こんにちは!
2011年度金ゼミ代表を務めさせて頂きます、法学部政治学科新3年の高橋沙織と申します。
これから週一ペースを目標にゼミ生(5期生)が交代制で新入所生に向けて伝えたいメッセージを更新していきます。
1年間過ごした身として、金ゼミが一体どういったところなのか、を綴っていきたいと思います。
まず、金ゼミはゼミで何をやりたいのか、自分たちで作り上げていくことができる、とても自由度の高いゼミです。
ゼミによっては予め先生が指定したトピックについて全体でやっていく、というゼミもありますが金ゼミはゼミ生主体でのびのびと取り組むことができます。
だからといって楽なゼミ、というわけではありません。当たり前のことですが、真剣に取り組む姿勢が求められます。
ゼミという場を活かすも無駄にするも自分次第です。
ただし、無駄にしたら一生後悔します。それくらい自分一人ではできないことができる場になっています。
金ゼミが何をしてきたかについてはこのブログの過去の投稿やゼミHPをご覧になって頂ければわかると思うのでここでは割愛しますが、とにかく金ゼミは『機会の宝庫』です。
知識を得たいだけなのであれば、ネットの記事を読んだり本を読んだりすれば理解できるはずで、わざわざタスクを伴うゼミに入る必要はありません。一人でもできます。
しかし、社会で活躍されている方々にお会いして意見をぶつけあって多角的に物事をみる視点を養ったり、自分の考えを他人に上手く伝える力を養ったりすることは自分一人ではできないことだと思います。また、昨年度はとある企業の新規事業案を考え役員の方々の前で発表する大変貴重な機会もありました。
そういった意味で、私は金ゼミを『機会の宝庫』と表します。だからこそ無駄にしたらゼミ生であること自体意味のないことになってしまうし、活かせたらすごく成長できる場だと感じています。
今まで自分が興味ないと思っていたことも、知ってみると案外面白いものです。知らず嫌いだったんだな、と実感することもきっとあると思います。
金ゼミには個性的な面々が集まっていて、退屈することはありません。
本当に自分に合ったゼミはどこか。慎重に選んで吟味してください。
その上で金ゼミを選んで頂けたら嬉しい限りです。
自分を成長させることに貪欲な人、刺激を求める人。「責任ある自由」を伴う場で一緒に切磋琢磨しませんか?
私からは以上です。
次は 斎藤拓也 こと さいちゃん!よろしくお願いします^^
2011年1月16日日曜日
2010年度最後のゼミ感想【高橋】
①音田さんNC『デジタル化したくないもの』
身近にデジタルなものがあふれている今、デジタル化したくないものって何だろう。ほとんどのものがデジタル化されつつある中で、して欲しくないものって一体何なのか。自分の中で特に印象に残ったのが大賀さんと矢野さんのトピックでした。
人間とは忘れゆく生き物だからこそ、記憶に固執して記憶を残そうとする。そこから派生したお墓参りの議論がとても印象的でした。私自身は小学校低学年の時に1回だけお墓参りに行ったきりまだ行っていません。また、身近な人の死を経験していないのでお葬式にも参列したことがありません。なので、正直なところなぜ人は定期的に祖先のお墓参りに行くのかわかりません。ただ、もし行くとするならばネット上のお墓参りをするよりは自分は直接行きたいと思います。遺骨があるという厳かな、重みのある場に足を運ぶのと、いつもと変わらず机に座ってマウスのクリック一つで済ませるのとではそこに込めた「想い」まで変えてしまう気がするからです。ではその「想い」は何か。音田さんが「生きている人にとって都合の良い言い訳となる」と仰られたように、生きている人が勝手に抱いた幻想なりを都合の良いように変換させて死者へのお悔やみとしているところも否定はできないと思います。しかし、そこで生きている人が何らかの形で救われるのも確かで、また、それをすることで深まる家族の絆は素敵だと思いました。
