルギッシュに、自分自身を表現することを心がけたい。

2010年10月24日日曜日

1022ゼミ感想【斎藤】

NC
ガラパゴスの戦略はAppleのIpodデバイスによるコンテンツの囲い込みというビジネスモデルを日本市場に特化して真似したものに思われる。SHARPがデバイスの開発に踏切り、出版社が相互提携を結ぶなど電子書籍ビジネスの主導権争いが今後も激化すると思われるが、デバイスとコンテンツの組み合わせが限られてしまうのはユーザーにとっては好ましくない。個人的な理想は携帯電話でのダウンロードコンテンツである。音楽、マンガ、ゲームなどコンテンツの種類、販売会社に制限されることなく携帯電話であればキャリア、メーカーに関係なく購入するできるからだ。

また、電子書籍の販売について考える際に、出版社とapple、SHARPなどのメーカーの立場を明確に分けて考えるべきだと思う。appleの例は完全にデバイス及びitunesを開発したappleが主導権を握ったが、日本での電子書籍の販売にあたって出版社が主導権を握る、生き残る為にはどうすれば良いのか。この点について興味を抱いた。

ゲストスピーカー
普段は聴けない他のゼミ生のキャリア、生き方への話を聴く事ができて面白かった。ジョニーさんのストイックを求められるのは好きではないという言葉も印象的だった。まだまだゼミ生の価値観などを知らないなあと思ったので、これから色々話していきたいと思う。就職などまだ先の事という気持ちであるが、受験のように自分が努力すれば必ず合格するといった絶対的なものでなく就職は縁や適正という要素が強いと思うのでどこに入らなければいけないという強迫観念にとらわれることなく自分自身をさらけ出した結果として業界、企業で頑張れば良いのではないかとおもった。

「すごい」人【矢野】

①NC

最近の電子書籍事情が分かってためになったし、話題性があって面白かった。
最後にも意見したとおり、私は日本産の電子書籍がそこまでの酷い失敗には終わらないのではないかと思っている。確かに日本でしか市場を取って行けないのは厳しいだろうが、独自のやり方(フォーマットなど)を確立していかなければ日本の市場さえも完全にアメリカ勢に乗っ取られてしまうだろう。私は日本の製品は本当に細かいところまで細かくカスタマーニーズを押さえられていると思う。林さんが、(インクリメンタルなマーケティングが日本は得意とおっしゃっていたように)。出版社側、著者側から見るとまた違った世界が見えるのであろうが、使う側・読む側にとっては使いやすさ(値段も含めて)が一番であると思うから、そこまで問題はないのかと考える。ただ、寡占市場にしていくことでコンテンツの値段が上がり、また再び音楽のように違法DLが増えることも往々にして考えられると思う。
引き続きみていきたい問題であると感じた。
また吉田君が意見していたように、出版社の価値というのが今後どうなっていくのかも気になるところである。

②林さん講演
お話を聞いていて本当に楽しかった!!
語彙の少ない私はお話の後、「この方すごい!!激アツ!!!」と思ったのだが、それだけでは伝わるところが少なすぎるし自分のためにもならないので、なぜそんなに興奮したのかを考えることにする。

まず、お話の仕方が人を惹きつけた。具体例を非常に多く使ってらっしゃるところ、一つ一つのことを自分の言葉で話していらっしゃる気がした。あと「~でしょ?~だと思わない?」など常に相手に語りかけるような口調もいいのかも、、、と話術から学ぶことが多かった。実際に理屈抜きに、林さんと話していること、お話を伺うことが本当に楽しかった。
次に、感覚が私(たち)と大きく違わないこと。よく社長さんのお話や若いころについて聞くと「そこで私ならそんな大きな決断できないや。」とか「こんな考え方が出てくるなんてが私のような人間とは違うな・・」というような感じを持ってしまうことがあるのだが、林さんのお話を聞いていると、別段特異な考えを持っているわけではないようだった。林さんの「(就活の時点で)実際そんなに人と違わない」というお言葉を思い出してしまう位に、根底の部分では(言い方がとても悪いようですが)「私たちと同じような」「特異ではない人」だと感じた。それがまた親しみやすさを生んでいるのかもしれない。林さんの人生における「こう思ったから、次はこうした」という選択もすごく人間らしい感じがした。そのため、一つ一つのアドバイスや林さんの今までのライフストーリーが自分にもあてはめられそうでためになった。

林さんとお話して印象に残っているのが、留学に行った時に肩書がない自分を海外でどう説明し、表現していくかというところだ。自分ならどうするかと考えた時、難しすぎると思った。現在日本であれば「慶應義塾大学の・・・」と言っただけで塾講師のアルバイトは採用されやすくなるし、所属を言えばOBの方に良くしていただける。肩書って本当に楽だが、それを取り払った「肩書が守ってくれない」自分というものを表現できる方法を増やしたい、できれば日本だけでなくそれをグローバルなレベルでできたらいいなと思った。

学んだことはまだまだあるが、学生生活のうちに、「自分のワクワクすることを社会という風に当て続けることで磨いていく」ということを積極的にしていきたいと思った。

本当にありがとうございました。

1022 感想 【黄】

①電子書籍とガラパゴス
今回NCで出てきたガラパゴス。純日本製電子書籍端末として大々的に登場した。
縦書き対応など「日本の書籍文化に適した豊かな表現力」が売りらしい・・・。
果たしてその勝算は?
私はやはりないと思う。PC接続なしで本の購入が不可能な点、読書体験を提供するにも拘らず、画面が読書に適したE-inkではなく、読みにくい液晶画面である点などから見ても、そもそもガラパゴスの目的が非常に不明確である。ガラパゴスが提供したいものとは何なのか。
仮に「何でもできる」だと無理やりこじつけてみよう。そうするとI-Padと何が違うのか、という点に行き着く。むしろI-Padは単体で通信可能な点においてより優れているではないか。
どこから見ても勝算が著しく低く思えるのに何故、シャープは発売に踏み切ったのか疑問で仕方ない。諸外国でヒットしている有益な機能を取り込んでよりよい品質を目指さず、国内市場しか視野に入れていない今の流れにもどかしさを感じた。
②林千晶さん
ロフトワークからいらして頂いた林千晶さん。金ゼミとしては珍しい女性のゲストスピーカーだったが色々な刺激を受け、本当に密度の高い時間だった。
私たちの日々は小さなベクトルの積み重ね。自分の中で絶対ぶれることのないキーワードを持つことで大きな強みにせよ、という話に共感した。
私の中には、どちらを選択すべきか決められない道がある。
どちらを選ぼうか、そもそも自分は今正しい道にいるんだろうか、と漠然な不安があった私の中で今回、大きな変化を経験した。最高にワクワクした自分がいた。こういう時つくづく思う。金ゼミに入ってよかったー、と。

自分自身を考える

 キーワードを作るということ

ゲストの林千晶さんは全身からエネルギーを出しているような、そして余裕のある素敵な方でした。
多くのお話の中で私が最も印象的だったのは、”自分のキーワードを作ること”そしてさらに、”自分自身のシンプルな行動基準を作ること”。
林さんは直接おっしゃっていませんでしたが、自分を表すキーワードを考え、行動基準を考えるだけでなく、それらを明確に”言語化する”ことに大きな意味があると私は思いました。
なんとなく自分の中に持っているのではなく、端的な単語やフレーズ化しておくことこそ①他人にも②自分にも理解できるモノになると思います。
ここでは割愛しますが、さっそく私も自分自身を「慶應」や「金ゼミ」や「法学部」をはずしてキーワード化してみたことで、発見がありました。

 魅力的であるということ

千晶さんのお話中に、何度かゼミ生のカウンセリングのようになった場面もありました。
お話の内容だけでなく、お話されているゲストの方を見ていて感じたことがいくつかありました。①まず、話し方が上手ということ。②聞き方が上手。③情熱的。
①~③はつながっていますが、話すのは上手でもあまり人の話を聞かない人も多いと感じます。
でも、自分の話を聞いてくれる相手だ!と思うだけで相手への好感度も信頼度もグンと上がります。
それはゲストと学生という立場で、始まる出会いの中で、ゲストの側が機械的にヒトに向かって話しているのではなく、目の前にいる”自分たち”に心を開いてくれている、と感じるからだと思います。
千晶さんは相手の話を辛抱強く聞き、さらにそれに対して即座に自分の解釈と答えを返してくださっていました。相手に対する答えを出すにはただ聞いているフリでは応えられません。頭の回転の速さと温かい姿勢を感じました。
また、自分の仕事や考えを述べているときの千晶さんはとても情熱的でした。自分自身の経験から出る言葉には説得力があります。③は①につながっていると感じました。

 
 独自性か? 国際基準か?

NCでは、前期に扱った電子書籍をしっかりとまた議論の場に載せ、最新の話題を取り込んで組み立ててくれました。
前回も今回も、NCの質が上がったことを実感しています。
日本の電子書籍は、電子書籍という新しい形態にも関わらず、今までと同じだけの業者や人を介在させて成り立たせようとしているところに無理があるように感じました。GALAPAGOSは技術は現時点の最高峰ということだったので、ガラパゴスにとどまらず世界に使ってもらいたい!と思いました。

1022ゼミ[矢部]

①NC 電子書籍もガラパゴス化!?

 総務省/経済産業省が日本での電子書籍を標準化させようとした要項を提言した。そこで、関わってくるのがフォーマットである。ユーザーと関わりのあるフォーマットは配信フォーマットであるが、日本での電子書籍が作りやすくなるという点、日本対応という意味では、中間フォーマットが意味を持つ。そこで、日本で使われている中間フォーマットとしてXMDFというものがあげられる。しかし、この中間フォーマットでは日本以外では使うことができないし、ましてや海外ファイルを読めないということから、これを使ったデバイスでは電子書籍をもガラパゴス化されるのではないかというのが、現状の問題点であるのだ。
 やはりそこで重要となるのがプロフェッショナルとアマチュアの関係性ではないだろうか。その壁をどこで線引きするかも重要であるが、壁がなくなってしまった今誰もがコンテンツプロバイダーとなれる。それはコンテンツ文化の衰退と叫ばれることも多いが、果たして効率面では従来よりより良いものになったのだろうか。そこでゼミでうまい具体例と共に学ぶ事が出来た、垂直統合•水平分業とも関わると思うが、一つのアクターがまとめてやってしまうのは確かに効率がいいと僕も思う。李先生も例を示していたが、法律を一人で作って、実行して、取り締まる分にはとても効率がいい。しかし、社内取引による競争感覚の低下•麻痺もありながら、不透明な状態で消費者からの審査を受けないため、最終的には質の低下も不可避なのではないかと思う。それが編集者と著者の間で起こるとますます、コンテンツの質の低下を招くので解決策を見いだすべきだと思う。

② Guest Speaker 林千晶さん ロフトワーク

 とても考え方が前向きですばらしい方だなと思った。なにはともあれ自分自身と向き合って、人生についてよく考えているのだなと思った。しかし、自分探し自分選びをやり過ぎるのはあまりよくなく、simpleに日々訪れる、選択の時を選んでいきたいと思った。個人的には目先のことにとらわれたくなく、もっと俯瞰できるような広い視点で生きたいと思っている。そのような面でも、自分の根底にあってブレナイものを一つ貫き通す事が大事ということは、良い考えだなと思った。そして何でも抽象的に考えないで、具体的に考えることも大事だと思う。抽象的に説明するのは案外難しいように見えて、定型的になることが多い。一方で具体事象はchangeしていることが多い。故に難しいのではないかと思う。

[1022ホンヨミ!②]クリエイティブ•コモンズ[矢部]

クリエイティブ•コモンズ デジタル時代の知的財産権 ローレンス•レッシグ(著)ほか

 CCをゼミ関連で耳にする事は幾度かあったが、知識としての定着とまではいっていなかったので今回、ゲストスピーカーが林千晶さんということもあり、この本を読んだ。しかしCC関連には全然触れなかったが…笑

 クリエイティブ•コモンズが、コピーライトとパブリックドメインの中間、すなわち、All or Nothingの中間という説明で話がついてしまう。やはり、All or Nothing ということになるととても硬直的である。そこを著作者が「自分の創造物を多くの人に自由に使ってもらいたい」かつ「権利を放棄したくなく、作品のお金を回収したい」ということもあり、その中間を実現するのがクリエイティブ•コモンズ•ライセンスということである。そう、Some rights reservedである。

 確かに、アーティストの楽曲を広めたいという場合にはCCは有効であると実感した。自分の楽曲にCCライセンスで一定の許諾を認めれば、利用者アーティストが制限した一定の範囲内で自由に二次利用することができるからだ。つまり、事前に契約を結ぶということを意味するのであろう。利用したいときに、作者と利用者が契約を結ぶとなると時間がかかることや、事柄の複雑化でなかなか実現されないということがあるが、それを簡略する事が出来るというわけだ。
 コンテンツの創作、流通、検索、利用を促進するという意味で、大きな役割を果たすものだなと思った。
 

[1022ホンヨミ!①]電子出版学入門[矢部]


電子出版学入門 湯浅 俊彦(著)

〜国立国会図書館〜

前期に電子書籍の論文を執筆してる時や、google book search など関連の本などを読んでるときに、しばしば出現してくる「国立国会図書館」という言葉。今までその詳細について、全く知らなかったこともあり、この分野の理解の欠如を引き起こしていた。これは、特に電子書籍を考える上で、不可避なことであり、とても重要な位置を占めると感じる事が出来た。

1、所蔵資料の大規模デジタル化

 2009年度補正予算で、国立国会図書館の所蔵資料の大規模デジタル化関係の経費が計上された。おそらく、日本もデジタル化という手段がこれからの図書館が果たす役目の一つである、資料保存という面で最適と考えたのだろう。グーグル図書館プロジェクトに対抗する我が国の国家戦略とも捉える事が出来ると思う。
 
 しかし、その問題点として2つあげられることがある。一つ目としては、国立国会図書館は日本最大の蔵書数を誇るわけであり、デジタル化する資料が限られているとはいえども、現状では予算不足で、上積みが必要であるということだ。そして二つ目として、国立国会図書館のデジタル化というものが、画像データに特化したものであり、テキスト化の方は出版界の強い反対があって、まだ実現していないということだ。グーグルのように、本文からの全文テキスト検索ができない面でまだ劣っていると思われる。

2、電子納本制度

国立国会図書館は、この世の中での電子出版物の流通の増大に対応するために、電子納本制度を導入しようとしている。内容としては、民間の出版社、出版者がe-bookをインターネット等で出版した場合に、国立国会図書館にも納入する義務を負わせるという制度である。(一応、日本にある紙媒体のbookは全て納入されていると考えられてる。)ここで、インターネット等にしたのは、例えば、地デジならぬ書デジプロジェクトが行われているからだ。地上デジタル放送を使って、雑誌、新聞などの逐次刊行物を決まった時までに、ユーザーにテレビ配信するというもので、今後の技術発展を見越してのインターネット等となったわけである。

この本を機会として、少しでも理解を深められるように、国立国会図書館に自ら足を運んでみようと思った。

1022ゼミ感想【高橋】

①NC電子書籍~GALAPAGOS~
思えばゼミに入ってすぐの頃電子書籍についての論文を書いたなーと半年前のことを思い出しました。
その「たった」半年で色んな動きがでていることに驚き、改めてデジタル化社会が急速に動いていることを実感しました。
ガラパゴス化することで日本人には使いやすくなる一方で国際化という面からみたら逆行することになってしまう。独自の言語や文化をもった、海で囲まれた国であるからこその弊害。
技術は世界トップクラスなのにそれを発揮しすぎるとグローバルな社会とギャップが広がってしまう。そのバランスのとり方は本当に難しいと思った。
複雑な要素が絡んでいるトピックだったので、下調べしている段階でどうやったら聞いている側に上手く伝えられるかで苦戦しました。専門用語が多くでてくる中、わかりやすく伝える。これが本当に難しかったです。どうやったら限られた時間内でわかりやすく伝えることができるのだろう…。その答えがNC後のゲストスピーカーの方から感じることができました。


②Guest Speaker: 林 千晶さん
人柄が本当に素敵でした。何を話すにしてもとてもわかりやすく、説得力がありました。
こんなにもわかりやすいのはなぜだろう、と思ったら具体例を用いてゆっくり伝えようという心が前面にでてるからだと感じました。何を話すにしても、誰にでもわかるような具体例がちゃんと話されていて、聞いている側は共通の考えを受け取ることができる。誤解が生まれにくい話し方でした。
臆せず色々な経験を積まれて自分を貫き通す生き方がとても素敵だと思いました。実は私もドラッカー好きですし(笑)まさに憧れの女性です。
もっともっと自分と向き合うことの必要性を教えて頂くことができました。

2010年10月23日土曜日

1022ゼミの感想【田島】

・電子書籍コンテンツの今後
NCでは現在の電子書籍に関する動向について議論した。私は企業が他社の参入を阻害するためにとるガラパゴス的戦略は、長期的に失敗するのではないかと思う。インターネットの普及により、ユーザーはガラパゴス的状況を俯瞰的に知ることができるようになった。ユーザーは企業の思惑とは別にもっとも便利だと思うものに流れていくため、いくら戦略でガラパゴス化させようとしても、ユーザーは少しずつオープンな商品に流れていくと予想できるためだ。日本独自の中間フォーマットを作るのはいいが、オープンな互換性を持たないと、船もろとも海に沈んでしまうと思う。


・自分がワクワクする時を知り、常に風にさらし続ける。
ゼミの後半では、林千晶さんがゲストスピーカーとして来て下さった。キャリアに関するお話には特に刺激を受け、自分のことを再考できるきっかけになった。
私の今までの大学三年間は、とにかく新しい環境に身を置いてその中で努力することを意識していたように感じる。幼稚園からずっと一貫の女子校に通っていた私は、大学で初めて新しい環境に出て、自分がいかに閉じられた世界で生きてきたのかがわかった。大海を知らぬ蛙だった自分に気づき、ドキドキしながらもとにかく興味を持った新しい環境に飛び込んでみた。新しい楽器を初めて新しいジャンルの音楽を演奏し、メディアコムを受験し、小学校以来の海外旅行にも出かけ違うカルチャーに身を浸すドキドキを知った。そして金ゼミが、おそらく私にとってもっとも重要な異文化との衝撃だった。自分から声を出すこと、自分で考えて行動することを求められ、「本気でぶつかりあい話し合って高めていく」楽しさがあることを知って、私の限界は広がった。金ゼミを経て、私はより「もっといろんな世界を知りたい」と思うようになった。けれど就職活動を控えた最近、私は3年間継続し続けた活動がないことに引け目を感じていた。狭い自分になりたくないとあれこれと体験せずに、最初に思ったものを貫き通していたほうが、人との差異化になったのではないか、そんな風に自信をなくしていた。けれど今日林さんのお話を聞いてみて、もう一度自分のことを前向きに見つめてみたくなった。どれほど多くの体験をしても、自分は自分でしかない。色んな体験をした今だからこそ、自分の好きなものも嫌いなものも、得意なものも苦手なものも、もっとわかるようになるのだと思う。3年間継続したものはないけれど、今までの人生に共通する自分をきっと見つけられると思う。


・辛い中で成長する
辛いかもしれないが、自分についてしっかりと考えるその期間がきっと糧になるという言葉にとても心を動かされた。人は満足しているときにはつい努力を忘れてしまいがちになり、壁にぶつかればその壁を乗り越えようと創意工夫をする。辛い期間もポジティブに捉えられる、素敵な考え方だと思う。