そして矢野さんのお正月に纏わるプレゼン。年賀状はなぜデジタルじゃない方がいいと思うのか。そもそも年賀状はなぜ出すのか。私はもっぱらメールで済ませてしまうことが多いのですが、それは字が汚いというコンプレックスからメールに頼るようになったのがきっかけだったな、とふと思いました。年賀状をわざわざ買って、住所を聞いて回って全部書くのはめんどうだと思っていた部分もあります。それは数行で書かれた定型文のような年賀状をもらってもあまり心がこもっていない気がして、返さなきゃならないめんどくささの方が自分の感情を占めているからだと思います。(勝手に心がこもってないとか決めつけてるひねくれ者ですが…;)しかし、友達の地元が知れて嬉しいという見方もたしかにありだな、と思いました。日本の伝統として年賀状はあってもいいと思うが、その形態は多様であって良いと思う。むしろこれからどんどん新しいタイプの方法でできたら面白いかもしれません。
以上のように、デジタル化を基に、人間の感情に触れて「そもそも」を突き詰めるのが楽しかったです。根本を問い直すことの重要性を改めて学びました。
②三田論報告会
1. コメントが編集としての役割を果たすものとしての重要性はよくわかりました。その見せ方もスライドをカラフルに、図を多用してオーディエンスを楽しませるような発表でした。論文を読み、発表を聞いて思ったことは、確かにSNSという場だからこそユーザー同士のインタラクションでブラッシュアップしていく点はとても納得しますが、編集の過程に携わったユーザーたちの権利処理が複雑だと感じました。コメントが創作物に値するのであれば、その線引きはどうするのか。誹謗中傷を与えるだけの人、励ますだけの人、創作物に創作物でレスポンスする人など、さまざまなユーザーがいると思います。たくさんの人がコメントをしたとして、それが商業利用となって出版にこぎつけたとき、「みんな」で作り上げたものはどう権利処理されるのか。欲望の塊みたいな人だらけとは思いませんが、もしそういったプラットフォームがさらに多くの人々に利用されるようになったら、それまであった共通認識も多様化するかもしれません。ただ、そうした細かい権利の話よりも、機能性としては出版社のような役割をユーザー同士でし合うことができて面白いと思いました。
2.ネット選挙で国会議員が活動をするのは有名候補者が優勢な中でも工夫一つで話題性を生めば無名候補者でも一気にその知名度を上げることができる利点を考えれば挑戦する価値は多いにあると思いました。聞きたいことは報告会で聞かせて頂けたので、細かいとこを突くと、Skypeキャンペーンは、抽選でやることでたしかにユーザーがRTをたくさんして盛り上がるかもしれない。しかし、この論文の設定が幸泉新三郎という「イケメン」議員であることを加味すると、政治云々よりもただ「イケメン」議員と話したいというミーハーな人物が仮に当選したとして、果たして有意義な議論を交わすことができるどうか。交流会ではなくて意見交換会として位置付けるならば、事前の打ち合わせさえ「やらせ」にみえるし、わざわざUStreamでみるのに雑談・茶番はみたくないと思いました。故小渕首相がされた「ブッチホン」であれば、著名人に小渕自らが電話をかけていたという点で信用性が高いように感じる一方で、政治にあまり詳しくない層にはわかりにくい高度な内容になっていたかもしれない。このSkypeキャンペーンをどう位置付けるか明確に打ち出さないと、幅広い層を対象にしているだけにUSteramをすることの意義が薄れてしまうように感じました。ただ、今後選挙法が改正されて本格的にネット選挙活動が始動したらどうなるのか楽しみに感じました。
両班とも三田論報告お疲れ様でした。そして、お忙しい中早い時間から参加して下さった音田さんに再度御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
③金ゼミの1年間を振り返って
タスクが多くて寝れないときもあり、ゼミの日を迎える度にメンタルやられることが多かったです。しかし、じゃあもし金ゼミ入っていなかったらどんな学生生活を送っていたか考えたとき、恐らくバイトとサークルだけで暇をしていたかもしれません。あくまで仮定の話ではあるものの、のんびり気ままに過ごし、「暇」「楽」「怠」の字ばかりが並ぶような生活になっていたと思います。この1年があったからこそ知識の面でも精神の面でも成長でき、専門書を読むことの大切さ、そして論理的に考えてそれを伝え、実際に行動する大切さを学ぶことができたのだと思います。天秤にかけなくともどちらが自分の成長に繋げられているかは一目瞭然です。共に助け合って話し合える同期の存在は大きいですし、頼れる心強い存在の尊敬すべき先輩方が集まってる場に身を置くことができて幸運だと思ってます。