2010年10月22日金曜日

ゲームプレイワーキング

ゲームプレイワーキング/鈴木健 思想地図vol.2収録

自分はただゲームを楽しんでいるだけのつもりなのに、実はそれが社会貢献に繋がっているとしたら。
これがゲームプレイワーキングである。
近年、労働の形はどんどん変容している。機械化が進み、単純労働の需要が薄れ、「労働とは何か」を考える局面にある。
多くの識者も指摘するように、機械には出来ない人間にしか出来ないことはある。
コンピュータ、という言葉で連想するのは、わたしが今叩いているパーソナル・コンピュータ然り、機械仕掛けのものだろう。しかし、元来コンピュータという言葉が指すのは人間で構成されるものであった。
コンピュータとは、ひとつひとつの仕掛けが繋がり作用し合い、ある成果を出すために動くもの。ひとつひとつの仕組みは、人間か機械かどちらでも良く、要はネットワーク上で作用し合い成果が出せれば良いのである。
しかし、昔も今も人間は自分を特別扱いしたがるもので、機械と同じところに並べられることには抵抗がある。
機械と人間を分けるもの、それは労働するのにモチベーションを必要とするか否かだ。
モチベーションには3つの種類があると言われている。
社会的(偉くなりたいから)・金銭的(儲けたいから)・道徳的(真っ当な人間でありたいから)、の3つだ。
そこに加えた新しいモチベーションが、ゲーム的モチベーションだ。
人間は自然に遊んでしまう生き物だ。
その遊び心・好奇心を活用し、労働に変換する。
ベーシックインカムの可能性。
パラレルワールドの可能性。
新しいゲーミング手法の可能性。
多々の可能性を感じる、非常に興味深い提案だと思う。

【ホンヨミ!1022②】IT社会における選挙運動・選挙管理【斎藤】

①公職選挙法
ITを利用して選挙活動を行う場合に様々な活用方法が考えられるが、その際に公職選挙法に抵触しないように留意する必要がある。例えば選挙期間中のメールマガジンの発行にあたっては政治活動用のものであれば可能であるが、選挙運動の目的では禁じられているという微妙なラインを見極めなければならない。具体的には自分自身の趣味に関するものなどであれば問題が無いとされるが、それでも候補者の名前が目立つように記載した場合は売名行為となり公選法に抵触する。また、選挙期間中にビラの配布が規制されているのと同様に後援団体発行のメルマガであってもメルマガはビラの類と考えられるため配布不可能となる。ここで言うビラとは紙1枚程度のものと定義されるため、規制対象外ののパンフレットに相当するような長い文章のメルマガならば認められるかという問題だが、候補者の指名類推事項等を記載しなければ認められている。しかし、忙しい選挙期間中に違反がどうかの微妙なラインを見極めなければないことは負担、リスクが高いだろう。以上のようにこれまでの選挙活動同様に公選法を意識したIT技術の利用をしなければならない。そこで民主党で公選法の改正によってブログ、ツイッター、メルマガでの選挙活動を全面解禁しようとする動きがある。それによって今後は各政党がネット上で多くの閲覧者を持つブロガー等を擁立するなどの候補者の変化も見られるのではないかと思う。

②電子投票
電子投票では投票用紙が残らないためどの有権者が投票したのかを確認しつつ、誰に対して投票したのかを分からないようにする為の工夫が必要である。仕組みとしては簡単で、大まかに言えば投票場に行って本人確認をした上でタッチパネルを操作するだけである。これによるメリットは開票コストを大きく削減できることがあげられる。また、自筆が困難な障害者であっても簡単に投票でき、書き間違い及び他事記載による無効票をなくす事もできるだろう。もちろん機械トラブルやハッキングなどにより投票が無効になってしまう危険性は否めないが、導入することによって有権者が得る利益は大きいと考えられる。この制度は日本の地方自治体やアメリカなどで既に実施されている。

③在宅でのインターネット投票
投票所に行かなくても自宅から投票することができれば有権者にとっての利便性は非常に高まり、投票率も向上するだろう。しかし、選挙での投票とは第三者の立ち会いのもとで厳重に管理し、投票の秘密を確保して投票の自由という権利を保証している。もし自宅からの投票を認めたならば他人にブラウザの戻るボタンで誰に投票したのかを閲覧されてしまったり、パスワードを盗むことによるなりすましなどセキュリティー面での課題があることは否めない。しかし、インターネット投票が認められれば身体の不自由な人や、現在では投票権を持たない国外居住者の投票も可能になるかもしない。しかし、ネットへのアクセスを持たない人々の投票権を今後も保証する為に投票所での紙による投票方法も維持するとなるとコストが増加することも考えられる。しかし、この点に関しては国会で議論をした上で予算を割きインターネット投票の為の初期インフラを整備する必要があると思う。


ITを活用した選挙とは、これまで守られてきた厳正な選挙活動・投票行為を緩和してより候補者について有権者が知ることができたり、投票行為の敷居を低くするものだと思う。こういった事が進んだ先には若者がもっと楽しく選挙に臨む事ができるようになる社会が実現するのではないかと考える。例えば各大学に投票用のタッチパネル、またはパソコンを設置して学生が投票できるにして、選挙管理委員会の管理のもとで各大学の選挙盛り上げ委員会(仮)の様なものを立ち上げてイベント的に盛り上げることができれば若者の投票意識を高めることができるのではないか。このくらいフランクな提案も国会でされてもいいのではないか。こういった事を可能にする為にも、低コストで投票の管理が行えるIT技術と選挙の融合は必要だと思う。

ITをつかった選挙活動はアメリカが進んでおり、前回の大統領選でのオバマ陣営の活躍など大きな変革がおこった。その様相にかんしては別書”「オバマ」の作り方 怪物・ソーシャルメディアが世界を変える”(ラハフ・ハーフーシュ著)に詳しいので参考にされたい。 


【ホンヨミ!】『リーダーは自然体』【金光】

『リーダーは自然体』増田弥生 金井壽宏

 「物事を本質的に見ようとするクセ」
 「自分の思いを言語化するクセ」―増田氏の父からの教え

身につけるには時間がかかること。一朝一夕にはできないこと。だからこそ、今から意識しようと思った。自分の意識次第で金ゼミの時間の中で鍛えられることだと思う。


 「自分はプロです」宣言

筆者は、外資企業の本社勤めになったときに、「自分は英語ができないから」と自分を半人前扱いしていたが、ある日、英語を言い訳にするのをやめ、自分はありのままでOKだからプロらしく仕事をしようと心を入れ替えたところ、自分が見える風景も、周囲からの評価も変わった。と書いている。このことは自分にもぴったり当てはまると思った。来年からは受験生とは言え、学校の中の最下級生になる。まだ1年生だから、未修者コースだから、と自分の勉強ができないことの言い訳にしてしまう甘さがあると思った。それに関連して、↓

 「自分を枠にはめない」

ことも心掛けようと思う。自分から見た自分の評価や周囲から見た自分の評価は、長く同じ組織や集団にいると固定化される。けれど、自分のその位置に甘んじるのではなく、自分にくっついているイメージや評価や役割から飛び出ることに恐怖を感じてはいけないと思った。
本書では、新人社員でもイニシアチブを発揮して仕事を作り出してよいんだ!というくだりでこのフレーズを使っていたが、その時に、「本当の枠をこえそうになったら、誰かが「こら」と言って止めてくれるから大丈夫ですよ」と書いてあった。その通りだと思う。だから安心してのびのびすることが大事なんだ、ととても気が楽になった。


「すごい人じゃなくてすごい行動」

金先生が去年、誰かのことを漠然とすごいと言っているあいだは、すごいという言葉を言った人はその
相手のことを越えられない、と言っていた。この筆者も同じく、すごいのは人ではなく行動。ただ、自分が思うすごい行動の敬愛すべき人は 自分らしさ全開な人 と書いていた。ロールモデルを真似するのではなく、自分らしさをを追及するほうがよい。という素敵なアドバイスをこの文章からもらった。

【ホンヨミ!1022①】「オバマ」の作り方【斎藤】

タイトルからも伺われるように、米国大統領オバマは誰かによって作られたということなのだが、その誰かというのがまさに民衆であるというのが本書のスタンスである。大統領選挙ともなれば莫大な資金が必要になり、これまでは大統領当選者の主な支援者は各界の有力者であり資産家及び営利団体などであった。しかし、前回の大統領選挙ではこれまでの常識が覆されて小口の支援をする多くの一般人のてによって彼の当選が実現したと言える。そのキーとなったのがショーシャルメディアであるというのが本書の大きな筋である。オバマ陣営が仕掛けた戦略のうち興味を持った点について触れてみたい。

ソーシャルメディアの利点として、オンライン上で支援者を繋がらせられるということがあげられる。しかし、なかなか困難な点はそれをどうやってオフラインの関係に持ち込むかという事だ。そこで実際に用いられた手法を紹介する。

まず、イベントと称して選挙序盤戦にオバマ陣営は支持者達に、ブログ、SNS、メールを通じて予備戦に向けた決起集会であるホームパーティーを主催するか、それに参加するように呼びかけた。支持者がネット上で自宅の一番近くにあるパーティー会場を簡単に見つけられるようにし、これまで互いを知らなかった支持者同士が顔を合わせられるようにしたのだ。それまで、ネットを中心に戦略をたててきたオバマ陣営にとってオフラインでの基盤を作ることは重要であり、ネットを活用して実世界でも支持者をつなげる、つまり、オンラインとオフラインを結びつけて活用することを意図としていた。

そして、オバマ陣営が支持者に求めた活動の主だったものは、誰にでもできる簡単なものばかりであった。5回だけでいいので勧誘の電話をかけることでは象徴的な例だが、決して何十もの回数を求めるのではなく、5回しか求めない事で支持者にやってみようと思わせた。これによって、過度な負担感を与えずに、自分は役に立ったという満足感を与えることに成功した。それは、支持者達に自分が選挙の為に頑張らなければならないというある種の使命感を抱かせたのだ。ここに当事者意識が生まれた。

この二つの例は、本書で述べられている内のごくわずかだが、そこから感じたのはオンラインからオフラインに移行させる為にはイベントをはじめとする具体的な催しであるとともに、感動という抽象的なものを共有させられるかどうかということも非常に重要な要素だということだった。

たとえば、ごく普通の和解女性が何故オバマの支援を行おうと思ったかということをサイトに掲載し、誰もがそれを読め、コメントを加えることもできるようにした。それはどんなに偉い人の言葉以上に身近な存在からのメッセージだからこそ心に伝わってくることがある。

ネット上で得た感動から生まれるエネルギーは必ずしもネット上に還元のではなく、人間がそれを押さえきれなくなったら次はリアルな世界に向けて吐き出そうとするのだなと感じた。それを巧みにコントロールしたオバマ陣営からは学ぶことがあった。





2010年10月21日木曜日

【ホンヨミ!1015②】アジア太平洋協力:21世紀の新課題【高橋】

『2010年日本APEC~アジア太平洋協力:21世紀の新課題~』
山澤逸平(著)

①ボゴール目標
APECが発足して「アジア太平洋に自由貿易を実現する」共同声明がなされ、それをさらに野心的に発表したのがインドネシアのボゴールで開かれた首脳会議で、1990年に「先進国メンバーは2010年までに、他のメンバーは2020年までに貿易自由化を実現する」というボゴール宣言が採択された。
今年、2010年に横浜で開催されるAPEC。ボゴール宣言が採択された時の目標年になったが実現できていない状態である。議長国である日本の外交手腕が問われる状況下、日本は中国に抜かれて世界第三位の経済大国となった。とはいえ世界3位はまだまだ経済的影響力の高い地位にあり憂う事態ではない。円高が進む中各国経済がどういった動きを見せ、最終的にどう採択されるのかに注目したい。

②FTAAPとTPP
ボゴール目標後の取り組みとなる高度の自由化・円滑化、つまりはFTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)やTPP(環太平洋戦略的経済パートナーシップ)の推進が注目される。FTAAPはAPEC全体でFTAを形成しようというものでAPEC大の単一市場を形成して最大の経済的利益を達成できるというものだ。TPPはブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4エコノミーで形成したFTAで、APECの自由化目標を共有して、より広域の自由化につなげることを掲げている。アジアから阻害されるのを恐れたアメリカはTPPに参加、より高水準の自由化の形をつくってからTPP→FTAAPの路線をとろうとしている。韓国はすでに参加をしていて、追って日本が参加意志を表明した。中国の参加がネックとなっていて、アメリカの戦略ではTPPからFTAAPに移行させる際に取り込もうとしているようだ。まずは枠組みを構築してから地域を広げていく。アメリカの思惑通りに事が運ぶが否か。

③東アジア共同体への動き
個人的に今後研究を深めたいと思っているトピックがこの「東アジア共同体」である。アジアを代表するといっても過言ではない日中韓の連携は必須で、強い連携がとれたら経済的にも最強の同盟が築けると思うのだが、そううまくはいかないのが現実である。東アジア経済共同体はおそらく成功できるだろう。しかし、東アジア政治安全保障共同体は現時点では困難だ。政治体制の相違はもちろんのこと、国境紛争などまだまだ解決すべき課題が山積みである。政経分離でできる統合には限界がある。APECを通して信頼関係を築き、問題を解決、ないしは未然に防いでいく努力が必要となる。いかにして今後信頼し合うことができる共同体を築くことができるのだろうか。実に興味深いと思った。

ホンヨミ② ハチは何故大量死したのか【黄】

①ハチの大量死
臀部に強力な針を持ち、その危険性からも人間界では忌み嫌われている蜂だが、自然界の生態系を維持するにおいて、もちろん彼らも重要な役割を担っている。
2007年、アメリカで実に大量の数の蜂が姿を消した。ここで言う蜂とは、野生は含まず養蜂家が飼っている蜜蜂のみを指す。アメリカだけでも実に300億匹の蜂が死んだ。また、数字から言うと2007年春までに、北半球だけでも1/4の蜂が消えたという。
この事態は単なる養蜂家の被害だけですむ話ではない。
蜂が運ぶ花粉、つまりは昆虫受粉によって実をつける野菜や果実はたくさん存在する訳で我々が想像する以上に大きなダメージが引き起こされるのである。
では何故大量の蜂が死んでしまったのだろうか。

②犯人
犯人は人間という生き物によって引き起こされた環境変化である、と筆者は断言する。
つまり犯人は我々だったのだ。もちろん本書では、どのような環境変化が大量の蜂を死に至らしめたのかを実に丁寧に記している。その切り口は、農薬使用のプロセスやメカニズムの現状など非常に様々な視点から考察されている。本書は単なるサイエンスに領域を留まっていない。そこには筆者の生態系の動的平衡の考察まで目を向けさせようとする意図が十二分に感じ取れるのである。

③最大の原因
様々な環境変化が引き起こされた。しかしその中でも蜂にとって非常に大きかったのは「工業化された農業」の台頭であった。それは蜂達に多大なストレスを与え免疫抵抗性を弱め、ダニやウィルスなどの天敵に対する自己防御力を著しく低下させた。さらにそこに農薬が登場。正確かつ完全な生態系の仕組みの中で構築されていた蜂の社会生活は、いわばアルツハイマー症に陥れたと筆者は言う。弱るところまで弱り、病み、疲れきった蜂達はバタバタと倒れた。そして巣に戻る事はなかった。これを読みながら思った。これはまさに人間社会の縮図ではないか。我々人間の愚かさははいったいどこまでいけば終わりにたどり着くのか。大量の蜂がこの地球から姿を消した。我々もまた同じ運命を辿る事にならぬよう何ができるだろうか。いや、何をすべきなのか・・・。

ホンヨミ① 「アフリカ 苦悩する大陸」【黄】

①貧困から抜けられないアフリカ
内戦、飢餓、エイズ、伝染病など挙げればきりがない程のあらゆる問題がアフリカには内包されている。だからアフリカの別名が世界の縮図なのだ。
アフリカは何故貧困から抜け出せないのか。

②政府という切り口
著者はその理由が「無能な政府」にあると主張する。自身の私腹を肥やす事にしか関心のない権力者、賄賂を公然と要求する政府の高官、国民から強奪を働く警察官・・・各国でのこのような腐敗の蔓延は、アフリカを食いものにし、援助や支援が本来行くべきところに届かないと言った負のスパイラルを作りだす。もちろんアフリカを一括りにして、全ての国が貧しく政府が無能だとは、筆者も毛頭思っていない。ここで筆者は、その主張の根拠に、ボツワナとザンビアの例を挙げているのだが、これが非常に興味深い。ボツワナでは援助が人々を貧困という奈落の底から救い出し、ザンビアでは浪費により跡形もなく消え去った。さて両者の違いは何だったのか?そこにはやはり「為政者に恵まれていたか否か」の差異しか見当たらなかったと筆者は結論づけているのだ。ふむ。これが本当に全てなのだろうか。単なる一つの側面としか思えない私にとって筆者をここまで確信たらしめている根拠が少し不足しているように思えてならなかった。

【ホンヨミ!1015①】ディズニーランドという聖地【斎藤】

ディズニーランドは決して子供だけの為のものではなく、全ての人間の中に眠る子供性を満たす為の場所としてウォルトディズニーが生み出したテーマパークである。彼が実現しようとしたのは、誰もが子供の頃の好奇心を取り戻し胸をときめかせられる場所であった。その実現の為に様々な工夫をしているのである。

例えば、ディズニーランドの周囲は盛り土で囲まれており中からは外が見えなくなっている。また園内にゴミが落ちている事が無いように徹底されるなど、理念的な部分だけでなく具体的な策が練られている。確かに日本のディズニーランドでも私たちは列に長時間並ぶ事の面倒臭さ以外に不快感を感じる事は無い。むしろ、その点は今後解決して欲しいと思うが…

このように、何か理想を実現するにはその方法論を具合的に示すことが重要だとおもった。まして、ディズニーランドのようにスタッフ数が多くなると理念などの抽象的なものを全員が共有する事が困難になりがちであり経営トップと従業員の考えにギャップが生まれがちである。そこを解消するために具体的マニュアルの作成は有効だと感じた。

また非常に興味深かったのは夢の国としての遊園地を設計したディズニー自身の子供時代は非常に厳格であり体罰を与える事を辞さない人物であった父による厳しい労働を強いられていたということだ。ディズニーは毎朝新聞配達をしており普通の子供がしていたような遊びを行うことができなかったことが後の彼の人生に影響を与えているのだった。

彼自身、子供時代に味わう事のできなかった全てをディズニーランドで実現すると語っている。このように、人間の成功にはそれぞれの人生におけるバックグランドが強く影響しており、その原動力によって偉大な事を成し遂げるのだと思った。

そして、彼の凄いところは他人とは異なる境遇であった子供時代を過ごしたにも関わらず、多くの人が共感することのできるテーマパークを作り上げたことだ。あるコンセプトを抱いてもそれを多くの人間が共感、共有できるようにカタチにする事は難しい。それをジャングル、宇宙、幽霊屋敷、開拓時代のアメリカなど様々な非日常世界として人々に体験させて感動を生み出す才能にディズニーは優れていたのだと感じた。


2010年10月20日水曜日

2010年10月19日火曜日

【ホンヨミ!】The cuban missile crisis【田島】

The cuban missile crisis /Don Munton・David A welch

 国際政治学者ウェルチらによる、キューバ危機に関する学術書である。
 近年旧ソ連やキューバのドキュメント(書類)の調査が進み、キューバ危機は全面核戦争をまさに紙一重で回避していたことが明らかになった。ケネディとフルシチョフの間では、強気な態度を崩さず、かつ最悪の結末も避けるという、何手先も読んだギリギリの攻防戦が行われていたように思われる。しかし本書によると、当時の米ソ連キューバはEmpathy(相手が何を考えているか把握すること)に欠けていたらしい。例えば、ソ連はキューバにミサイル基地を置くことに対し、アメリカがそこまで反応すると思っていなかったようだ。アメリカもトルコにミサイル基地を持っていたため、そこまで反発は大きくないと思い込んでいた。キューバ危機は、このように各国のempathyの不足により未曾有の事態に発展したとウェルチは指摘する。
グローバリゼーションが進み、国家間のempathyはキューバ危機の時代よりとりやすくなっただろうとウェルチは言う。しかし、先日の尖閣諸島問題における日本政府の外交を見るとそうも言えないのかもしれない。日本政府は中国から譲歩を引き出すこともできない中途半端なタイミングで船長を釈放し、日本人社員の人質問題などを解消しえる交渉カードを手放してしまった。中国政府は共産党の支配下にあり、国際社会の法規に基づいたempathyが多少とりにくい国であることは間違いないが、もう少し相手国の出方をシュミレーションすることができたのではないかと思う。キューバ危機時より核戦争のリスクが幾分か下がった現在だが、外交のスキルが重要であることは変わらない。平和を維持することはもちろん大事だが、もっとEmpathyを行い、利益不利益を意識した外交も語れるようにしなくてはならないと思う。

1005ゼミの感想【田島】

・新聞のポジションとは?
新聞離れが叫ばれているが、その原因には、情報収集のための手段として「ネット」という選択肢が影響力を増していることが大きいと考えられる。確かにネット上の情報は玉石混合で信憑性に乏しいものも多く、質は新聞より遥か劣ることは目に見えて明らかである。しかし、それでも自分の欲しい情報を得る(それも新聞より自由に)手段としてインターネットが認識されるようになった以上、人は新聞の契約を更新する際躊躇することになる。「新聞をとらなくても、必要なときネットで無料で見ればいいんじゃないか?」いくら新聞社や知識人がこの選択を間違っていると批判しようとも、消費者の頭の中にそんな考えがよぎるようになった瞬間、新聞の購入率は下がってしまうだろう。議論の中でも意見が出たが、これからの新聞には「これを読み続けることで、(ネットで情報を集めるよりも)こう差がつく」という「コンセプト」を打ち出していくことが必要であると考える。社内の記者や情報網の資産を活かして、「どんな独自的な視点で切り込むか?」で勝負していくべきであると思う。

・発言について
後期になっても、ゼミ内で発言を活発にする人としない人の差がまだかなりあるような気がする。去年一年で実感したことだが、発言はすればするほど良くなる。発言することによって、①発言したという経験が自分の自信につながって、次はもっと発言しやすくなる。②アウトプットすることで客観的に自分の発言を顧みることができる。③相手からのリアクションももらえて、「次はこう質問してみたら伝わりやすいかな」と考えられるため、いいことづくしなのである。一年の時から私は自分なりに発言の目標を持っていて、①同期の誰よりも発言する→②ゼミの時間が増えるよう、同じ内容をより短い時間で簡潔に言えるようにする→③ファシリテーターが進めやすいよう、感想だけでなく、「自分だったらこうする」という提案を必ず入れるという風に移行していて、今は④細部ではなく、話題の根本について質問できるようにするということを目標にしている。
とにかく、たくさん発言すれば発言しやすくなると思うので、指す側も
「2回目の人が挙げはじめたら、まだしゃべってない人に無理やり当てる」なんてやり方にしてもいいのではないかと思った。

1015ゼミ感想【斎藤】

ブログアップ遅れてしまい大変もうしわけありません。気のゆるみがありました。

前回のゼミ感想を書く前に、最近の自分自身について振り返ってみたいと思います。私事ですが、この場をお借りします。
前期は自分の生活は金曜日を中心に回っており、それは負担感が大きい一方でゼミに対する緊張感が非常に高かったです。しかし、最近は金曜日に対する緊張感が低下しておりました。その原因は思い当たる点が多々あり、それはゼミとは別の僕自身の生活におけることが原因であるので改善するようにもう一度自分を見つめ直したいと思います。

もちろん全てのゼミ生にとって金ゼミは数ある活動の場の一つでしか無い訳ですが、金ゼミに入ってもう久しいですしそろそろ最下級生である事への甘えを捨てなければと思います。その上でなにか自分がゼミに貢献できる部分を見つけなければなりません。前回のゼミでは何も発言できませんでした。反省すべきです。

さらに、ゼミとは関係ない話ですが、10月18日は浪人時代にお世話になり僕が最も尊敬する先生の命日でした。その先生に教わった、努力すること、自分を信じることの大切さをもう一度思い出して生活して行きたいです。

ここでキレイ事をいっても何も始まらない訳ですが、ある意味で宣言の場として活用させていただきました。


NCに関して。
反対賛成の立場を明確に分けずに議論するのは今回が初めての試みであり新鮮でした。
新聞というテーマは様々な切り口があり、どのように扱うかによって議論の方向性は全く別のものになります。その中で割と自由な立場からの発言が許されていたことでかえって難しさを感じました。そのなかで一貫して感じていたのは、新聞そしてジャーナリズムに関して考えるときには、記者クラブをはじめとする制度に焦点を当てる必要があるのではないかということです。これは日本独自の悪習と言われていますが、それを無視して日本と米国等の新聞比較や、ツイッターをはじめとするソーシャルメディアによる様々な事象の発信がジャーナリズムに代わりうるのかといった問題は考えられないと思いました。もちろんゼミ生の中ではそういった制度上の問題点は認識されたうえで今後の新聞社のあり方について考えていたと思いますがそこについては自分自身で発言をして確認をとっていくべきでした。もしくは、そういった制度はあってもソーシャルメディア等によって切り開かれるジャーナリズム新時代では新聞は廃れてしまうのでしょうか。政治家等へのアクセスが制限されている限り、新しいジャーナリズムは従来のものには代替しないように思われます。

新聞社とポータルサイトという結構大きい枠組みの中での議論でしたが、そのなかで問題に対する焦点の当て方が各自違っており興味深かったです。議題の本筋をとらえる力と枝葉の部分からもテーマに絡めることができる力が重要なんだなと感じました。
今回のNCを踏まえて今度大石ゼミ生と話したら面白いだろうなと思います。

1015ゼミの感想

大変遅くなりました・・・

・結論→事例→説明
今回のプレゼンは、通したいロジックはあったものの、うまく配置が出来ずに伝えにくかったという反省点がありました。
もっとずばっと結論を先に言ってしまい、その裏付けのための数値・事例を出し、説明に繋げられたら、もっと伝えやすかったのではないかと思います。
意図的に、偏向的なプレゼンを仕上げてきたのですが、そのせいでむりやり感も醸してしまったようにも思います。伝えたいことをむりなく伝えて印象づける方法を考えるべきでした。

・議論の展開
今回のプレゼンターは矢野さんでした。
夏合宿で出た意見、テーマの深め方や議論の進め方をきちんと取り入れていて、よく練られたNCだったと思いました。テーマの選び方がよくわからない、と発言していた場面もありましたが、今回は三田論のテーマにも沿った上で班では扱っていない分野をカバーしていて、主旨にきちんと合ったものになっていました。
二者の立場に立って、発言・議論してもらう場面を多く設けることで、偏った議論を避ける工夫をしていましたが、特にジャーナリズムという言葉を使うとき、スライドを1枚使ったりして、どんなものをジャーナリズムと定義しているのか、関係図を示してみるとわかりやすかったかもですね。プレゼン側では、ジャーナリズムの捉え方を共有していた分、もったいなかったです。

・記録ってむずかしい
今回初めて書記の役割をやってみて、いつもこれをやっている人を改めて尊敬しました。
人の話を要約して関係性を示すのを同時進行でやる、というのはかなり難しく、疲れる作業でした。
どうしてもひとつの言葉に意見を集約させてしまいたく、しかしそれでは喋っている側の意図を汲み取れていないこともある。
しかも、今回は意見をつらつらと書いてるだけで、議論に上手く活用出来ませんでした。せっかく記録するのなら、「先ほどのあの意見と関連させて〜」と言ってもらえるようなホワイトボードを作って、議論の軌跡を示せるようにしたいです。


- それから
再来週は一年振りのプレゼンテーション金。
何の仕掛けか今年もやらせていただくことになり、嬉しいながらプレッシャーです。
特に最近、良くない慣れが出てきてしまったようで、元々の一生懸命さや緊張感に欠けるプレゼンを繰り返しているので、初心に立ち返ってプレゼンとは何かを考え直してみます。

2010年10月18日月曜日

1015ゼミの感想【山本】

【NC】
 “ジャーナリズムはなくなるのか”という話があったが、そもそもジャーナリズムって何なのだろう、と改めて思った。ジャーナリズムが仮に“時事的な事象の報道の仕方”という意味だとしたら、ジャーナリズムはなくなるのではなく、形を変えているように私は思う。経験測だが、現在新聞は単に毎日の時事ネタを知るための手段であり、その時事ネタを議論する、あるいは他者の意見を知る場をインターネットが担っている。いくら“議論の場”であるインターネットが繁栄したとしても、そもそもの情報を得る手段である新聞がなくなってしまうことはないように思う。その意味で、新聞(紙媒体)の今後の理想的な姿は綿密な客観報道を日々伝えること、という極めてシンプルなことのように思う。

また、新聞社の財務状況はどうなのかという話が出たが、アメリカの新聞社に比べて日本の広告費と販売費の比率の販売費の高さに驚いた。日本はインターネットが出現する以前から広告費に比べて販売費の方が圧倒的に高かったようだ。また、販売費の中でも圧倒的に定期購読者が多数を占めている。
他の多くのBtoCメーカーに比べて、ここまで定期購入者が多いということは、顧客情報を持っているという点で考えても、かなりのメリットであるように思う。

101015ゼミの感想【村山】

遅くなってしまい申し訳ありません。以後、気をつけます。

【NC】
李先生を迎えて初めてのNCでしたが、先生も交えながら学生間で積極的に議論を行うことが出来たNCだったと思います。
テーマも、新聞社(コンテンツホルダー)とポータルサイト(プラットフォーマー)の関係性とおうことで、括弧内の切り口からの議論はこれまでも成されてきましたが、新聞という媒体自体は金ゼミでは中々扱う機会がないので、とても新鮮でした。

個人的には、岡本君が紹介してくれた海外の新聞という媒体に関する調査に興味を持ちました。紙媒体が売れなくなった今、海外ではどのようにして、その危機を乗り越えて収益を上げているのか。それが電子化という判断ならば、どのような形で電子化が進められ、その決断は紙媒体としての新聞を購読しているユーザーに受け入れられているのか。などなど、とても興味深かったです。

一方で、最近のNCは聞き手側同士の議論を促進する傾向にあると思いますが、それは各自のプレゼンターへの質問を解決することが前提だと思います。今回は、質問の時間がなかったのではないかと思います。ただ投げるだけでなく、まずは聞き手の意見・質問を募り、それを解決してからの議論の方がより良い議論を実現できるのではないかと思います。


【今後の進め方】

今後のNCの進め方や、その他諸々の情報共有を図る時間だったと思います。その中で、5期生が積極的に自分の意志を表明していたことは、とても良いことだと思います。思っていても、思っているだけでは、相手に想いは伝わりません。その点、今回の5期生はほとんど皆が自分の気持ちを表現できていたのではないでしょうか。

もちろん、自分の意見を発信することは非常に重要です。ですが、発信するだけで、実行しなければ何の意味もありません。周りからの信用もなくなります。それは僕自身、今回のブログアップの期限を守れなかったため、強く感じていることです。自戒の念も込めて書きましたが、気をつけなければと思います。

どんなに優秀な人間であっても、他者からの信用を得ることが出来なければ、決定的な状況で仕事を任せてもらうことは出来ません。それは、自分の手で自身の成長を阻害していることと同義だと思っています。これから社会人になるに当たり、一層強く意識っしなければならないと、心に刻んでいます。

村山良太

【ホンヨミ!1015①】次世代広告コミュニケーション【高橋】

『次世代広告コミュニケーション』 横山隆治、関良樹、松矢順一、太駄健司、三輪宗久(著)

①メディアミックスからクロスメディアへ
あるメディア媒体を中心として、足りないリーチの補完を他のメディアですることがメディアミックスで、従来はこの足し算方式で広告が打たれていた。しかし、最近はクロスメディアと叫ばれる時代で、至るところで耳にする言葉だがまだそのメソッドが確立されているわけではないものの、クロスメディアとの違いはメディアそのものとマーケティングが合わさった掛け算式の長い時間軸設定されたものだと云う。
クロスメディアはクロスコミュニケーションをもたらし、そこからCGM(もしくはUGC)が生まれる。ここで重要となってくるのがコミュニケーションコンテンツを機軸に構成する発想であり、これによって生活者への影響度や関心度が左右される。
従来のマス広告と比較するとより複雑化してしまったと思えるが、消費者とのコミュニケーションの手法の幅が増えたことも事実である。よって、従来よりも創造性に富んで人々を楽しませる内容のコンテンツが生まれているのだと考えられる。

②エンターテインメント×広告
消費者との距離を縮める仕掛けは何か。それは、広告のエンターテインメント力に大きく左右されると本著では述べられている。一方的な情報発信の時代は最早終わりを告げ、商品情報にエンターテインメントコンテンツを併せ、消費者も求める情報にすることで関心を惹きつける。消費者を振り向かせる力が必要なのである。情報が散乱するネット上でいかにして能動的に消費者の関心をひき、接触する時間を増やすことで消費者同士のクチコミにつなげられるか。個人的に広告の今後のエンターテインメント性の発達が楽しみだと思う。

③クチコミ効果測定
マーケティング施策の効果を完璧に測定することは不可能だ。しかし、一つの指標として効果的だと思われるものを参考に考えを発展させていく手法は極めて重要だと思う。
本著に今後役立ちそうな分析機能が載っていたのでここで記しておく。
・アクセス解析サービス
Google Analytics / CROSSMARC / kaffik
・ブログ検索サービス
Technorati / Googleブログ検索 / Yahoo!ブログ検索
・評価分析サービス
ブログクチコミサーチ

2010年10月17日日曜日

いろいろ考えさせられたゼミ。【矢野】

①NC
初めてメインのプレゼンターをやりました。
準備期間が5日間ほどあったわけですが一番苦労したのは、議論の運び方でした。
前期の反省で、議論で議題を議論する、いわばきちんと議題設定がなされていない、というのがあったり意見が出しづらい議題があったと思ったので、工夫しようと思ったのですが、なかなかやはり難しかったです。
意見が二項対立しているときに、自分と同じ側の意見はいくらでも考えれば出てくるけれど、反対側の意見って考えようとしないから意外に入ってくると深く考えさせられる。そしてよりその問題全体への包括的な理解が深まるのでは、と自分自身も参考文献を読んでいて感じたため、今回のような議論の形式をとりました。これを評価してくださる人もいてうれしかったです。ただ、今回の議論設定で失敗してしまった点としては2つあって、一つは、議題に使う言葉を抽象的にしないということです。これは自分の言葉のすみ分けというか理解不足が原因だったと思います。今回のものを例にとれば、ジャーナリズム=新聞では決してないから、新聞(ジャーナリズム)のような書き方は避けるべきだったと思いました。また、2つ目としては、最初に議論の方向性、発表全体の流れを提示しておくということです。最初に、「次はこの議論が出る」ということが分かっていればもっと発表全体を「プレゼンテーターとオーディエンスで作っていく」ようなことができるのだと思います。ただ、バンダイナムコの時にも非常に悩ましかったのですが、方向性を見せるというのはある意味のネタばれであり、難しいところです。事前に資料を配ったり、議論の中で先に意見の例を出したりという塩梅もまた然りです。ネタばれでプレゼンにいい意味での驚きがない、というのと、全体としてプレゼン・議論が丸く収まりオーディエンスの理解度も高い、というののどこで均衡をとるか・・・難しいと思いました。
いい経験になったと思います。

②今後のNCとかもろもろについて
NCの議題って迷うんですよね。今回は三田論のテーマ、ということでよかったんですが。
自分の興味はこれ!そしてこの範囲の知識量なら負けないぜ!という意気でテーマ設定できるようになるといいなと思いました。

あと、いろいろ思ったことがあったので、ちょっと書きます。
メーリスで3期生の先輩がNCについての資料を送ってくださいました。

まず、あの資料を見て思ったことは「自分は本当に与えられたことしかやってないなあ」ということでした。どちらかというと自分のためにやるのが精いっぱいで、全体のアウトプットの質を高めようというところまで考えたことがあまりなかったです。もっとコミットすればするほどいいものが出せる環境なのに随分自分はもったいないことしてるなあ、と思いました。確かに学生団体とかサークルも掛け持ちしてるしバイトもしてるし忙しい理由はいっぱいあるけれど、今自分がやってることって、高校生と同じじゃないか、課題を出している人が先生か先輩かの違いだけじゃないか・・・?そう思いました。とりあえず今のままでは時間がない、作ろう、と思いました。

二つ目、NCとは何かと明確にした文書があったと思います。これをもっと早く知りたかった!と思いました。それで、ゼミでやること一つ一つにもっと共通認識、想定されるアウトプット・目標を決めてもいいんじゃないかと思いました。たとえば、このブログ。ドラッカーの言葉を借りれば「顧客はだれか?」というやつです。自分の備忘録なのか、ゼミ生に意見を共有するためなのか、金ゼミの外部発信なのか・・・。全部!という答えが一番ありえそうですが、それならそれで、どれを一番重視するのか、顧客はだれなのか、決めた方がいいと思います。その方が一つのブログに載せるのにまとまりがあるし、ターゲットが明確化しているものの方が読者側も楽しいと思います。そして書く側も顧客に合わせた書き方ができると思います。今も私だれに向けて書いているんだろうという状態なので。

三つ目、これは単純に提案なんですが、送ってくださったような資料をSkydriveなどのファイルにアップロードするのはどうでしょうか?アーカイブはSkydriveに、つかうものはDropboxに、みたいなすみ分けでやったらどうかなと思いました。もうそういうのあるよ、って感じだったらすごめんなさい。

長々と思っていることを書いてしまいました。あまり外部発信できるような代物じゃなくてすみません。

ネット帝国主義と日本の敗北【矢野】

ネット上の「コンテンツレイヤー」と「プラットフォームレイヤー」の関係について非常にわかりやすく書かれていて、今までの知識を整理するのに非常に役に立った1冊であった。

また、現在のGoogle、Yahoo!などのポータルサイトがいかに力を持っているかを再認識させられ、日本がそういったポータルサイトを世に出せていないことに危機感を感じた。保守的・内向的という国民性を持ってしても海外のものを積極的に使ってしまっているのは珍しい感さえあるが。
それだけもうそれらのサイトが浸透しきっているということだろう。
影響力の強さゆえに現在の収益システムを急速に変えられないのも無理はないと思った。

当分は日本のコンテンツ産業も自助努力によって収益を得ていかなければならないと感じた。
日本は現在コンテンツ大国として世界に名をはせるようになったが、質の良いコンテンツをただ作っていけばよいというわけではない、それをよりよい形で売っていかねばならない、むしろそのことが大事なのだと感じさせられる。(質の良いコンテンツを)作る→多く高く売る→収益を上げる→インセンティブとなる→作る→・・・という循環がなければそもそもコンテンツを今後発信できなくなるのだ。しかも、コンテンツというのは単なる営利組織で潰れたらそこでおしまい、というわけにはいかない。コンテンツとは文化であり、時に国民性の形成に関わるところでもあるのだ。
これを日本は当分の間自助努力によって守っていかねばならない、そしてその重要度は極めて高いと感じた。

2010年10月16日土曜日

新聞はどこへ行く?