『金ゼミにいてよかった』。心の底からそう思えます。そしてこの気持ちをみんなが共有できるように、互いに切磋琢磨し合える場を作るよう心がけたいと改めて思いました。
来年度に向けて5期で話し合ってどういった方向性にしていくか考えるのが楽しみです。
1年間本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
身近にデジタルなものがあふれている今、デジタル化したくないものって何だろう。ほとんどのものがデジタル化されつつある中で、して欲しくないものって一体何なのか。自分の中で特に印象に残ったのが大賀さんと矢野さんのトピックでした。
人間とは忘れゆく生き物だからこそ、記憶に固執して記憶を残そうとする。そこから派生したお墓参りの議論がとても印象的でした。私自身は小学校低学年の時に1回だけお墓参りに行ったきりまだ行っていません。また、身近な人の死を経験していないのでお葬式にも参列したことがありません。なので、正直なところなぜ人は定期的に祖先のお墓参りに行くのかわかりません。ただ、もし行くとするならばネット上のお墓参りをするよりは自分は直接行きたいと思います。遺骨があるという厳かな、重みのある場に足を運ぶのと、いつもと変わらず机に座ってマウスのクリック一つで済ませるのとではそこに込めた「想い」まで変えてしまう気がするからです。ではその「想い」は何か。音田さんが「生きている人にとって都合の良い言い訳となる」と仰られたように、生きている人が勝手に抱いた幻想なりを都合の良いように変換させて死者へのお悔やみとしているところも否定はできないと思います。しかし、そこで生きている人が何らかの形で救われるのも確かで、また、それをすることで深まる家族の絆は素敵だと思いました。
そして矢野さんのお正月に纏わるプレゼン。年賀状はなぜデジタルじゃない方がいいと思うのか。そもそも年賀状はなぜ出すのか。私はもっぱらメールで済ませてしまうことが多いのですが、それは字が汚いというコンプレックスからメールに頼るようになったのがきっかけだったな、とふと思いました。年賀状をわざわざ買って、住所を聞いて回って全部書くのはめんどうだと思っていた部分もあります。それは数行で書かれた定型文のような年賀状をもらってもあまり心がこもっていない気がして、返さなきゃならないめんどくささの方が自分の感情を占めているからだと思います。(勝手に心がこもってないとか決めつけてるひねくれ者ですが…;)しかし、友達の地元が知れて嬉しいという見方もたしかにありだな、と思いました。日本の伝統として年賀状はあってもいいと思うが、その形態は多様であって良いと思う。むしろこれからどんどん新しいタイプの方法でできたら面白いかもしれません。
以上のように、デジタル化を基に、人間の感情に触れて「そもそも」を突き詰めるのが楽しかったです。根本を問い直すことの重要性を改めて学びました。
②三田論報告会
1. コメントが編集としての役割を果たすものとしての重要性はよくわかりました。その見せ方もスライドをカラフルに、図を多用してオーディエンスを楽しませるような発表でした。論文を読み、発表を聞いて思ったことは、確かにSNSという場だからこそユーザー同士のインタラクションでブラッシュアップしていく点はとても納得しますが、編集の過程に携わったユーザーたちの権利処理が複雑だと感じました。コメントが創作物に値するのであれば、その線引きはどうするのか。誹謗中傷を与えるだけの人、励ますだけの人、創作物に創作物でレスポンスする人など、さまざまなユーザーがいると思います。たくさんの人がコメントをしたとして、それが商業利用となって出版にこぎつけたとき、「みんな」で作り上げたものはどう権利処理されるのか。欲望の塊みたいな人だらけとは思いませんが、もしそういったプラットフォームがさらに多くの人々に利用されるようになったら、それまであった共通認識も多様化するかもしれません。ただ、そうした細かい権利の話よりも、機能性としては出版社のような役割をユーザー同士でし合うことができて面白いと思いました。
2.ネット選挙で国会議員が活動をするのは有名候補者が優勢な中でも工夫一つで話題性を生めば無名候補者でも一気にその知名度を上げることができる利点を考えれば挑戦する価値は多いにあると思いました。聞きたいことは報告会で聞かせて頂けたので、細かいとこを突くと、Skypeキャンペーンは、抽選でやることでたしかにユーザーがRTをたくさんして盛り上がるかもしれない。しかし、この論文の設定が幸泉新三郎という「イケメン」議員であることを加味すると、政治云々よりもただ「イケメン」議員と話したいというミーハーな人物が仮に当選したとして、果たして有意義な議論を交わすことができるどうか。交流会ではなくて意見交換会として位置付けるならば、事前の打ち合わせさえ「やらせ」にみえるし、わざわざUStreamでみるのに雑談・茶番はみたくないと思いました。故小渕首相がされた「ブッチホン」であれば、著名人に小渕自らが電話をかけていたという点で信用性が高いように感じる一方で、政治にあまり詳しくない層にはわかりにくい高度な内容になっていたかもしれない。このSkypeキャンペーンをどう位置付けるか明確に打ち出さないと、幅広い層を対象にしているだけにUSteramをすることの意義が薄れてしまうように感じました。ただ、今後選挙法が改正されて本格的にネット選挙活動が始動したらどうなるのか楽しみに感じました。
両班とも三田論報告お疲れ様でした。そして、お忙しい中早い時間から参加して下さった音田さんに再度御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
③金ゼミの1年間を振り返って
タスクが多くて寝れないときもあり、ゼミの日を迎える度にメンタルやられることが多かったです。しかし、じゃあもし金ゼミ入っていなかったらどんな学生生活を送っていたか考えたとき、恐らくバイトとサークルだけで暇をしていたかもしれません。あくまで仮定の話ではあるものの、のんびり気ままに過ごし、「暇」「楽」「怠」の字ばかりが並ぶような生活になっていたと思います。この1年があったからこそ知識の面でも精神の面でも成長でき、専門書を読むことの大切さ、そして論理的に考えてそれを伝え、実際に行動する大切さを学ぶことができたのだと思います。天秤にかけなくともどちらが自分の成長に繋げられているかは一目瞭然です。共に助け合って話し合える同期の存在は大きいですし、頼れる心強い存在の尊敬すべき先輩方が集まってる場に身を置くことができて幸運だと思ってます。
『金ゼミにいてよかった』。心の底からそう思えます。そしてこの気持ちをみんなが共有できるように、互いに切磋琢磨し合える場を作るよう心がけたいと改めて思いました。
来年度に向けて5期で話し合ってどういった方向性にしていくか考えるのが楽しみです。
1年間本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
2011年1月13日木曜日
個人論文講評【高橋】
『Flash Marketing 現状とよりよいサービスへの解決策について』 矢野瑶子(著)
Flash Marketingとは何なのかを自分の言葉を加えて再定義しているところは、FMのことをよく知らない身としてとてもわかりやすかった。また、相関図を自分で作り、視覚的にも内容を追いやすいものだった。
気になった点としては、途中に出てくる計算された表は計算式がなくて算出された数字が不透明な箇所があった。何かを基に算出したのであればその基となるところを示してあると信憑性が増すと思った。
また、注釈をいれていないため、引用箇所は注釈でサイトから引用したのであればどのサイトなのかを明示した方がより論文の形式として良いと思った。
それでも、内容は興味深いことが多く、具体例を用いて分析していることで読み手は非常に内容を追いやすくなっている。また、具体的な新しいビジネスプランが練られているところが良かった。楽天ポイントを参考にSNSの活用を促しているのは説得力があって、ポイントの管理を上手く運営することができたら本当に成功し得るのではないか、とも思った。
敢えて欲を言うならば、アメリカで成功しているモデルをもう少し掘り下げて、どうやって三者のバランスを保ってるかの研究を加えてもよかったかもしれない。実際に成功しているビジネスモデルを深堀して日本の改善点を明示するとより説得力が増すのではないだろうか。
全体的に読み手が理解しやすい内容で、視覚的にもカラフルで読みやすかった。年明け早々話題になったトピックだけあって、今後もさらに知りたい分野の一つである。
矢野氏、お疲れ様でした!