①問われる新聞社の在り方

議論2で「ジャーナリズムがなくなってもいいのか」という議題が提示されたが、これについてNCの間に色々考えていたことを少し。

毎日新聞は変態で産経は超保守の自公系広報誌、朝日は売国的で読売は洗脳メディアで…ネット上でのマスコミ評といえば実に惨憺たるものだ。最近では尖閣沖漁船衝突事件での中国の高慢な対応に発起して渋谷で起こった3000人級のデモを完全にスルーする(中国で起こったデモは50人程度でも報道する)など、時として情報隠匿としか思われないことまでするマスコミの姿勢は「マスゴミ」と言われて久しい。

このように土壌としては十分に適した環境でありながら、「草の根ジャーナリズム」という概念はどうも日本には根付き辛いようだ。韓国で大ヒットを飛ばし、満を持して列島に上陸した「オーマイニュース」は失敗し、「市民の市民による市民のためのメディア」をキャッチフレーズに立ち上がったネット新聞「JanJan」もあまり本領発揮できず休刊に追い込まれた。「JanJan」についてもう少し言うと、「麻生元首相の漢字の読み違いが多いことを最初に記事にしたのはこのメディアである」ということをやたら白眉みたいに持ち上げるが、いかにも庶民目線の面白くもない揚げ足取りで「またやった」「またやった」と一国の首相の品位をいたずらに下げるようなあの一連の報道は自分としては見ていてあまり好ましいものではなかった。それに迎合して同じようなことを報道し始めた大手メディアにも問題はモチロンあるが。

市民が報道を担うというところには「物事を必ずしも鳥瞰的に見られず、自分の価値観で瑣末な出来事を『ニュース』にしてしまう」という怖さがある(最終的な価値の有無は読者が決めることではあるが…)。これは象徴的な出来事だったと思う。

話を戻すが、このような市民初のニュースが流行らなかったのは、日本人が「何だかんだ言ってもやはりニュースソースが通信社だったり新聞社であるニュースこそがニュース」というのに慣れきって別段の不自由もしてこなかった結果であり、やはり権威ある報道機関に対する根っこの部分での信頼度は、近年ますますマスコミ嫌いの傾向著しい日本においても高いように思われる。

各報道機関が積み重ねてきた取材や報道のノウハウは世界的に見ても決して遜色のないものであり、ちょくちょくやるヘマがその「表面的な」信頼度を下げてしまってはいるが、やっぱりジャーナリズムは誰もが(少なくとも日本人は)必要としているのだと、先行き暗いこの業界をいまだに就職志望から外しきれない自分は一筋の光明を見出すのであった。


②新聞社はひとつも潰れないのか?

李先生が10年後(20年後?)までに新聞社がいくつか経営破綻するか否か手を上げさせる場面があったが、そこで思ったより「破綻しない」のほうに手が挙がったのが個人的にはかなり意外だった。

自分としては、もちろんジャーナリズム自体はこの先も残っていくし、その中で有力な新聞社もまた残っていくと思う。ただそれが「全ての新聞社(或いは全ての大手新聞社)が健全な経営を続けていけるか」という話になると全く別問題だ。10年後というのは飽くまで「中長期的に」という指標であって、必ず 10年後にそうなるかどうかなんて無論分からないが、少なくとも中長期的に見て大手の一部が破綻するのは無理からぬことだ。

長くなるので詳述は避けるが、なにせ構造的に無理がある。その性質的に国内市場しか相手に出来ないこと、その国内市場は少子化によりシュリンクし続けていくだろうこと。購読者はこの先減りこそすれ増えはしない(他社が潰れて読者が流れてでもこない限り)から、要するに新聞社的にはどうあがいても「ジリ貧」なわけである。新聞社の努力云々とは無関係な部分で既に根本的な無理が生じている。

加えて、これは肌感覚の問題提起として、自分の同世代がたとえば50代くらいになったときに新聞をお金を出して購読して毎朝読んでいるかというと、ちょっと残念ながら想像できない。それくらいに家庭に新聞があることを「当たり前」と感じず「不可欠」とも感じずに、なおかつそれでやれてきた世代が僕達なのだと思う。新聞があることが当たり前の世代、なくてもどうにかなると感じている世代、その隔たりは実はものすごく大きいのではないかと最近思う。当たり前世代が消えていって(書き方が不謹慎だが)、どうにかなる世代が新聞を最も読むくらいの年齢になったとき、果たして新聞は今のまま続いているだろうか?

実際朝日の2期連続赤字転落なんていうのは結構示唆的で、数字的なことを言えば朝日の販売部数はちょっと800万部を割り込んだ程度なので結構余裕があるのだが(相変わらず読売は1000万部堅守でもっと余裕がある)、毎日は300万部強、産経に至っては150万部程度。それで朝日も赤字と言うのだから、競合他社の様相は推して知るべし、といったところか。毎日はついにコスト削減のためと共同通信加盟を発表し、「全国紙」としての御旗さえ降ろした。不可避の構造問題は日々刻々と新聞業界を蝕んでいる。

身も蓋もないことを言うと、「それは新聞社が体質を変えていくことによって解決されうる問題なのか」ということさえ、混迷する現状においては分からない。

お疲れ様でした!

”ニュースはステータス”
NCに関連して李先生がおっしゃっていた言葉。
ニュースに関わらず、ステータスや権威付けの存在は私たち消費者がなにかを判断する際の基準として便利だと思った。
また、情報の値段の付け方の難しさ。物理的に目に見えるモノでさえ、需要によって価格が左右されたりする。ましてや目に見えない、そして日々更新されていく情報の値段とは何なのか。情報を入手するために働く人々の労力に対する対価なのか。yahooニュースにコンテンツを提供することで新聞社各社が受け取る料金の不透明さについての議論の時に感じた。
つまり、この社会にはモノ(この場合は情報も含む)を作る人と、それに高付加価値をつける人の分業で成り立っているんだなと改めて感じた。

また、自分の立場を自分で設定して発言することで対立する立場双方の言い分を理解するという新しいスタイルのNCはとても議論が活発になって楽しかった。


”変化!”
最近ブログで変化変化と連呼している気がします。昨日は金先生から李先生への変化!の回でした。
そして、NCについてのルールが議論の末、方向性が定まり、追加されたり現状維持になったりしました。
金ゼミハロウィン企画は日程が変更になるかと思いきや、そのままで実行できるようになりました!
さらに、一番大きな変化を感じたのはNCの方向性決めの時やその他議論で、5期生の意見が多かったことです。また、黄ちゃんのブログにもあったように、ハロウィンを「3,4,5期生がみんなで楽しめる企画にしたいんです!」という5期生みんなの気持ちも聞いていてとてもうれしくなりました。
29日のpresentation kimにも3人の5期生が選ばれました。この3学年が集まれるのも残り半分を切っています。学年を越えて切磋琢磨しあえる関係を深めていきたいです!!!

ハロウィン当日は李先生も「行きましょう!」とやる気満々でした。
帰りに夕飯に行った3,4期生は「仮想のネタどうしよう…」とうんうん唸っていましたが。。

1015ゼミ[矢部]

★NC:新聞社のコンテンツサイト(つまりホームページ)とヤフーを例にしたポータルサイトについて

 とても構成が分かりやすく、うまく自分の頭の中での整理をしながら、落とし込めたので、率直に学びになったなーという感じです。はじめは、「新聞社」と使っている言葉の意味を、紙媒体の新聞と誤解していて、理解に困りましたが、ネット上の新聞社のコンテンツホームページと分かれば、とても面白かったです。議論が3つあり、そこでじっくりと思考したことが前に、後に生かされたので良かったです。
 
 今日、議論について自分の意見をまとめようと思います。
 ポータルサイトにコンテンツを提供すれば、それが元に新聞社側のアクセス数が増え、広告価値も上がっていくので良いのではと思いますが、現に、そのようにしても広告費というのは統計上減少していて、解決策を模索してる最中だと思います。
 そこで新聞社はなくなってもいいかというと、そういうわけではないと思います。やはり新聞あっての政治という言葉があるように、新聞はその社会の秩序を保ち、ジャーナリズムや文化を形成するからです。そこには客観報道という原則があり、個人の主観でニュースをリサーチしピックアップして広めるということには、アマチュアなりの限界が出てしまうと思います。事実報道寄りになり、プロフェッショナルの調査報道ができなくなってしまっては、社会が成立しないと思います。プロフェッショナルの特性や特権を最大限に生かしてこそのニュースだと思います。
 そうなると新聞社はこれからどうしていくべきかというと、NHKと新聞社各社が連携すれば、面白いのではないかと思います。(果たしてこれが、実際に行われてるかは知らないですが)これは知ってると思いますが、各々の新聞社は、民法のテレビ局と同じ系列傘下として提携しています。テレビ局にも新聞社と同じ肩書きをもつ政治部というのがあります。そこで民放テレビ局の記者の場合は、基本的、絵柄つまり写真や動画などにこだわりを見せて、スクープをとろうとしています。しかし、新聞社の場合は、文字情報が絵柄より先行するため、細かな詳細な中身といった情報の方に偏ります。そこで出てくるのが、NHKであり、NHKの記者は公・国のテレビ局ということもあり、どちらかといえば、後者に近い傾向にあります。しかし、テレビ局なので、絵柄にも多少のこだわりをみせるということもあります。そのような点から、傾向が似ていながらも、新聞社各社が補完的要素を充たすことができるNHKと連携すればよいのではないかと思いました。

 新聞社側が、プラットフォームにコンテンツを安く売っているという言い分は分かるが、いくらで売っているかが数字で出ない理由としては、①自分の記事がいくらで売られているか知りたくない②他社とのプライドの問題という二つの理由があると知ったことは、新発見でした。

 課金できる経済紙とできない一般紙(はじめ戸惑ったがここでいう課金は、ネット新聞への課金)についてでは、例があり新しく知ることが多かった。課金できる経済紙についての意味は、要するにアメリカ、イギリス、日本にしても、信頼できるちゃんとした経済新聞が一つの国に一つしかないから、競合がいない独占状態があるがゆえに、課金ができるという。これは寡占状態でも駄目である。なぜならば、2つ以上あると、顧客が分散してしまうので安定した収入が見込めないからだ。一方で、一般紙に関しては、日本でみても、4紙も有名な新聞がある。そうすると課金はできない。ここで何で儲かるかということに各社、現在苦戦しており、今の段階では、独自のウェブコンテンツを展開することが最良の方法といわれており、読売新聞のヨミドクターは比較的成功している。

 
 最後に、NCの方向性について議論した。予習のお知らせは重要だなと思った。実際、今回のNCで参考文献を読んで、NCに入ったのだが、本を読んだことがとても理解の促進につながると感じたし、ゼミにも好影響があると思ったからだ。

1015 ゼミの感想 【黄】

①新聞社は今後どう生き残るのか
私は新聞派だ。正直、今日までは新聞やジャーナリズムが危ういと言われてはいても実感がさほどわかなかった。いや、絶対なくならないだろうという確信があった。
今日の議論の中で双方の立場を改めて認識しなおし、確かに新聞はこのままでは駄目だという言い分に納得ができた。
では、新聞はなくなるべきなのだろうか?
しかしながらやはりそれは違うと、私は思うのだ。
いくらプロアマチュアの存在があると入っても結局彼らはプロフェッショナルではない。李先生がおっしゃていた様に、そこに存在するプロとしての責任と信頼性はジャーナリズムに必須の条件なのだ。このStrengthを生かしつつ、更なるジャーナリズムの飛躍に必要なものは何か、を今後のニュースクリップで扱ってもらえたらいいなぁ、と思った。

②ハロウィン企画
日程の調整に手間取ったりもしたが、無事金曜日に決まり一安心。
日程調整に関して、OBとの兼ね合いもあったはずなのに臨機応変に対応してくださった4期生先輩方に感謝したい。考えてみると、3,4,5期生が一緒にどこかでやるイベントってこれがはじめてではないだろうか。ぜひお互いが腹を割って話し楽しめる場を5期生でプレゼンできれば、と思う。
どんなハロウィンになるかワクワクするのと同時に金ゼミ生の皆様のクリエイティビティ溢れる仮装が本当に楽しみである。

2010年10月15日金曜日

1015ゼミ感想【高橋】

①NC: 新聞社⇔ポータルサイト
時代の流れに乗らざるを得ない状況で持ちつ持たれつな関係にある両者。
やはり新聞業界が劣勢にある状況に変わりはないとは思うが、絶対になくならないメディアの一つであると個人的には思っています。形態を変化させて時代に合わせていくしかないとはいえ、その歴史や信頼感はちょっとやそっとじゃ崩れないと思います。
ゼミ中新聞社とポータルサイトの両者の言い分を議論し、考えられる主張を挙げ、その解決策としての事業提案という流れは面白かったです。
特にプロ・アマ議論は自分の中で何故新聞社が必要なのかの考えの整理に助かりました。
プロは国民にとっての情報の優先順位(表現が適切かわかりませんが)を提示してくれる、Agendaの提示という役割を担っていて、持続性などを考えるとやはりアマからの情報だけで私たちはニュース情報を信用することはできないと思います。少なくとも今のニュース以上には。
あとは議論で少しでてきた話題ですが、新聞紙がA4になればいいのになぁと切実に思いました。A4サイズなら私は喜んで持ち歩いて時間のあるとき読めるのにと。今のサイズではでかすぎて広げにくい、かさばる、といった難点があって家の中でしか読めない気がします。

②今後のNCの方向性について
出典をもっと明らかにして事前の予習をしてきてもらうためにもURLなどの参考資料を共有することはとても大事だと改めて思いました。徹底していきたいものです。
テーマを自由にするか、縛りアリにするか。とても悩んだ部分でした。
たしかに一環した繋がりがあるテーマがいいと思っていましたが、それが全員三田論をするのであればそれに沿ったテーマで発表していく方法で問題なかったと思います。しかし、今後のやっていく内容もゼミ内で統一していないので軸をどこに決めたらいいのかとても悩みました。BNGなのか三田論なのか…。はたまた自由か…でもそうすると前と変化なしという結論になってしまう…。
結果的に現状維持となりましたが、前期よりは内容がもっと充実したものとなるように個人的に邁進して参りたいと思います。

[1015ホンヨミ!”2”]アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド携帯端末戦争のゆくえ[矢部]

アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド携帯端末戦争のゆくえ 岡嶋裕史(著)

クラウドとは何か?ということをアップル、グーグル、マイクロソフトの三者を例にとって説明している。ユーザー側とプロバイダー側どちらからもクラウドの説明がなされていて、技術的な面やビジネスモデル戦略について書かれていて、例を用いて分かりやすい。しかし、個人的には、もっとそのクラウドを取り巻く状況、環境について取り上げてほしかった。

☆日本のクラウドへの参入について

クラウド市場にとってのキーポイントは2つあると思う。

1、
一つ目は、携帯端末を利用するという事だ。クラウドはコンピューターで利用することが一般的だと思われがちだが、そのセグメントはある程度飽和状態にあるのが事実であり、情報化社会が終焉を迎えるだろうといわれている現在においてであっても、モバイルに手を差し伸べていくのが、優良だと思う。モバイルは、その時代に最適化したものが必要なのだ。ご存知の通り、アップルのiphone,ipadはその点でやはり高収益をあげてるわけだと納得できる。グーグルのandroidもその一つと考えられる。アマゾンのkindleだってそうだ。マイクロソフトには何があるのだろうか。ガラパゴス携帯と揶揄される日本の高性能かつ高技術をもつ日本の携帯会社は、その市場に参入する可能性はある。

2、
一つ目はハード面に関してのことであり、二つ目はソフトに関してである。上記で述べたハードで取り扱うソフトウェアの面でも、日本にはというよりは、全世界誰にでも可能性があるのだ。なぜならば、今や、誰もがアプリケーションを開発することもできるし、プロとアマチュアの区別がなされてない故、誰でも動画を作れるし、本も書けるのである。そして、それを流通させるインフラが整っている。デバイスも整っている。需要もあるのだ。そこに、価値共創という購買前のマーケティング観点があるゆえ、市場も膨らむ可能性は見えている。よって、この市場参入は可能性がとても高いのである。


【1015ホンヨミ!】20歳のときに知っておきたかったこと【栫井】

20歳のときに知っておきたかったこと/ティナ・シーリグ

・光り輝くチャンスを逃すな。
やりたいこと、成し遂げたいことがあったときは、なんとしてもそのチャンスに食らいつく。
それが出来ないときは、全て自分の責任。「時間がなかった」とか「周りが協力してくれなかった」とか、結局のところ自分がどうにかする方法をひねり出せなかったということ。
そしてそのチャンスは、いくらでも作り出せるしいくらでも見逃せる。例えば休日、だらだら過ごす代わりに、自分が興味を持っているものについて研究してみて、その成果を誰かの元に持ち込んでみる。プロジェクトの合間にメタ視点で不足点を探してみる。電車の中で携帯ゲームをやる代わりに情報収集をしてみる。
本当に成功したかったら、自分に言い訳をしている暇は無いはずなのだ。

・創造力は行動から生まれる。
失敗は成功の母と云う。しかし、ただ怠惰に過ごして出来なかった失敗と、果敢に攻めて叶わなかった失敗とは違う。
”挫折”とは、真剣に目の前のことと向き合って初めて生まれる経験だ。思いっきりやり切った自信がなくては、悔しがることも出来ない。

ホンヨミ!②「紫の牛」を売れ!【黄】

「『紫の牛』を売れ!」 セス・ゴーディン著

①紫の牛
草原にいる牛をずっと眺めていたら誰でもいつかは飽きる。同じ風景、同じ模様の牛をずっと見なければならないから。そこに「紫の牛」が現れたらどうだろうか?「おっ!」と興味を引かれるだろう。この紫の牛による「おっ!」こそがマーケティングの鍵だと筆者は指摘しているのだ。そう。成功の鍵は「いかに目立つか」という事なのだ。常識破りで、すごく目立って、興味を引き立てられるもの。それが「紫の牛」。

引用
「常識破りのマーケティングとは、製品やサービスに注意を払う価値のある点を作り出す技術である。マーケティングに最後に付け足しとして加えるのではなく『製品やサービスそのものが常識破りでなかったら人の目に入らない』ということを我々は理解するべきである」

②目立て!
モノがひしめき合っている現代社会。本書では何度も『目立つ』事の重要性を強調している。著者は目立たない事は弱みであり、それは存在しないも同然だと主張する。同調を美として重んじる日本文化ではなかなか実現が難しいのかな、とも思ってしまう。が、しかし!それに屈してはならない。「出る杭は打たれる」とは言うが、「出過ぎた杭はほっとかれる」のである。今後も金ゼミや他の場所で「出過ぎた杭」になろうと思う。

ホンヨミ!①魂を売らずに成功する アラン・M・ウェバー著【黄】

「魂を売らずに成功する 伝説のビジネス誌編集長が選んだ飛躍のルール52」
アラン・M・ウェバー著

①「良い答えよりも良い質問」
より大きなイノベーションを引き起こす為に必要なのは、良い回答ではなくて良い質問だと著者は言う。例えば以下のような例を本書では挙げている。

アラン氏は、アメリカでも屈指の人気を誇るビジネス雑誌「ファウストカンパニー」の創刊者。では、「ファウストカンパニー」の人気の秘訣は何だったのか?そこには優れた質問力が多分に働いていた。
「朝、あなたを目覚めさせるものは何か?」
「夜、あなたを眠れなくするものは何か?」
これらの問いによって、経営者が今最も熱心に取り組んでいるのは何か、夢中になっている事はどんな事なのかが即座に聞き出せる。また同時に、その経営者がどんな人柄なのかまでも分かってしまう訳だ。一つの質問で相手から一の情報を聞きだすのか、十の情報を聞き出すのかは我々次第という事なのである。

②目的を短く表現せよ
有能な企業のトップほど会社の指針を一言で短く表すという。そしてそこで重要になってくるのはビジョンの大きさと焦点の明確性である、と筆者は指摘する。
『正しいことば』と『だいたい正しい言葉』の間には『稲妻』と『光を発する蛍』ほどの違いがある。筆者は「ファウストカンパニー」編集長時代、常に「記事の内容を損なわずして分量を三分の一にせよ」との指示を心がけた。先日バンダイナムコのプレゼンでも思ったが、自分の言いたい事を少しも損なわずに相手に一言で思いを伝える事、それは至難の業である。しかしだからこそ、それができた時のインパクトは計り知れないのかもしれない。

【1008①】人を動かす【金光】

人を動かす  D・カーネギー

D・カーネギーという人に会ってみたいと心底思った。
穏やかで言葉が心からあふれていて、笑みの絶えない人。なんだろうか?

人を動かす という題名は上から目線で、とても偉そうな印象を与えるが、
心を動かす のほうがしっくるくるような本だった。

究極のソフトパワーは笑顔らしい。
そして、自分の気持ち(本能)にしたがった言葉を外に出す前にに一瞬でも深く考えて、相手の気持ちを優先してから口に出すと周囲に変化が起きるらしい。

という素晴らしい内容を書くカーネギーも、相手をほめて喜ばせたり、自分の怒りを抑えて相手をほめて拍子抜けさせて、「してやったり」と心の中で思っている、と随所に書いてある。彼なりの心のバランスの取り方だと思うが、この本の内容もあくまで一つの手段なんだろうなと思った。
手段を使ってその結果、得たいものがあるからこそ、D・カーネギーは自著の方法を実践した。
結果のために、自分の主観を抑えられる人じゃないと実践できない内容の本である。

【1015①】柔らかい発想【金光】

『柔らかい発想』大前研一 PHP文庫

1997年の本だから少し古い。しかし、幅広く当時の日本に対して向けた本。

海外を知る日本人、海外と日本とを比べて日本がもっと変わるべきだと声をあげる人が増えるべきだという考えに思えた。そういう人が増えないと日本は変われないと言っていた。
海外を知る日本人に改革を求めるのは”戦略”があるから。戦略で勝つか負けるかで国の存続が変わる、と言う。

法と政策という授業で、実際に民主党の仕分け事業に携わる先生が、実際に国を運営すること(もっぱら予算面で)はとても難しく大変と言っていた。予算の減らし方、事業仕分けは今のままでは根本的解決にならないそうだ。もっとシステマティックにやらないと表面上の減少しか生まないらしい。でも、私たち国民にはそうやって内部を知る人が赤裸々に語る授業などを通して見ないかぎり、なかなかそのことに気付かない。国は自分たちの存在する根本にある存在だから、最も真剣に考えるべきとはわかっていてもスケールが大きいしいつも当たり前に存在しすぎていて、遠く感じてしまう。日常の目先の損得で政権のj是非を判断してしまう。

選挙権を手に入れたことをきっかけに、もっと真剣に国の戦略、考え方と向き合わなければいけないと思った。



また、筆者の書き方が説得的なのはどんな文献でも、”悪いという批判+データに基づく自分の考え”になっているからだと気付いた。

2010年10月14日木曜日

[1015ホンヨミ!”1”]ネット帝国主義と日本の敗北[矢部]

ネット帝国主義と日本の敗北 岸博幸(著)

1、「縦」への展開と「横」への展開

今現在、アメリカのネット企業が世界を牛耳っている。アメリカのgoogleを筆頭とした様々なプラットフォームレイヤーが、新聞や音楽というマスメディアやコンテンツ産業を例にしたコンテンツレイヤーを搾取している現状にある。次第には、インフラレイヤーや端末レイヤーをも統合して、プラットフォーム中心のメディア世界になろうとしているのだ。これがアメリカネット企業躍進の「縦」への展開からの「横」への展開である。この縦と横の展開を兼ね備えるのが、google book researchなのである。フェアユースが縦の展開を促進し、ベルヌ条約が横への展開を促進したともいえる。

2、ジャーナリズムと文化の衰退

上記のプラットフォームレイヤーがコンテンツレイヤーを搾取し、その結果として、ジャーナリズムや文化の衰退が進行しているのが、現状である。新聞や音楽がネットに吸収され、アナログよりデジタルの方が収入が上がるかと思いきや、広告費収入は一向に低い状態であり、コンテンツレイヤーが弱体化してる中では、良いものも生まれず、市場シェアが縮小して…と負のスパイラルに巻き込まれているだ。日本は数年前まで、GDP2位と言われる大国であった。その存在価値を示す指標としてあったのは、紛れもなく、経済力であった。しかし、今周知のように、中国にもGDPで抜かされ、一人当たりのGDPでさえも、アジア圏でシンガポールより劣るといわれている。もはや経済大国ではない。何か、国家の存在価値、国益となる何かがなくてはならないのだ。その答えこそ、日本古来からある、伝統文化やポップカルチャーではないのか。欧州でもフランスがより力を入れて、文化復興の政策をしている。日本はどちらかといえば、欧州寄りではないのか。アメリカの模倣のようなことをしてる場合ではない。それは、ジャーナリズムあってこそ政治(journalism without government)でも然りである。ジャーナリズムと文化を衰退させてはならない。

3、流通独占と超過利潤

以前は、情報やコンテンツの制作から流通までを自社の流通経路で、担い、独占してきた垂直統合型モデルだった。そこでの流通独占がもたらす超過利潤をお金として充てていた。しかし、プラットフォームレイヤーなどの出現により、今では超過利潤をいうものをプラットフォームの中だけで溜め込んでいるのだ。(これがgoogleの高収益につながっている)それを制作側のコンテンツレイヤーに還元しないが故に、コンテンツ産業が縮小してしまっているのだ。

2010年10月12日火曜日

【ホンヨミ!1008①】自己革新的な社会に向けての教育とメディア【栫井】

ised設計篇第四回「自己革新的な社会に向けての教育とメディア」講演:井庭崇

小さなイノベーションが偏在する自己革新的な社会、というのが未来像として示されていたので、それについて考えてみた。
今の情報社会が生んだ事象として、 SkypeだったりGoogle docsだったりBlogだったりで、mtgの効率化が進み、 コミュニケーションが円滑になったことが挙げられる。
だが現在、情報の力は知ること・分析することまでにしか到達し切っておらず、万人が「作る」時代かというとそうでもないのではないか。もっとたくさんの人が創作し、小さな創作が偏在する社会になるべきではないだろうか。

ここでは、情報社会で発達したコミュニケーションの力を創作に還元するためにコラボレーションを挙げている。
コラボレーションを促進するものとして、
1.目的の共通見解
2.制作プロセスのリアルタイムな可視化と共有
3.価値観の自由の担保
4.目的へのモチベーションが必要だと思う。
これらを満たすものとして、プロトタイピングとシミュレーションが挙げられる。井庭さんはペアライティングを例示していたが、完成品を誰かに見せてフィー ドバックをもらうよりも、リアルタイムにどんどんフィードバックをもらい、相手にも創作に参加してもらうことで、共通認識が培われるのではないだろうか。

このようなシミュレーションを可能にするには、ツールとプラットフォームが必要だ。
そのとっかかりとして、初音ミクがあるのではないかと思った。

初音ミクは、色んな意図を持った人達(萌え消費・歌い手・作曲など)を「初音ミク」という一個の箱を通すことで、共通言語を付加する。そしてその共 通言語が上記の色んな意図を持った人達のコラボレーションを生んで、より創作を促進すると考える。本来ならば多方面のカテゴリに属する人々をつなぐ点で、 ミクはプラットフォームに似た役割を果たす。そのブランド力によって、ひとつの共同体を形成しているのだ。
メタメディアという概念を井庭さんは提示していた。パソコンのように、利用する側の目的に合わせて、調べる・絵を描く・文字を書く・ものを動かすなど、様々なメディアの形に変化する、メディアを包括するメディアの意味だと解釈した。
初音ミクには、その可能性があるように感じる。
ボーカロイドソフトウェアとしての初音ミクは、歌を作ることにしか特化していないが、ブランドとしての初音ミクは、様々な用途で創作を促進しているように見える。

この初音ミクが、ニコニコ動画のような、作品の公開・リアルタイムのフィードバックを受け持つものと組合わさり、更によりオープンなコラボレーションを可能にすると、創作の場においてさらなる意味を持つようになるのではないだろうか。

精神一到何事か成らざらん

①窮鼠猫を噛む


発言の本気度はともかくとして(おそらく本気だと思われるのがこわいところ)、金先生の
「BNGに向けた最後の1週間と同じようなやる気で日々を過ごしてほしい」
みたいな発言に、 
「いやそれは無理です本当に死にます」
的な感想を持つような一幕があったのが個人的になんとなく印象に残っている。

やっぱり何事も「やるしかない」環境がもたらす力というのは大きくて、それは考えてみると自分が金ゼミに入った一番の理由でもあるわけで、そういった火事場の馬鹿力みたいなものを再認識するとともに、何となく感慨深かった。

もちろんたまの火事だからこそ普段以上のやる気が出せるのであって、そこは一人の未熟な人間として、一つのことに同じようにモチベーションは保ち続けられないけれども、それでも「やる時はやる!」、そういう姿勢だけは何をやるにもきっと持っていないといけない。

それがない人間に仕事は任せられないし、少なくとも自分なら任せたくない。

そういう姿勢が自分の中にもきちんと認められたのが、今回色々な収穫を感じる中でも、最大の収穫だったような気がしている。


②「伝えたいこと」「伝えられること」

これは言いたいことを取捨選択することとも関連してくるのだけれども、自分達の言いたいことをいかに「抑えて」視覚や感情に訴えかけるプレゼンを作るかということ。なおかつ一木さんが仰っていたように「質疑応答を充実したものにするためにも、その場を第2プレゼンにしないこと」。

自分たちがトコトン頭を捻って考え出したアイデアを全て見てもらいたい気持ちはもちろんあって、なおかつその気持ちは、プレゼンに対する情熱が強いほどに抑え難く思われるのだけれども、時間が限られていること、何より誰だって「一度にたくさん言われたって理解しきれない」ことから、どうしても「伝えたいこと」と「伝えられること」の間には大きなギャップが生じる。

自分たちはコンピュータを相手にしているわけではなくて、生身の人間を相手にしている。

それなら「コンピュータほどに記憶力が器用ではない、けれども提示されたアイデアに価値判断を加えられる」そんな特性に合わせたプレゼンをする必要がある。

まずは何が必要か。
次に何を言ったらorどう見せたら効果的か。
最後に、それだけでは何が足りないか。

一から十まで論理立ったプレゼンは確かに見ていて安心はするかもしれない。だが一から十は決して同様に重要ではあり得ない。どこかを強調する結果としてほかを切り捨てる勇気、それがプレゼン全体にメリハリを生む。本当に価値を感じている部分を効果的に伝えるためなら、相対的に瑣末なアイデアを極限まで切り捨てることさえ辞さない。

相手に身を乗り出させるようなプレゼンは、そんな勇気の中からこそ生まれるのかも知れない。

アイデア出しの段階で「付加価値」と思われたものも
最終的には却ってマイナスになってしまうことがある。


アイデアの積み重ねが時としてマイナスになるのもまた、プレゼンの奥深さだと強く感じた。


最後になりましたが、今回このような貴重な機会を提供して頂いたバンダイナムコゲームスのみなさん、金先生、互い競い合い刺激し合って企画を作り上げたゼミ生のみなさん、わけてもAR名刺班の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

BIG☆EVENT

発表の瞬間が最高に楽しかった!!

発表前も最中も全く緊張せず、たぶん一種のトランス状態でした。
もともと人前に出るのに怖じないタイプではありますが、
こんなに発表を楽しいと思えたことはなかなかありませんでした。
なぜだろう? こう考えた時に、出てきた答えは「うまくいかないわけがない」と確信していたから、だと思います。
完全に納得のいくプレゼンの素材を夏休みから通してチームで作ったこと、何度もSkypeでミーティングしたこと、発表の週は三田に集まり全員で遅くまでリハーサルを繰り返ししたこと、、、、
本当に申し分のない完璧な準備だったなぁと振り返って思います。
十分すぎる準備がこれほどの自信をも生み緊張を吹き飛ばすのだということを身を以て学びました。

それだけでなく、この大きな発表という一つの区切りまでに本当に多くのことを学ぶことができたと思っています。大きく二つを挙げたいと思います。
まず新しいアイディアを「商品」とすること。準備をしながらずっと思っていたことがあります。
「みんながへらへらと(悪い意味ではなくて)楽しんで、面白がって使うものなのに、それを作っている側はこんなにも真剣なんだ」ということ。商品なんだから当たり前、と言われればそれまでなのですが、消費者の側にしか立ったことのない自分にとっては新鮮で何だか不思議な感覚に終始追われていました。また、プリクラ機の機能を引き継いでいたということもあって、既存の商品がいかによく考え抜かれて作られたかということがよくわかりました。「商品企画」と聞くとキラキラなイメージがありますが、終始キラキラなアイディアベースというわけではない事を知り、奥深さを感じました。

次に、リーダーとしてのこと。2年で一人リーダーをやらせていただいたのですが、最初に言ってしまえば、本当に良い経験になったと思います。皆で集まる時に遅刻したり、ゼミを休んでしまったり、動き出しの指示が遅かったり・・・至らなかったりだらしない点も多かったと思います。また、皆にどこまで仕事を振ってよいのかという塩梅が分からないこともありました。あと、おそらくチームで動く時の最終意思決定者はリーダーになると思うのですが、メンバーの意見が一致していて自分と違う時…あまりなかったのですが、最後プレゼンの順番をどうもってくるかというところで、私だけ若干納得いかない時があったのですが、皆さんの意見の通りにして実際にやってみると自分でも気持ちがいいほど納得がいって、意固地に自分の意見通そうとしないで本当に良かったなと思いました。自分の納得のいかないものに仕上げてしまうのは良くないですが、リーダーが変に肩肘を張るのも良くないです。自分としての軸は持った上で柔軟に皆の意見を聞き、積極的にその軸を改装してみるのが大事なのだと思います。そして最初に「アイディア」だったものが最後何らかの形になるまでを一番よく、面白く、見届けられるのがきっとリーダーのいいところだと思います。今後この企画が続いていってもこのチームのリーダーとしてやらせていただけたら幸いです。

学んだことはまだまだあるのですが、書ききれないのでこのくらいにしておきます。
このような機会を作ってくださった先生とバンダイナムコゲームスの皆さんと、ここまでサポートしてくださった土屋さん、そしてHoneyMoneyのメンバーの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
今後も引き続きこの素晴らしい成長機会に感謝しながら頑張っていきたいと思います。

2010年10月11日月曜日

1008BNG[矢部]

「本気の姿勢」

 僕がこのBNGプロジェクトの中で成長したと思うことの中で、一つ挙げるならば、「心の中の余裕」です。やはりこのことの起因として、大きな部分を占めることとしては、あのような緊張感溢れる場で、真剣に評価してくださるBNG側の方がいたり、真摯に学生の考えに付き合ってくれる中野渡さんであったり、自分たちの考えてる新規事業案が実現されていくという中で、取り組むことができるリアル感、それに伴うモチベーションの常時高揚感、などまだまだあげきれないほどありますが、これが自分が得たものにつながったと思います。とにかく全てが本気だったからこそ、それが終わった後に少しでも何かを感じ取ることができたのではないかと思います。

 このことは、3か月ほどという時間とそれに対応して、糸がピンと張りつめたような意識の高い雰囲気があったからだと思います。やはり、長い時間をmtgしたり、このプロジェクトについて日々考えてることに意味があると思ってます。実質作業的な時間でこのくらいの期間あれば、できてしまうというように考える見方もありますが、それでは、一区切りした後に感じるものに違いが出てくるのではないかと思います。スポーツでも、毎日練習して、苦楽を共にしてこそ団結力や結束力、チームの強さというものが出てきます。自分の成長があれば、秩序や関係がカオスになってもいいというのは非情すぎます。自分の成長ばかりにフォーカスするのもいいと思いますが、周りにいる人がいて、すばらしい環境があってこその自分だと思います。そういう意味では、金先生をはじめとして、金ゼミには感謝です。このプロジェクトに他のメンバーの取り組んでる姿を思うと、自分の励みにもなりますし、頑張ろうと思います。そして特に今回は、チームのメンバーにも感謝したいです。二人の先輩からは、正に、「本気の姿勢」というものを学びました。継続するその姿勢には、学ぶところがたくさんあります。加えて、考え方や切り口、視点という側面でも、学ぶことが多かったです。頭の中の使い方という面で少しは、僕も一経験踏めたのではないかなと思います。アイディアベースの議論が多かったので、5人もメンバーがいれば様々な角度から物事を見ることができるので、とても面白く勉強になりました。このように振り返ると、最初に述べた成長した部分ということで「心の中の余裕」が生まれたというのは、全体的に自分の見えない内なる部分での成長があったからこそではないかと思いました。

「変化」

 やはり、今回(というか最近)改めて、自分の学びのスタイルを見直すことができました。基本、自分は何事にも頑張ることを根底におきながら、興味のあることには追求していくというスタイルで、学ぶことが好きです。そして好きというなれば、それは面白く楽しくやっているというのが僕の姿勢であり、程度に高低差がありながらも遂行してる次第です。しかし、今回を通して得た2つのことが+になる形で後押しし、良い方向に見つめなおせてます。
 一つ目は、中野渡さんが楽しく面白くの中で、仕事をしてることで得たことです。社会人として、仕事をするとなれば、ストレスが溜まることであったり、頭が痛くなることで会ったり全てが輸快なことではないと思います。学生からしてみれば、仕事は学びです。学生は社会人からしてみれば、時間的制約もなく自由なので、もっと愉快であるべきです。これを中野渡さんは姿で見せてくれました。あの中野渡さんが自分の意見を話してる時の楽しそうな感じと、没頭感はとても心撃たれるものでした。自分もあのくらいの勢いで学びたいです。
 (そして中野渡さんから学んだものとしては、FB力です。僕たちが意見や案をもっていき、話すと必ず、的確な思わず感動するほどの返信がもらえます。しかもそれは、僕たちが確実に見逃していた点や、予測はしていたけど自信を持てなかった点であります。そこに、僕たちの意見をつぶさず上にかぶせ積み重ねていく形で、簡単な直観的なアイディアベースから複雑な知識を踏まえ論理立てられるていき、膨らませていくというもので、とにかく分かりやすかったです。これこそ、一木さんもおっしゃってた、「難しいことを簡単に説明することのむずかしさ」だと思いました。)
 二つ目として、伝えたいものは何かということで得たものです。今回これぞ本物!というプレゼンテーションの極意のようなものを教わって、プレゼンをするうえでの重要なことを学ぶことができたうえで、ビジネス的要素を含めたプレゼンでの大事なことに加えて、全体に通ずるものとして得たことが、取捨選択、整合性、勢い、二次プレゼンはするな!の4つです。最後の一週間での前半プレゼンを作っていて思ったことなのですが、伝えたいことが多すぎてとても戸惑い、考えたことがありました。この局面を5期3人中心で打破したところにはこの4つ全てが詰まっていたからできたのではないかと思ってます。物事の本質を見極め、僕たちが伝えたいことは何なのかを考えて、取捨選択をしました。しかしそうすると、うまくかみ合わないので、柱を作ってから肉付けをするという形で、整合性をつけていきました。二次プレゼンをするな!というのはこの2つを言い換えたものに近いともいえます。そして最後にプレゼンの練習をたくさんしたことによる本番での勢いやオーディエンスへの気持ちの伝わり様は実感として手に感じました。如何にオーディエンスを共感させることができるかは、中野渡さんからも学んだプレゼンの極意でもあり、最も難しいことと思いました。
 最後にこのBNGを通して、この勢いがあれば、安易短絡ですが、他のこともできるのではないかと思うことができてとてもよかったです。全てに感謝したいです。
 

【ホンヨミ!1008②】<聞く力>を鍛える【高橋】

<聞く力>を鍛える 伊東進(著)

1.聞く力とは
コミュニケーションとる、ということはまず自分から発することももちろん大事ですが、それと同等に大切なのが「聞く力」です。一方的な情報は最早コミュニケーションではない。相手が言わんとしていることは何か、何を伝えようとしているのか、聞くという姿勢は大事です。「聞こえる」と「聞く」のでは全然違います。意識して聞くことでよりインプットをすることができます。相手が伝えようとしていることをインプットする力が聞く力であり、思考力に繋がるものだと思いました。