Flash Marketingとは何なのかを自分の言葉を加えて再定義しているところは、FMのことをよく知らない身としてとてもわかりやすかった。また、相関図を自分で作り、視覚的にも内容を追いやすいものだった。
気になった点としては、途中に出てくる計算された表は計算式がなくて算出された数字が不透明な箇所があった。何かを基に算出したのであればその基となるところを示してあると信憑性が増すと思った。
また、注釈をいれていないため、引用箇所は注釈でサイトから引用したのであればどのサイトなのかを明示した方がより論文の形式として良いと思った。
それでも、内容は興味深いことが多く、具体例を用いて分析していることで読み手は非常に内容を追いやすくなっている。また、具体的な新しいビジネスプランが練られているところが良かった。楽天ポイントを参考にSNSの活用を促しているのは説得力があって、ポイントの管理を上手く運営することができたら本当に成功し得るのではないか、とも思った。
敢えて欲を言うならば、アメリカで成功しているモデルをもう少し掘り下げて、どうやって三者のバランスを保ってるかの研究を加えてもよかったかもしれない。実際に成功しているビジネスモデルを深堀して日本の改善点を明示するとより説得力が増すのではないだろうか。
全体的に読み手が理解しやすい内容で、視覚的にもカラフルで読みやすかった。年明け早々話題になったトピックだけあって、今後もさらに知りたい分野の一つである。
矢野氏、お疲れ様でした!
2011年1月12日水曜日
【ホンヨミ!0114】OGILVY ON ADVERTISING【高橋】
『OGILVY ON ADVERTISING』 Vintage Books
David Ogilvy (1911-1999)... 「広告の父」と称され、広告のモラルと創造性の領域を広げた人物として知られるイギリス出身の広告界の重鎮。
①Positioning
Ogilvyにとって、宣伝するもののpositioningを決める基準は"what the product does, and who is it for"であるという。例えば、彼がDoveの石鹸の宣伝に携わったとき、働く汚れた男性が手を洗うときに使うものとしてではなく、乾燥肌の女性がお風呂で使う石鹸というpositioningを加えてbrand imageを確立させた。彼にとってbrand imageとはそのもののpersonalityであるという。
金ゼミをブランディングして新入所生にアピールすることに当てはめて考えると、「私たちが何をして、何のためにいるのか」を明確にして考えることだ。根幹をなすべき初歩的なことかもしれないが、この軸がぶれたり定まっていなかったりすると伝えたいターゲットに半分も伝わらないのだろう。
②Big idea
どうやったらデカいアイディアって考え付くのか?そもそも「デカいアイディア」って何?Ogilvyは考えた。それが以下の5項目だ。
1. 初めて見たときに息をのんだか?
2. 自分で考え付くことができたらなぁと願ってしまうほどのものか?
3. ユニークか?
4. 完全の域に達するほどのものか?
5. 30年間使われるものか? (実際は5年続くものさえわずかなのは承知の上で)
この項目すべてがみたされて初めてすごいアイディアになるのだと彼はいう。身の周りに溢れている広告。この条件に当てはまるものは考えられるだろうか。
*ちなみにOgilvyの時代では日本の広告はまったくと言っていいほど世界に知られていない。アジアで唯一有力視されていたのは中国だった。
③Marketing in recession
不況になると即座に削減されがちな広告費。しかしOgilvyはそういった浅はかな行為に警鐘を鳴らしている。1922-1977間の景気後退のデータが載せられていて、広告費を削減しなかったところは不況を脱した後好調になったが、広告費を削減したとこは低い利益しか上げられなかったという。現代に比べてデータが古く、ネット社会ではなかった点は当時とまったく違うので参考にできるかは疑問が残るものの、企業が安易に広告費を削減してしまうのも気になる点だ。
本著で使われていた例として世界第二次大戦下のUnileverについてだ。当時イギリス政府はマーガリンをブランドの名前を用いて売ることを禁止していた中、Unileverはたとえ店舗に自身のマーガリンが置かれていない時でも自身のブランドを堅持して宣伝し続けた。戦後ブランドが復興した時、Unileverがトップに君臨したのだという。
今も尚続いている企業も数多く載っていて非常に面白かった。広告における女性の用いられ方の変遷にも言及されているため、初期の頃の写真はなかなかきわどい写真が多い。そう、色々な国の昔の広告・ポスターの写真がカラーで多く掲載されているのも本書の特徴で、読んでいて楽しいのだ。
David Ogilvy (1911-1999)... 「広告の父」と称され、広告のモラルと創造性の領域を広げた人物として知られるイギリス出身の広告界の重鎮。
①Positioning
Ogilvyにとって、宣伝するもののpositioningを決める基準は"what the product does, and who is it for"であるという。例えば、彼がDoveの石鹸の宣伝に携わったとき、働く汚れた男性が手を洗うときに使うものとしてではなく、乾燥肌の女性がお風呂で使う石鹸というpositioningを加えてbrand imageを確立させた。彼にとってbrand imageとはそのもののpersonalityであるという。
金ゼミをブランディングして新入所生にアピールすることに当てはめて考えると、「私たちが何をして、何のためにいるのか」を明確にして考えることだ。根幹をなすべき初歩的なことかもしれないが、この軸がぶれたり定まっていなかったりすると伝えたいターゲットに半分も伝わらないのだろう。
②Big idea
どうやったらデカいアイディアって考え付くのか?そもそも「デカいアイディア」って何?Ogilvyは考えた。それが以下の5項目だ。
1. 初めて見たときに息をのんだか?