2.聞く力低下=コミュニケーション力低下
相手の考えを聞いて自分の考えを聞いてもらう、双方向性をもつものがコミュニケーションだと私は考えています。故に聞く力が低下すると必然的にコミュニケーション力の低下を招くこととなります。自分から意見を発することも大事ですが、相手の意見も聞くことでバランスを保つものが崩壊する。自己主張が叫ばれる中で相手の考えを聞き入れない風潮が起きてしまったらコミュニケーション力の低下は深刻になります。

3.聞く力スキルを高める
相手の考えを批判的に聞くという聞き方もしばしば必要になると本著では説いている。たしかに相手のいうことをすべてに鵜呑みにすることは聞く力が真の意味で養えていないということになる。聞くことによって自分の頭の中に取り入れられ、インプットした情報を自分の中で処理して考える。このステップなくして「聞いた」ということにはならない。決して反骨して批判する力を持てというのではなく、思考力を高める意味で批判的に聞くということは納得のいくものだと思う。また、目的によって聞き方を切り替えるという器用さも身につけることができたらと思いました。

【1008】ゼミ@BNG感想【栫井】

3ヶ月、必死で新規事業を考えてきて、比較的自分で納得がいく結果が得られたことが嬉しかったです。
どうすれば一番良いアイディアが出せるのか、個人の能力を発揮出来るのか、とことん考え抜いて実行出来ることをやりきったことで、ちょっとした自信に繋げられたかなと思います。

① ストーリー
担当の中野渡さんに言われ続け、壁に当たるたびに意識したのが「ストーリー」でした。
数字を出すのがにがてで、どう広がるのか根拠がつけられない。そうしたら、まずどうこの事業が広がっていくのかをストーリー立てて考えてみる。「こういう人なら、こうやって人に自慢するんじゃないか」「ああいう人は、周りが使い始めたら乗っかるだろうな」これらを一本の線でつなぎ、機能や効能もここに載せてみる。
「数字」という無機質で、学生レベルでは根拠の見えにくいものが、ストーリーをつけることで少なくとも自分にとっては有意義なものとなり、ひとつ壁を克服出来たように思います。

②自分の立ち位置
チーム内で一際厳しいスタンスで臨んでいたと思います。
合宿一日目の夜は「寝るわけないっしょ。アイディア詰めるまでやらないとどうにもならないよ」とチームを寝かせず、タスクは割って厳しく期限を言い、最後のプレゼン準備も「出来るかじゃなくてやるかでしょ!」と。
自分自身が120%コミットして出来ていたか、問われると躊躇してしまうこともあったのですが、こういうスタンスで臨んでいたからこそ、手が回らないときもBNGのことを考えていられたのだと思います。他人に厳しく、自分に甘く、になってはならないと自分に言い聞かせていたので。
こうした立場を採っていて、最終的には良く作用することもあったのではないかと思っています。
田島さんがよく人の良いところを見て柔軟に気を配ってまとめあげ、2年生はじっくり考えて、自分の意見を盛り込んだ成果を出してくる。
質の高いものをそれぞれが出してくる中、全体の勢いを付けるためにわたしは後ろから蹴り飛ばしていました笑
気を抜くと誰よりも甘えてしまうことを自覚しているわたしだからこそ、出来ること。金先生にも電車の中で自分の立ち位置についてお言葉をいただいたことがありましたが、貫く姿勢を持ちたいと思います。

③逃げない
送別会のとき、金先生に就活のことで叱咤とアドバイスをいただきました。
心に刻んで、邁進します。

やっと一息つけるかと思いきや、そうでもないのが現実ですね。
三田論もBNGも、そして来週のNCも。甘えずに取り組みます。

一区切り。

◎空気を読むこと

KYになれとかKYはダメだとかいろんなことをよく言われるが、空気を読むことってこういうことなんじゃないかと金曜日に感じた。
例えば質疑応答のとき。訊ねられたことには返答するべきだけれど、アドバイスに対しては「でも~」と逆接で自分の意見を主張するのはあまり良くないように感じた。
もちろん発表する側は緊張しているし、自分が言いたいことはいっぱいあるし、伝えたい熱い想いが先走るけれど、聞いている人や判断する人は冷静なのだから、緊張したときこそ相手の考えを受け入れて、反論する必要がある時のみ言葉にすることが必要なんじゃないか。


◎「言いたいことが3つあります」というマジックワード。

「3つあります」と言ってから3つを箇条書きでしゃべることで、不思議なほどみんなメモをとっていた。(学生、企業の方関わらず)。私はそれに驚いて、実際に話された3つのことをメモしなかったのだが自分が話す立場になったときに知っておくと有益なマジックワードだということが分かった。


◎”自分に”必要なことを取捨選択して受け入れること

これは先生が夜ごはんの席でゼミ生に向けたメッセージ。
言われたことは全部鵜呑みにする必要はない。たとえそれが誰に言われた言葉でも。
自分が大事だと思ったことはあとの99人が不要だと主張しても信じれば良い。逆もまた然り。

ニュアンスは少し違うけれど以下のことにも当てはまると思う。
マジックワードの話に関連させる。「3つあります」と言われるとメモしやすいからメモをする。メモしやすく簡潔に話してくれるので、その後のメモを見てもなんとなく意味がわかるような気がする。けれど、実際にその言葉は本当に大事なんだろうか?
メモしやすいからメモした言葉と、自分が聞いていてひっかかったり、大事だと思ったからメモする言葉のほうが自分にとって大切なんじゃないかな? と思う。

共通点は、自分で一度言葉の意味を咀嚼してから、それを受け入れるかの判断をしろということ。その理由は、「最後に信じられるのは自分」だから。他人は自分を助けてくれない。そのために日々の小さいことから自分で自分の判断を信じたり、自分で良いと思った判断をする訓練をしておくことが必要。

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最後になりましたが、このような機会を設けてくださったバンダイナムコゲームスの方々に感謝します。ありがとうございました。
土屋さんは「夜討ち朝がけ何でもOKだから!」と最初から熱い激励メールをくださり、以後デモ動画の撮影に付き合っていただいたり、プリクラのレクチャーをしてくださったり、と見守っていただきました。プロジェクト本体のことだけでなく、社会人と学生の違いなど、雑談や態度から学んだことも多くありました。ありがとうございました。
そして発表の週は毎日のように三田に集まり、学生がいなくなった夜の学校で、BGMでテンションをあげながらリハーサルを繰り返したのも良い思い出です。チームのみんなにもありがとう!と言いたいです。

1008ゼミ感想【斎藤】

プレゼンが終わった瞬間、無事達成できたことへの高揚感につつまれました、そして、安堵しました。この機会を経て壁をひとつ越えることができましたし、次に現れてくるであろう壁もまた乗り越えられるという自身につながりました。簡単にではありますが今回のプレゼンを振り返ってみようと思います。

①何を伝えたいのか
プレゼンのスライドを作るに当たって、大きく分けて前半部分と寸劇を五期生メンバーの三人で担当することになりました。本格的に着手してから完成までは約三日だったのですが、そのたたき台の部分の作成に苦心しました。要は何を伝えたいのか、伝えなければならないのかが明確になっていなかったからです。10分間のプレゼンの中で何を聞き手の心に残したいのかを意識して要素を取捨選択しなければならないと役員の方々からもご指摘いただきましたが、それが無ければ筋の通ったストーリーも浮かんでこないのだと痛感しました。今回、その点を実際の体験を通じて学べたのは大きい収穫です。スライド作成も寸劇も核となる部分が決まれば、それ以降はもっとこの点を改善したらいい!といった積極的な意見が話し合いの中で出てくるようになり効率よく完成度が上がっていきました。

②緊張と覚悟
僕にとってこれまで行ってきたどのプレゼンよりも今回が一番ハードルが高かったです。それ故に、本番で失敗を招いてしまう可能性も高かったです。しかし、意外と本番では過度な緊張をせず、思いきって発表をすることができました。もちろん、変な汗はかきましたが…
その理由として2点あげたいと思います。第一に十分な練習をした事。これは大きかったです。言うべき点を何度も暗唱して覚え込んでいた事が、気持ちに余裕をもたらしました。ジプトもナレーションでアドリブを効かせるなど、とっさの判断で応用が効くのだと感じました。第二に、今年ゼミに入ってからの経験が生きているという事です。2年生になって金ゼミに入ってから、ゼミの場でプレゼンをする機会が何度かありました。このことは今回のプレゼンに比べれば慣れ親しんだ場でできることからもハードルが低く感じるかもしれませんが、2年生になってから知り合いも全くいない状態で始まったゼミの場で経験を積んだことこれは自分にとってプラスになっているのだと改めて感じました。また、ゼミ以外の場での様々な人生経験も度胸をつける点では大きくプラスになっています。本番前にはインド旅の事を思い出し、どっちがヤバい状況かを考えたらかなり落ち着けました。このように様々なことの積み重ねが次に繋がるのだと思います。間違いなく今回の経験も次の困難に立ち向かう際の大きな糧になるはずです。

③プロフェッショナル
これまでの流れを振り返ってみると、やはり僕の心は学生気分でした。振り返ってみると恥ずかしくなります。それくらい甘い自分がいました。プレゼンが終わるまではプレッシャーを正面から受け止められず、妥協したい気持ちが蔓延っていました。そういったなかで、サポートしてくださった中野渡さんをはじめとするバンダイナムコゲームスの社員の方々はプロとして僕らのアイディアを引き出してくれました。そもそも、遊びを突き詰めてそれを具体化した商品として世に送り出し、お金を稼ぐ。この事は非常に難しいことだと思います。なぜなら、好奇心、興味、そしてなにより遊び心を保ちつつ、様々な要素に対して分析を加える冷静な頭脳を持っていなければならないからです。楽しい事だけしていてもダメ、難しく考えすぎてもダメ。微妙なバランスのもとに成り立つ感覚をもとに世に受ける企画を考えることは非常に難しいことです。ゲームとは楽しいものですが、それを作りだすのは必ずしも楽しい過程ばかりでない事を教えて頂きました。そういった業界の中で働く社員の方々は僕の目にはまさにプロフェッショナルでした。学生ごときの僕がそう語るのはおこがましい事かもしれませんが、そのように感じます。


最近、自分に対する自信が無いということをよく考えるのですが、今回のプレゼンを通じて野球ボールくらいだった僕の自信の大きさがちょっと厚みをましてソフトボールくらいにはなったと思います。あまり違いがないように思われるかもしれませんが、僕自身にとっては結構な違いです。もっともっと大きくして行きたいと思いますが、それにはやはり緊張とその後の高揚感、あるいは失望感を繰り返して行くことが必要なのだと思います。

そして、今回このような成長の機会を与えてくださったバンダイナムコゲームス様、最後まで僕たちの班をサポートしてくださった中野渡さんに厚く感謝の意を表したいです。ありがとうございました。

2010年10月10日日曜日

【ホンヨミ!1008①】考具【高橋】

『考具』 加藤昌治(著)

アイディアを発想していくのに「何も浮かばないー」という状況に陥ることがあります。それを解消するヒントがちりばめられている本書でした。

①個人的に面白いと思ったのは、”Mandal-Art”(マンダラート)という、3×3のマスの中にどんどんアイディアを広げていくやり方で、キーワードを増やしていくことで発想が膨らませていく手法です。

②あとは、「たかがメモ、されどメモ」というように、どんなことでもまず書き出すということ。手をとにかく動かす。これはどんな時にもいえることで、ゼミ中もあまりメモをとれていない私は反省させられました。メモをとることで考えを膨らみ、自分の考えていることを図式化したりして整理できることは、誰でもできることだ。そういった小さな積み重ねが大きなヒントになったりすることは大いにありそうである。

③鉄則:5W1Hフォーマット
『誰が・いつ・どこで・何を・なぜ・どうやって』これは文にするときに限らず、プレゼンをするとき、もっと言えば会話をするときにも重要になります。私たちは知らず知らずのうちに「そこまで言わなくてもわかるでしょ」と思ってしまうからなのかもしれません。自分の考えを整理するためにも、相手に伝えたいと思うことがあるときはこの原則に戻ることが大事だと感じました。

1008感想【高橋】

10月8日ついにBNGプレゼンでした。振り返ってみるとすごく実りある時間だったと思います。

①準備期間
 思えば6月頃から始まったこのプロジェクト。我が「まごのて」班は”まごっち”から始まってものすごい紆余曲折を経て”Toppogi”班「JourMe」になりました。何度も何度も練ってはやり直しを繰り返してきた分、話し合いの機会がとても多く持てたと思います。一時は本当にどうなってしまうんだろうと思ったこともありましたが、意見を出し合って梅田さんにもサポートしてもらってなんとか形にできたときは嬉しかったです。合宿で深夜まで話し合ったり、MLにガンガンアイディア投げ合ったり、深夜Skypeしたり、黄ちゃん家でMTGしたり…費やした時間が多かった分JourMeについて考えることが多くて布団の中でも本番当日のことばかり考えていました。小さなアイディアの芽を成長させることの難しさを実感しました。ある意味こどもを育てる親の気持ちなのかと思いました。人間と違って勝手に育たないとこは違いこそすれ、方針一つで無限の成長を秘めていると。

②発表本番
 前夜はなかなか寝られず、当日朝から胃が痛くてド緊張状態でした。本番になって手は震えてるは、話すスピードは速くなってしまうはで自分の未熟さを痛感しました。アイディアをたくさん広げすぎた手前、収束させることが難しく、限られた短い時間でどうやったら一番自分たちが伝えたいところを伝えられるかが難しかったです。Feedbackを頂いて伝えたい要点の取捨選択はもっとあらゆる可能性を考えるべきだったのかと思ったりもしますが、限られた準備期間と本番時間を鑑みたらベストを尽くすことができたと思います。鋭いご指摘もいただけて、ぐさっと突き刺さるものもありましたが、それだけ真剣に聞いてくださっていたのだと感じることができて良かったです。あとはプレゼンという場でありながらも、楽しい時間を過ごすことができました。
自分の班の人たちを含め、他の班の人たちのプレゼンには学ぶことが本当に多かったです。結果は残念でしたが、実りある時間が過ごせたこと、そして自分に足りないところを見つめ直すとても良い機会になりました。

③最後に
 担当が梅田さんで本当によかったです。率直で的確なアドバイスをくださいましたし、仕事がまだある中で夜からのMTGでも快く応じて下さって感謝してます。また、班のメンバーにめぐまれたことも大きかったです。細かい作業でも嫌がらずしっかりと貫いて取り組む黄ちゃん、リーダーとして色々なことを取り決めながらも場を和まして下さった藤田さん、そしてビジネスモデルなどの知識のみならずパワポのスライドや音楽といった技術面でもとても頼りになる岸本さん。班のみなさんなくしてここまでやってこれませんでした。
本当に本当にありがとうございました。

金先生が半年間いなくなってしまうのは本当に寂しいことですが、帰ってきた金先生がパワーアップしているように、私ももっとパワーアップしたいと思います。

ホンヨミ① 「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ

「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ 谷岡一郎著

①データに騙されるべからず
帯に書いてある言葉だけでもかなりインパクト大である。
「データに騙されるな。この国の調査の過半数はゴミである。」
始めは、注目集めのためにセンセーショナルに書いたのでは?と疑いを持つかもしれない。しかしながら、本書は実際に行われた調査を用いて的確に批判を展開している、実に奥の深い著書だ。
その一例を挙げてみたい。

元大統領のうち一番人気があるのはカーター氏で、在職時に高人気を維持し続けたレーガン前大統領は“並”に転落。これは米紙ロサンゼルスタイムスでの世論調査ででた結果である。
元大統領のうち誰を支持するか、という問いに対して35%がカーター氏、22%がレーガン氏、20%がニクソン氏、10%がフォード氏だったという。(本文要約)

ここでどこがおかしいか分かるだろうか?この4人の前大統領のうち、カーター氏だけが民主党で、残りの3人は共和党だったのである。仮に大衆の4割が共和党、4割が民主党、2割が無党派だとすると、共和党支持者の表は割れることになるが、民主党側にたっている人々はカーター氏しか選択肢がなかったのである。つまりカーター氏が一位になるのは自明の理だったのである。(本文要約)

なるほど。帯の言葉ははったりだろうと思っていた故に、この実例を挙げた批判は確かに一理あると思ったと同時に目から鱗だった。
このようにメディアによって読者が説得されてしまっている統計は数多い。
我々はどのようにしてこれらを識別すべきか・・・・改めて考えさせられた。

②情報のゴミとその蔓延
現代社会は、情報という名のゴミが蔓延する時代にある。
それらのゴミが作られるプロセスは多種多様であり、その理由や意図も多岐にわたる。
本書では、そのゴミをどう見分けるのか、また、自身もゴミを作ってしまうことにならないようその方法論について後半ではふれられている。

1008 感想 【黄】

①伝達力

春学期からスタートしたバンナムプロジェクト。マゴッチから始まり、様々な紆余曲折を経てジャーミーにたどり着いた。プロジェクトになりはしなかったものの、アイディア自体はリベンジしたいくらい自信と思い入れを持っている。発表を終えてまず思うのは、もっと伝えたいことがあったのに・・・という心残り。まったくゼロからのモノつくりの中に込めた思いとアイディアは本当にたくさんあった。その中で、そのどれもが重要すぎたためにうまい取捨選択ができなかったのでは、と思う。これは反省点。
それからもうひとつ。それは、チームから得るものの大きさ。時間を合わせたり、仕事の分担がうまくいかなかったり、煮詰まったりと大変なこともある。しかし、それ以上に、一緒に何かを作り上げていく楽しさ、自分一人では広がらなかったであろう世界との出会いにわくわくした。

②スイッチ

いつも思い込んでしまいがちなこと。それは、十分な時間がないといいものが作れない、という先入観。その先入観が今回のプロジェクトで打ち砕かれた。
このバンナムに取り組みながらジャーミーに本腰が入ったのは9月。私の班は特にアイディアが何度も没になりかなり遅い段階でアイディアが確定した。
それからもなかなかまとまらず、駆け足・・・というよりは助走が続いた。
一抹の不安を抱えながら突入した9月。バンナムの発表日がいよいよ具体的に決まり始めたとき、私一人のみならず班員全体のスイッチが一気に入った。それからは最後の週末まで全力疾走。
要は時間じゃないのだ。スイッチを入れるか入れないかですべては決まるのだ。

③Playful

緊張、不安、忙しさ、苛立ち・・・バンナムをやりながら様々なことを経験した。スカイプ会議をしていたら新聞配達のバイクの音が聞こえたりもした。大変じゃなかった、といえば嘘になる。でもその根本にはいつもPlayfulがあった。だからこそ最後までやり遂げられた。Playfulな場を提供してくれた金ゼミ、それから班のメンバーに感謝!!

2010年10月4日月曜日

1001ゼミ感想【岡本】

前回ゼミは途中からBNGのミーティングのため抜けてしまいすみません!!


・質問もFBのうち!

一口にFBとは言っても、アドバイスの形を取るものや質問など、いくつかの種類があった。フィードバックと言うと主にアドバイスが求められているような気がしていたが、フィードバックで出された質問には単なる質問の意味合いを超えて、ある部分について曖昧なままだった方向性を決定づけるのに大きく寄与するものもあり、その意味でアドバイスのようなことが出来ないまでも、質問することで当事者の思考の整理にはすごく役立つのかなと感じた。やはり三田論の作成にあたる当事者同士はいつの間にか見落としていることも多く、第三者目線から「これがよくわからないのだけど」と言われることによって、自分たちも割と「分かってる体」でやってきていたことに気づく。読者はどこが分からないのか分からない状態を避けるために、質問も重要なFBなのだと感じた。「分かる人にだけ分かる」論文にしないことも、論文を書くには大事な要素。


・詰め~バンナムmtg~

規定によりあまり詳しいことは書けないが、プレゼンも近くなり詰めの段階に入ってきた。内容についての言及は避けるとしても、自分達は確実に面白いと思えるものができていて、担当の中野渡さんも好感触。あとは自分たちが感じる面白さをどう伝えるか。積み上げてきたものも、最後の詰めが甘ければ意味がない。逆にラストスパートでさらなる魅力を創出できるかもしれない。


というわけで、今日もmtg行ってきます!

1001ゼミの感想【吉田】

今回のゼミで三田論について多くのFBを頂きました。それらを踏まえて、以下の方向に論文を修正して行きたいと思います。

①視点:新しいビジョンの提示
三田論の視点を「分析」から「コンサルティング」に変えて行きたいと思います。具体的には、特定の候補者や政党を主体として設定して、その主体がインターネットを利用して指示を増やす方法を考えていきたいと思います。
②章立て:前提情報は割愛
今回先生がいっていたように、議論の前提となるネット選挙そのものについての説明を出来るだけ割愛していきたいと思います。今回の論文では、「読んで面白い」という視点に徹底的にこだわって行きたいです。初音みくの選挙出馬など注目の話題も集めて行きたいと思います。
③用語:自分の言葉で
今回のプレゼンでは、「情報社会学」という誤用がありましたが、論文では難しい単語・概念を分かり易く説明し、読み易い論文にしていくことを心がけて行きます。

2010年10月3日日曜日

1001ゼミ感想【斎藤】

プレゼンに対するFBのについて今の段階では否定的な意見をどんどん言って良った方が良いという金先生の言葉が印象的でした。ただし、単に否定するのではなく足りない点を指摘するという事は案外難しい事です。相手の発表に対する論理的な分析、テーマに対する知識などある普段からの勉強がものを言う事もあります。中身のある発言をするためにそれ以外にその場で何ができるのか考えてみました。

①聞き方
相手の話の聞き方に強弱をつけることです。集中力は限られているので要点は絶対に聞き逃さないという気持ちでいればあとは楽にしていられます。そうすれば話が終わった後に結局何が要点だったのかもうきあがってくるはずです。

②メモ
これまでメモは相手の言った事を中心にとっていましたが、相手の話を聞いて自分が感じたこともメモすると良いと思いました。疑問に感じたり、反論を抱いたことを書くようにして行きたいです。知識等を吸収することから、場に自分の考えを発散することに意識を移行させたいと思います。金先生が仰っていたゼミに何か貢献できるように目標を置いてみます。その点では今回のゼミは反省点ばかりした。

③自己中心
場の空気を読みすぎてしまうと結局は自分の考えが伝えられないことあります。相手に気を使いすぎても駄目で、ゼミを卒業するときにちょっと仲が悪いくらいで良いという金先生の言葉も印象的でした。まずは自分の成長を最優先させてゼミに臨もうと思います。

1001JAL再生の嘘[矢部]

JAL再生の嘘 尾山 太郎(著)

 みなさんご存じのとおり、日本航空は会社更生法の適用を申請した。航空業界こそ、グローバルに戦って、成長していかなければならないと思う。一民間企業にも関わらず、国がお金を出して援助するのはいかがなものだろうか。昔、そのお金を出す官僚と癒着があったにも関わらずである。一民間企業としては、会社更生法を利用しながらも、自己改善していくのが一般的ではないだろうか。そんなに航空業界は特別か?パイロットは特別か?CAは特別か?(海外と比べて、日本のCAほど高飛車な感じはいないと聞く、ちなみに、「JALの崩壊」という本では、その不快にさせるようなCAの性格が浮き出てるような感じである。) アメリカの同時多発テロの時、存続危機にあったANAは、自力で持ち直してきたのが事実だ。実にアンフェアである。JALは「経営、人事、お金」の面で3つのアンフェアを犯している。アンフェアな企業は苦しみを味わうべきだ。日本では寡占といえるほどの業界が航空業界である。だからこそ、このような国からの優遇措置が下るのだと思うが、逆に、寡占状態で、危機の状態でも援助を受けられる状態にあり、なんだかんだやっていけるのであれば、それこそ企業として発展・改善・成長をしていくべきではないか。日本ではJALが世界で戦う航空業界であることには変わりがないのだから、日本の顔がだらしなくては、話にならない。世界の翼、日本の翼といわれている彼の時を呼び戻してほしい。切実に思う一方である。世界の航空業界は日々、競争している。10月1日、米3位のユナイテッド航空と4位のコンチネンタル航空が合併し、米一位のデルタ航空を抜き、ユナイテッド・コンチネンタル・ホールディングスとして、世界最大の航空会社がここに誕生した。実に興味深い出来事である。アメリカの航空産業は国との関わりや、世界市場での戦い方など、面白そうなので、機会を作り研究してみたいと思う。アメリカでも生き残るため、日々奮闘、向上、邁進しているのである。JALのように、怠惰な経営状態では、先が暗いことは明白である。とは、いいながらもなんだかんだ、海外の航空会社を利用するよりはJALのほうが安心快適と思い、ずっと利用している。だからこそ本気で頑張ってほしい。

1001ゼミの感想【高橋】

①三田論発表(ソーシャルアプリ×マーケティング)
準備時間が明らかに少なくて詰め切れていないことがまだまだあった中での発表だったので、たくさん指摘されるとは思っていました。だからこそ逆にそれを求めていたのかもしれませんが…。
指摘されて一番ハッとしたのは、アプリが広告媒体として売れるようにどうプロモーションしていくべきなのかを研究するのか、それともどういうアプリが人気になるのかの研究をするのかといった部分を混同してしまっていたという部分でした。
ソーシャルアプリをどう売るかではなく、最終目的に対する手段としてどう使えたらいいか、にするのであればそれに重心を置いて研究をしないとブレてしまうのかなと感じました。
そういったそもそもの軸をしっかりと定めて、内容を今後どんどん詰めていかなくてはならないと実感しました。

②三田論発表(他のゼミ生)
正直どのトピックも興味深い内容で、完成が楽しみだなと思いました。
クリエイター市場の育成とライセンシングの班は内容がリンクしている部分があると思いますし、コンテンツデフレの班もソーシャルアプリ×マーケティングの班にリンクしている部分があるのかなと感じました。軸となるものは違っても、知識のリンクがあることで、より範囲が広がって得られる知識も関連して広がることができるので素敵だと思いました。
また、ネット選挙の班も旬なトピックを扱っていて、個人的に政治学科ということで結構興味持っていて論文を読むのが楽しみです。これで本当に政治家から声がかかったら面白いですよね。
自分を含めどの班もまだ苦戦している状態だったと思いますが、そこからどんどん良くなっていく過程を感じることができると、やってよかったと心から思えるのだと思います。高め合える場があることは貴重なんだなと改めて実感しました。


また、18日から半年間お世話になる李先生と初めてお会いした日でした。そして、噂ではよく耳にしていました宮村さんにもお会いできた日でもありました。
色々な機会があってたくさんの尊敬すべき方々と出会えるのが金ゼミの強みの一つだとつくづく感じました。

2010年10月2日土曜日

1001ゼミ[矢部]

BNGでのmtg

前々から、先方の中野渡さんと話すときに、思っていたのですが今日そのことがとても強くなりました。それは好きなことを楽しんでいることです。好きなことが楽しいのは、至極当たり前だと思うのですが、中野渡さんの場合はそれが極限に達しているほどの度合いなのです。例えば、ゲームを考えるとき、このゲームをあの人がこの場面で、このようにやって、こんな風に思ってくれて、こんな感じで周りの人とかに広がったら、めちゃめちゃ気持ちが高ぶらない?的な感じで、もはや妄想の連続です。
結局は、僕たちは自分たちの感覚で練り上げた案をどれだけオーディエンスに共感してもらうかにあるので、そのためにもどれだけ自分たちの案に入り込んでいるかが問われ、このAR名刺を使うストーリーを自信がもてる状態までにできればいいのかなと思いました。

コンテンツデフレ

ガチガチな経済学の観点を、デフレーションという言葉をテーマに使うからこそ、とりいれた分析をする必要があるのではないかと思っています。一般的に身近なコンテンツデフレのゲーム、音楽、本、映像などのデフレーションの具体例がどうのこうのという議論は、論文上意味がないと思うので、それを下地にした仮説からの原因予測・分析、そして何が起こるか、どのようになるかまでという重要な部分をもう少し考えていこうと思いました。個人的には経済学などからの分析のようなテクニカル的なことが好きなので、その側面からこのテーマを見てみたいとも思いました。

0930ゼミの感想【竹内】

①プレゼンの反省
ダメなプレゼンをしてしまったなと思います。最近プレゼンする機会がなかったので、完全に鈍ってました。頭の中でわかってることを人に伝える気がなかったんだと思います。ゼミ生からの質問も自分の中ではチグハグなものしか引き出せなかったので、一回プレゼンの機会を無駄にしてしまいました。言葉の定義、分類、適用する範囲をもっと明確にして切れ味の良いアウトプットにしていきます。次回こそは。

②三田論での交流
話を聞いてて、僕らの班とライセンシング2.0とコンテンツデフレはかなり近い範囲を扱っていると思います。特に僕個人はライセンスの話は苦手なので、お互い合同でミーティングしたり、高め合っていきたいですね。というか教えてほしいです。

全体的に論文に対する姿勢が高いと感じました。ゼミに来るまでの間隔が他の方々よりも長いので、ゼミ生の成長は僕が一番感じやすいと思います。全体的に春夏と比べ、本当に論理的になっているなと感じます。僕も負けてられませんね。

【1001ゼミの感想】コンテンツは好きですか?【戸高】

・自分達の反省
 言葉の定義をやっぱりもっとちゃんとせなあかんなーと思いました。
 「エディターシップという言葉は古い」という先生の言葉にあった通り、その言葉の概念すら古いですし、まずエディターシップってなんやねんって感じがしました。

 そもそも僕らが曖昧な感じで使っていた言葉であり、全員で共通の見解がなされていなかったのかもと思います。
 エディションするということは、実際のマンガ編集者のような感じで作者と組して、マンガの企画立案からアイデア出し。さらにはアニメ展開、グッズ展開というマンガ以外のビジネス面のケアといったマネジメント機能のようなものなのか。
 はたまた、とあるプラットフォーム上にある作品を観て、気に入ればマイリストに入れるなどの評価を与え、そのコンテンツを盛り上げるような、ニコニコ動画での評価付け機能のようなもののみを言うのか。

 こういった面をメンバーでもっとつめていけたらいいなと思います。

・他の班へのフィードバック
昨日ゼミでも言いましたが吉田の班の「初音ミク出馬」について。



「初音ミク出馬も?」ネットが導く民主主義2.0
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0912/07/news102.html
もはや初音ミクに投票すべき!
http://ascii.jp/elem/000/000/523/523868/

 ざっとまとめてしまうと、「初音ミク」というキャラクターを政治家として祭り上げてしまって、支持者達が政策等、要望をする。そしてそれをtwitter等のSNSで皆で共有し、皆が悪いと思ったものは自然淘汰されていき、いいと思ったものはどんどん広がっていく。

 たぶんこれは吉田の言っていた日本オタク党と似ている仕組みだと思います。
 ただ政党を作るには政治家が必要なわけで、そこで「オタク党」とするならば様々なオタクがおり難しい。そこでキャラクターを立候補させることが可能であれば、確実に支持を得る事ができるので楽ですよね。
 ただ、今回の初音ミクの場合は「16歳」という設定があり、出馬はできないのですが笑

・コンテンツは好きですか
 僕はコンテンツが好きです、まぁ何がコンテンツやねんていう話になりますが「マンガ」「アニメ」「ゲーム」みたいな昔から趣味として自分が親しんでいたものが好きです。
 実際に自分がマンガをコミケで出してみて、それを作る苦労、売れた時の喜び、仲間への、お客さんへの、作品への感謝というものを感じる事ができたということが大きな契機になっているとは思うのですが、コンテンツの作り手への尊敬もあります。
 そんなことを含めて僕は日本のコンテンツが大好きですし、コンテンツの事をもっと知りたいとも思います。将来的にはなんらかの形で携わる事ができたらいいなとも思います。
 
うちのゼミはクリエイティブ産業論と言って、その中にはもちろん「コンテンツ産業」も含まれてます。
 何かを学問する際に、その対象が好きならば深く深く学問できると思います。もし自分がコンテンツが好きならばどういう所が好きなのかってところを考えてみると、金ゼミというか、学ぶ事についての位置づけがうまくできて、日々のアンテナも広がって行って、もっとコンテンツ産業が面白くなるんではないでしょうか、と思いました。

1001ベーシック貿易入門[矢部]

ベーシック貿易入門 久保 広正(著)

トレードを中心としたテクニカルな一般知識的な経済学を知るうえでは、分かりやすい本であった。内容が実務的方向に偏っていたのは少し、浅い大学生としては、難しく感じられるところもあった。しかし広く浅く経済学を知るうえでは、良いと思う。2005年に書かれたもので、1950年あたりからグローバリゼーションした現代の(日々変化しているが)貿易の実態を分かることができた。その中で最近の事象と照らし合わして、注目した点をあげる。

「地域統合について」

EUやASEANなど世界貿易では1980年代以降たくさんの地域統合が起きている。これは石油危機や固定レート廃止などで地域主義が崩壊したため、保守的なナショナリズムが各国に蔓延し、経済停滞が起きるので行われていることだ。そこで果たしてこのままで世界の貿易は円滑に活発化するのかということだ。地域統合は、EUを例にとると、関税廃止・区間移動自由などたくさんのメリットがあるように思われるが、経済原則という神の見えざる手的なものが働いていない事実が浮き彫りにでてくるのである。ナショナリズムにまかせて非自由貿易をすれば、ある国が莫大に儲かり、ある国は淘汰されていってしまうこともある。しかし、地域統合をしてもそれは、統合して+な影響をもたらすのは10年20年が限界ではないのか。最近のギリシャ危機はまさに、ずさんででたらめなギリシャという国がユーロ圏全体に影響を与える形となっている。(この場合は前政権の隠蔽が発端だが、どちらにしろ国自体がゆるいのだろう)ユーロ経済圏の秩序維持ということでユーロは様々な施策をしてる。とても大変だ。しかし、もし地域主義だった場合は、それはそれでギリシャが没落に進んだとも考えられるのでユーロという地域統合があってよかったといえるのも確かである。地域統合は国同士の事柄である。世界の国同士が良好な関係でやっていかなければならない。しかし、「地域統合のような良好関係は10年20年が限界」ということを裏付けるかのように、日本と中国の「戦略的互恵関係」という言葉を最近、とても多く耳にする機会があり、不安になる一方だ。

新体制に向けて【金光】

1.ひとつを深めることで本質に近付く

これは、①先日のアジア女性会議②先週のゼミ③今週のゼミ と3回の場で聞いたり思ったことなので、他にもあてはめがきく概念なのかなと思っています。

アジア女性会議では、コシノジュンコさんが日本らしさとか自分らしさを深めることでそれは国際的な舞台でも通用する価値を持つとおっしゃっていました。
今週のゼミでは竹内班の発表の時に、本やDVDなど具体的な何かひとつを深めることで、本質に近付くというアドバイスを金先生からいただいていました。
なので、今度はそれを自分にあてはめて、自分らしさ→つまり自分だけができること、自分の専門性を極めることで社会で通用する人材になれるようにしたいと感じています。


2.議論を深めてくれることの贅沢さ

昨日はコンテンツは三田論だけだったのでいつもと比較して余裕がありました。
先生が、「意見をもらうだけで自分から発言しないのは、ゼミに貢献してないのでずるい」というようなことをおっしゃっていました。自分たちのプレゼンによる問題提起によってゼミ生の頭を動かして議論を起こすって贅沢だし幸せなことだと改めて感じました。


3.反省

2に関連して、だからこそ今回の自分の三田論のプレゼンに反省しました。議論の問題提起をできるということは言い換えると、自分たちがその議論の行方を握っているとも言えます。みんなの頭を刺激し、フル回転させて活発な意見が飛び交うような議論を提供するプレゼンをできなかったことは自分の反省すべき点だと思いました。

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題名について。
昨日の夕食の場で、先生が「5期生の顔つきや意見の質が変わってきたと今日感じた」とおっしゃっていました。
また、昨日は伝説のゼミ生宮村さんがいらっしゃって、前のようにノートを開いてゼミに参加されているのを見て、去年の自分がそういう先輩を見てすごくゼミ中にしゃきっとしていたことを思い出しました。
3期から4期の流れも。
4期生から5期生に向けてという流れも。
15日からしばらく金先生が不在という流れも。
いろいろな意味で新体制への移行中なんだなあと感じました。

1001ゼミの感想【矢野】

今日は三田論テーマの発表でした。


質疑応答の時間が多めに取ってあり、発言を多くできたことは自分自身良かったなと思うのですが、考えを思いついてもそれを言葉にするのが下手だなと毎度思いました。もっと要領よく的を射た言葉で質問できるようになりたいと思いました。
私の質問が、重箱の隅をつつくようなものだったり、言葉の意味解説を求めるものが多い一方で、先輩たち(特に3期生の方々)の意見は「やっぱり(私たちのと)違うなー」と思うところが多くありました。例えば、知識の引き出しから色んなものを出してくることができたり、全体を捉えた上で「こうした方が面白い」という形で提言したり。良いフィードバックが良い作品(論文)を生むと思うので、下の学年が入ってきて自分たちが上級生になる前に、良いフィードバックを出せるように、他の人の意見から色々と学びたいと思います。


私たちの班の「コンテンツデフレ」についてですが、FBの中にあった「人間の感情・習性等と日本のコンテンツどう結び付けられるか」というところや、「ネットを使って逆にコンテンツの価値を高められないか」というところに非常に面白みを感じました。コンテンツデフレを最終的にpositiveに捉えるのはやはり難しいし、竹内さんの班がテーマとしていたように代替案を考えるのに論文1冊が書けてしまいそうです。ならば逆説的に、論文の頭からpositiveに捉えたら(「ネットを使って逆にコンテンツの価値を高められないか」のように)楽しいのかなと少し考えました。
まだコンテンツデフレについての知識が少ないので、これから勉強していきたいと思います。

【1001①ホンヨミ!】外交官が見た「中国人の対日観」 道上尚史著 【斎藤】

 ここ数日の間、日中関係問題は非常に話題になっていたので関心を持って読み進めることができました。機会があれば是非読んでください。

①中国の実態とは
 日本ではたびたび中国で起こる環境、食品、偽造に関する問題などマイナスイメージを持つ報道に触れます。僕自身その度に、中国に対する偏見を抱いてきました。しかし、私達日本人がいくら中国のことについて知っても、本当の意味で完全に彼らを知り尽くすことはできないと思います。彼らが見せる姿はあくまでも断片的なものであり、それらを見て中国人はこういう人間だと判断するのは拙速です。あくまでも日本人にとっての中国人像が浮かび上がってくるだけなのだと思います。歴史、文化、風土をはじめ異なる様々な環境のもとで生まれ育ったのですから、考え方に差異がある事は当然の事として、中国人はこうだと決めつけずに接することが日本と中国それぞれの人々にとってプラスになるのだと思います。この事は今夏インドに行った際にも強く感じました。日本以外の国を初めて訪れるときには誰もが、あらゆる場面で価値観、生活環境、文化などの違いに直面して戸惑うと思います。その時、そういった違いに対して嫌悪感を抱きがちです。違いを受け入れるよりは拒否する方が容易だからです。それも仕方ない事ですが簡単に相手の国に対する答えを出さずに、よくわからないけれどもとりあえず答えを出すのを保留しようと立ち止まってみることができたら良いのではないでしょうか。

②尖閣諸島問題
 現在、日中関係は緊張状態にあるとされています。こういった、問題に対してどのようにして対応すべきかはテレビなどでも議論されています。先ほど答えを出すのを保留すると言いましたが、こういった事は必ずしも政治問題では当てはまらないと思います。後手後手に回ることで、自国の利益を著しく損なう可能性があるからです。しかし、政治家に求められる判断力や決断力というものはあくまでも外交上のものであり、彼らも国を代表する者の役割としてそれを果たしているにすぎません。このように書くと当事者意識が欠如しているとの指摘を受けるかもしれませんが、僕が思うのはテレビ等の論調に導かれるようにして中国に対する答えを簡単に出してしまう事は政治家でない一人間としては拙速だということです。

③メディアのバランス感覚
 中国で反日活動が行われていると日本のメディアを通じて報道されることがよくあります。そういった報道に触れるたびに、嫌悪感を抱くと同時に悲しくもなります。しかし、その反日活動は中国に実際に住んでいる人々でさえ気づかない程度の規模であることが多々あるそうです。多くの中国人はそういった活動を冷静に見ており、その事実は報道されずに反日活動が起こったことだけが大きくピックアップされるようです。それは考えてみれば当たり前ですが、日本人の私たちとしては全ての中国人が反日であるような錯覚を起こしてしまいます。もちろん中国では民間の日中交流もさかんに行われいますが、そういった地道な活動よりも反日活動の方がインパクトが強いためマイナス面に目がいきがちです。

 本書のなかで印象的だった分析を紹介します。10あった事をそれぞれの規模に応じて報道のスペースを割く事は必ずしも適切ではなく、全体から見ればたった1しか割合を占めない事象であってもそれは普段は表面にでてこない社会の根底にあるものが噴出したものであるなら注目に値するというものでした。バランスのある報道は非常に難しいものではありますが、日本でなされている中国での反日活動の報道の例のようにある事象を大きく取り上げることは必ずしも否定できないとするこの分析はとても納得できました。要は私たち自身が冷静にそういった報道を受け取めることが重要なのだと思います。

【1001】ゼミ感想【栫井】

今日はBNGの担当者の方とのmtgが入ってしまい、チーム一同先に抜けさせていただきました。
よって、自班を含めた2班のみの感想となります。

① 主体性
プレゼンターとして前に立っていたとき、リスナーとして座っていたとき、共通して感じたのは、場に主体性が足りないことでした。なんとなく冷え込んでいる感じがしたというか。
金ゼミは、いろんな切り口の発言を様々な背景を持った各人が出していくことでコラボレーションが生まれる場。そうあるべきではないかと考えています。
今日金先生が仰っていた中に、「自分がコンサルティング提案を受ける側だと思って聞く。吸収するだけでは無く、返す」といったことがあったと思います。更に「自分が共に提案する立場だと思って聞いてみる」ともっと良いような気がします。
折角発言が受容される場。活かすも殺すも自分次第。がっついていった方が得ですよ。絶対。

② 拡張
とはいえ、発言内容が考えつかなくては発言出来ないですよね。
金ゼミや他の組織で、場に有益な発言を出している人を見ていて、なんとなく感じた方法論です。

・関連した自分の知識・体験を考えてみる
 - 本を読んだりニュースにキャッチアップする価値がこういうときにこそ発揮されるのだろうなあ、と特に岸本さんを見ていて感じます。
  普段体感していること・使っていて思うことを関連づけて、より実際的な視点を出すのが戸高さんは上手いなあ、と思ったり。

・「?」と思ったことを追求してみる
 - 私たちのプレゼンだったら「エディターシップ」や「コンテンツ」とか、特にカタカナが入るとわかりにくくなったり、前提としていることをプレゼンで割愛していたり。プレゼンを100%理解し切ることはなかなか難しいことなのではないでしょうか。
  そしたら、引っかかったところを自分の中で考えて、ノートを使って図にしてみたりして、何が引っかかるのかを質問してみることが出来ますよね。「この定義は?」「この意味は?」

・自分がプレゼンを作るときに重視したことを考えてみる
 - 本当なら、プレゼンに沿ったフレームワークを当て嵌めてみて、「こういうところも考えた方が良いんじゃないか」って発言すべきなのかもしれないんですが、そこまで実力がないので。
  自分が班で議論をしてるときに「この新規性って?」「問題意識はどこに向いてるんだろう?」といったことを熟考したと思います。単純にそれを他の人のプレゼンでも当て嵌めてみると隙間が見えてくるのではないでしょうか。

・他の人の発言に乗っかる。
 - そしたら”議論”になるんですよね。きっと。

わたし自身、あまり頭の回転速度は速くない方で、言葉の操り方も上手くはないのですが、”場にワードを提供し、誰かがそれを発展出来る礎を作ること”を目標にしています。だからブレストっぽくなってしまうので、直さなきゃいけないところなのですが。笑

自分の言ってることが有益かどうかはわからない。
でも、言ってみなきゃわからないし、場が冷えて沈黙していることよりはずっと良いはず!

今日のBNGmtgでも感じましたが、まずは思考→発言→思考のサイクルを作ること。
しかも、それを一人だけではなく、場の全員が意識して作ること。
活発なゼミの場を形成するためには必要だと思っています。

③ 理解力と準備
今回プレゼンを行うまでの過程、夏休みから始めていた三田論のmtgで常に感じてきたことなのですが、わたしは圧倒的に理解力と頭の回転が追いついていないな、と。
きちんと飲み込むのに時間も説明も要してしまうので、いつも申し訳ないばかりです。。
人より遅いこの頭を克服するために、何が出来るのか。
努力しかないと思います。その努力とは、事前に準備する努力です。
人より遅くしか作動出来ないなら、人より速く動くしかありません。
それが出来てないから、迷惑をかけてしまう。。
早!急!に、改めるべきだめだめな姿勢です。

+ それから。。
それと、前から気になっていたことではあるのですが、人が発表している時(それがゼミ生であれゲストであれ)ぐらいは、パソコンを閉じるのはマナーじゃないでしょうか。
気になることがあって調べているならば、その後発言が入ると思うし、ある程度わかります。でも、スライドを作っていたりましてメールを打つのは、参加に対しての意識が低すぎるのではないかと思ってしまいます。
杞憂なら良いのですが。

【1001ホンヨミ!】コンテンツの思想【栫井】

まず、ライトノベルと純文学を分けるものは、現実の描かれ方だ。純文学には私小説と呼ばれる ものが多く、「私」の世界すなわち現実を書いている。一方ライトノベルでは、現実は半分しか描かれていない。宇宙人・未来人・超能力者が出てきたり地球の 運命がひとりの少女の情緒に委ねられてたりとか、虚構が虚構として書かれている。大塚英志の云うところの「まんが・アニメ的リアリズム」が読者の中で共有 され、登場する人物や事象についてもその点において共通見解が取られている。

伊藤剛は「テヅカ・イズ・デッド」の中で、「キャラクター」と「キャラ」を分けた。東浩紀が云うところの「物語」/「データベース」の分け方に該当し、キャラクターはあくまで物語の進行上で登場する人物、キャラは物語の進行上不要の設定を無数に持ち、それ
自体の世界(つまりデータベース)を形成する。
ライトノベルの登場人物は、ここでいうキャラに該当すると思う。
キャラにはある種の同一性があり、物語の中で何が起ころうが、本質的には変化しない。たとえ死のうが、二次創作ではさくっと生き返るように。

言い換えると、キャラにはある同一性を持った核があり、二次創作はその核をベースとしたパラレルワールドを各自が展開し、パラレルワールドで起こりうる可能世界要素が蓄積され、物語の中だけのキャラクターを越えた「キャラ」のデータベースが形成されるのだ。
ライトノベル的消費、つまりはキャラ消費とは、様々な人達が作り上げたパラレルワールドを知り尽くし、そのキャラに関する情報を捉え尽くしたい、より自分の頭の中のキャラデータベースを補完してやりたい、という欲望によるものなのだ。
これって、少しイデア論にも似ているような気がします。

では、この核はどこに起因しているのか。わたしは物語だと考える。「物語の中で何が起ころうが、核は変化しない」という前述と矛盾しているようだが。
東浩紀は、上記のようなデータベース消費の時代には、キャラは物語から独立し、物語は必要が無くなると云う。それに対し宇野常寛は、二次創作はむしろ一次創作の物語を承認し、強化するもので、物語からは逃れられるものではないと云う。
「大きな物語」つまり一冊の本の中に、無数の「小さな物語」の要素が詰まっている。この中で、読者の支持のより厚いものがキャラの核を形成する基となるの ではないだろうかと思う。逆に読者にとって瑣末に扱われる要素の場合、前述したように、たとえば「あるキャラクターが死ぬ」展開であっても、キャラは死な ないのだ。
「読者の支持のより厚い要素」は、ネットの登場により共有がぐっと容易になったものの、この形成のされ方はもう少し考えてから言いたい。

この核となるものを読み解き、公に展開したものがメディアミックスなのではないかと思う。そうすると、このキャラ消費の公式を読み解くことが出来ると、メディアミックス展開の一助になるのではないだろうか。

【1001ゼミ】人と違うが価値を生み出す【田島】

BNGとの打ち合わせのため途中で早退してすみませんでした。ゼミの内容と、打ち合わせの内容を合わせて感想を書きます。

・誰もが知っている正しい答えよりも、誰も見つけていない新しい視点が社会的に価値を持つ。

 改めて振り返ってみて、私の班の論文は風潮としてあった事象を分析するだけに留まっていて新規性に乏しいことを実感しました。自分の中では現象を定義づけるだけで社会の役に立つような気になってしまっていましたが、誰もが知っていることは誰でも出来ることです。例えその業界で一人であろうとも、意欲的に誰も見つけていない山を登る、その差異が価値を生み出すことを改めて思い出し、考えが変わりました。今回はBNG企画と並行しており、三田祭論文の執筆時間が少ないことで、自分のなかで易しい方向性を目指しすぎてしまったのかもしれません。金ゼミの信念を思い出し、より独自性のあるテーマ設定に取り組みたいと感じました。似た問題意識を共有しながら、「自分たちでまだ社会が芽が出きっていない利益還元の仕組みを構築する」創造的なドラフトを提案していた竹内班に刺激を受けたので、負けずにいきたいです。打ち合わせでも、担当者の方から「本当にいいプレゼンは、見ている側に『今日いいもん見たな~!!』と思わせること」とアドバイスを受けました。優等生にならず、唯一無二の個性を発揮していくことを目指し、小さくても社会に波を起こしていきたいです。


・「ワクワク」でドライヴ感を生み出す

長い期間企画を進行してきて、アイディアが煮詰まってきてしまったり、打ち合わせをしていてもスピード感が落ちてしまうことがあります。けれどそんな時担当者の中野渡さんと打ち合わせをすると、短時間で驚くほど新しい視点をもらって、話し合いに一気にドライヴ感が生まれてきます。そして、ドライヴ感が生まれているときは、新しいアイディアを思いつきやすく言いやすい雰囲気になることに気が付きました。グループワークにいかにドライヴ感を生み出すか?中野渡さんからたくさん盗みたいと感じました。一つ思ったことは、中野渡さんが心からアイディアを生み出すことを楽しんでいる、ワクワクしていることです。そして、ちょっと笑っちゃうようなアイディアも多い。けれどアイディア出しの過程を素直に楽しむことで、時間が苦ではなくなるし、色んなアイディアに対し寛容であることで、たくさん発言が生まれることに気づきました。普段からドライヴ感を生み出せるように訓練していきたいと思います。

・頑張ることは苦労することだけでなく、楽しいことを一生懸命やること。

打ち合わせで心に残ったひとこと。頑張ることは難しいことではなく、自分が時間を忘れて本気になれるものなら簡単に出来るものです。自分の苦手なことに意識的に取り組んで成長すること、楽しいことに没頭して自分だけの場所に到達すること、そのどちらも大切にしていきたいと思います。

ゼミ感想1001【黄】

二回目のゼミお疲れさまでした。
今日は新たに李先生も参加してくださり、金先生が本当に行ってしまわれるんだなぁ・・と実感しました。

①思考力
今日行った三田論発表。
批判するは賛同するより難し。コメントするはただ発表を聞き流していては言い難し。
賛同してしまう方が100倍楽であり、頭をフル回転させて、たとえきついコメントでも当事者にとってはそれ以上に為になる事はないんだな、と改めて実感。なあなあの雰囲気は確かに居心地はいいけれども、そこに潜んでいる可能性を引き出すことは難しいと思う。そういった意味で金ゼミでのフィードバックは胃が痛くなる事もあるが自分を鍛える場として活用すべし!!
自身の班の三田論テーマもフィードバックを参考により深くほりすすめていきたい。

②宮村さん
今日は初めて宮村さんが金ゼミに途中参加。いつも先輩達からお話を伺っていた為どんな人かな、と気になっていたがとても優しい先輩だった。
個人的に映像編集には興味があるので今後そういった話も伺えたらな、と思ってみたり。
今回は、宮村さんとはあまりたくさんのお話はできなかったが、これから予定されているワークショップも楽しみである。

2010年10月1日金曜日

【ホンヨミ】おみくじの原価は1円!【山本】

①原価の低さを消費者に気付かせないビジネス
 食べ放題や飲み放題などは、原価が低いにも関わらず消費者に“お得感”を齎す商品です。ファミレスのドリンクバーなども代表的な例で、ソフトドリンクは全てが半分は水で出来ており、原価率が10%そこそこであるにもかかわらず、消費者は得したような気分になります。また、仕入れれば仕入れる程仕入れ値が下がるので、消費者がおかわりをするほど企業ももうかる、win-winのビジネスです。

②市場が成熟化してくると細分化される
 どの業界においても、市場が成熟すれば専門性が増し、細分化されていきます。“得意分野”を持たないと自然淘汰されてしまいます。おみくじ業界にも同様のことが言えます。おみくじは1000年以上も続いている老舗ビジネスなので、市場は成熟しています。全国の神社にはほぼ必ずありますし、遊園地やデパートの屋上などでも販売されてます。そこで登場したのが、恋愛に特化した縁結びのおみくじです。また、最近では神社自体も、縁結びや安産など専門性を増してきています。
 “差別化戦略”という言葉はそこここで良く耳にしますが、おみくじ業界にもその必要性
があることに驚きました。
 去年の三田論のときに、多くのサービスはニッチからマスに広がることが多いという議論をしましたが、マスに広がりすぎた商品はまたニッチな商品に特化するのかもしれません。

③集客商品と収益商品
 単価率が低いと収益は向上しますが、ビジネスの継続性は保証されません。単価率の低い収益商品を確保した上で、顧客を呼び込む集客商品も用意しなくてはいけないそうです。例えば、ハンバーガーショップでは原価率の高い一方看板商品であるハンバーガーが集客商品であり、原価率の低いドリンクやポテトが収益商品だそうです。王将などは、このような集客商品と収益商品の分散が功を奏し、ビジネスを拡大した典型例です。

ホンヨミ!② アイデアのちから 【黄】

アイデアの力
チップ・ハース、ダン・ハース著

情報が大量にあふれ、氾濫している現代社会の中で記憶に残るアイディアとは?

①優れたアイディアとは?
引用
優れたアイディアとは発想力があるアイディアマンが天才的な思いつきから生み出すものではなく、一定のフレームワークに従って元のアイディアを練り込んでいけば高い確率で優秀なアイディアが生まれる。

優れたアイディアには法則があるというだけでも驚きだが、そこからさらに踏み込んでその法則を本書では深く言及している。そもそも優れたアイディアの定義とは何なのだろうか?それを「印象に強く残るもの」とするならば、確かに一定の法則に従う事で作り出せるのかもしれない。しかし印象に強く残らなくても素晴らしいアイディアなんていくつでもあるのでは?

②SUCCESs
Simple:単純明快である
Unexpected:意外性がある
Concrete:具体的である
Credentialed:信頼できる
Emotional:感情に訴える
Story:物語性がある
以上の6つを満たす事でメッセージを印象的に人々の心に焼き付かせる事が可能。
たくさんの情報、キャッチフレーズが溢れている21世紀の中、いかにそれらを人々の頭に焼き付かせるかが大切なのかが本書では多数の事例とともに展開されている。
たしかにこれらを満たせれば素晴らしいと思う。でもこの6つを満たす事自体が至難の業なのでは・・?と少し思ったりもする。

ホンヨミ!① スターバックス成功物語【黄】

「スターバックス成功物語」
ハワード・シュルツ、ドリー・ジョーンズ・ヤング著

普段町中をフラフラしていると必ずどこかで目にするスターバックス。
日本だけではない。ヨーロッパでもアジアでも至る所で見かける。
このように圧倒的な巨大チェーンにまで成長したスターバックスが、かつてはシアトルにひっそりたたずむ小さなコーヒーショップだった事をご存知だろうか?

①感動と行動力
スターバックス社に入社したシュルツは、コーヒーの本場であるイタリアで劇的な出会いをする。それは彼が理想としていたコーヒー文化との出会いだった。
そこでは、コーヒーがただの飲料としての役割を超えて、人々が交流し、休息を得る空間がコーヒーによって創造されていた。
引用
イタリア人は、コーヒーとの個人的な関わりと社会的繋がりを理解しているのだ。スターバックスがコーヒー業にとって最も重要な点を見逃しているとは、まさに信じがたい事実だった。

シュルツは、この事実に気づいたとき、その気づきの重要性に震えが止まらなかったという。
我々はいつ感動し、いつ胸が震えるだろうか?そして自分がそうだと信じた事を突き通す情熱があるのだろうか?
改めて自分に問いかけてみた。
②絶え間ない成長
本書の中ではスターバックスの成長とともにシュルツ自身の目覚ましい成長が目に見えて伺える。苦労せずに得られるものなんてない。シュルツはコーヒーに惚れ込み入社したものの、方向性の不一致から一度会社を退社し、自分の会社をスタートさせる。後に買収という形でスターバックスを自分のものにするが、それはスターバックスを自分のモノにしたかったからではない。スターバックスを愛し、コーヒ文化という素晴らしい財産を人々に提供したかったからなのである。




【ホンヨミ!1001①】プレイフル・シンキング【長澤】

『プレイフル・シンキング 仕事を楽しくする思考法』上田信行(宣伝会議)


今回は「私に足りない」もしくは「今後取り入れたい」と思った考え方を3つ挙げたいと思います。

①「Can I do it ?」より「How can I do it ?」
何か自分に課題が出された時に、どうしても「自分に出来るだろうか?」ということを先に考えてしまい、挑戦することを避けてしまっていました。しかし、「自分に出来るだろうか?」ということより「どうやったら出来るだろうか?」という少しでも出来る可能性を残した考え方はとても前向きで素敵だと思いました。

②自分なりの課題設定・目標設定をする
出された課題が自分の興味の無いことであると、そもそもやる気が起きなかったり、強制的にやらされているというような気持ちになってしまったりします。しかし、そこでただ課題をそのままこなすのではなく、自分の問題として課題を捉えなおしたり、自分の納得のいく目標を設定したりすることによって、楽しんでその課題に取り組むことが出来ると思います。

③自分の枠組みを広げてみる
誰かと協力して何かをこなす時、その相手が必ずしも自分と同じ価値観だとは限りません。しかし、その時に相手の価値観を拒絶したり、協力することを諦めたりするのではなく、自分の枠組みを広げて相手の価値観を自分の中に取り入れてみるということが大切で、それが今の自分には少し足りていないと感じました。

【ホンヨミ!1001①】ネット選挙革命【吉田】

『ネット選挙革命』三浦博史著
本書は選挙プランナーとして活動する著者が自らの経験に基づいて、ネット選挙について分析した本です。本書は三田論でネット選挙について研究する際の参考文献にしていくつもりですので、参考文献の視点から本書を見ていきたいと思います。

①三田論の内容と似ている点
▶ネット解禁「後」について焦点を当てている
▶解禁が社会に与える影響に注目している
②三田論の内容と異なっている点
▶本書が日本での事例を参考に解禁後を予測しているのに対して、私達は本格的なネット選挙時代に入っている米国の事例を元に分析していく
▶本書がイメージ戦略を重視しているのに対して、私達は有権者が合理的選択を行う仮定して分析を行っていく
③三田論に使える点
▶日本における選挙のデータや豆知識
▶シミュレーションの手法を用いてポイントをわかりやすく伝えている