2. 自分で考え付くことができたらなぁと願ってしまうほどのものか?
3. ユニークか?
4. 完全の域に達するほどのものか?
5. 30年間使われるものか? (実際は5年続くものさえわずかなのは承知の上で)
この項目すべてがみたされて初めてすごいアイディアになるのだと彼はいう。身の周りに溢れている広告。この条件に当てはまるものは考えられるだろうか。
*ちなみにOgilvyの時代では日本の広告はまったくと言っていいほど世界に知られていない。アジアで唯一有力視されていたのは中国だった。
③Marketing in recession
不況になると即座に削減されがちな広告費。しかしOgilvyはそういった浅はかな行為に警鐘を鳴らしている。1922-1977間の景気後退のデータが載せられていて、広告費を削減しなかったところは不況を脱した後好調になったが、広告費を削減したとこは低い利益しか上げられなかったという。現代に比べてデータが古く、ネット社会ではなかった点は当時とまったく違うので参考にできるかは疑問が残るものの、企業が安易に広告費を削減してしまうのも気になる点だ。
本著で使われていた例として世界第二次大戦下のUnileverについてだ。当時イギリス政府はマーガリンをブランドの名前を用いて売ることを禁止していた中、Unileverはたとえ店舗に自身のマーガリンが置かれていない時でも自身のブランドを堅持して宣伝し続けた。戦後ブランドが復興した時、Unileverがトップに君臨したのだという。
今も尚続いている企業も数多く載っていて非常に面白かった。広告における女性の用いられ方の変遷にも言及されているため、初期の頃の写真はなかなかきわどい写真が多い。そう、色々な国の昔の広告・ポスターの写真がカラーで多く掲載されているのも本書の特徴で、読んでいて楽しいのだ。
2011年1月9日日曜日
0107ゼミ感想【高橋】
①ゼミ感想<フリーペーパー>
5期生主導初のゼミ。時間配分が本当に難しくて、大体の時間を予測して進めていくのがまだ出来ていませんでした。フリーペーパープレゼンと新年会の間の時間が中途半端だ!と困っていたときに直前の4限の間にふぁんちゃんに相談して考えたレクリエーションでしたが、なんとか楽しんでもらえたようでよかったです。仲間の力の偉大さを改めて実感しました。
ゼミの時間をいかに有効的に使うか、何をすれば生産的なことができるか、とても頭を悩ませますが、その反面楽しいとも感じます。「予定通りにいくことはまずない」とBNGのときに藤田さんが言っていた通り、大抵のことは予定通りとはいきません。それでも結果としてより良い方向に向かうようにしたいです。
今回の反省点はせっかくプレゼンをしたのにゼミ生同士のフィードバックのし合いをゼミ中に挟めなかったこと。自分がまだ力んでしまっていました。冷静にならないと対処の仕方が見えてこないのと一緒ですね。以後気をつけます。
プレゼンの方ですが、フリーペーパーということで内容は人それぞれ自分の欲しい!を形にして多様なものが出揃ったと思います。ただ、李先生がおっしゃったようにクリエイティブさを足しても面白かったかもしれません。正統派すぎたというか、フリーペーパーそのものの内容にこだわってしまったため、紙媒体は大前提となってその媒体自体を一工夫させて価値観を変えさせるくらいのものを提案してもよかったかもしれません。自分自身考えなかった視点だったのでそれをとりいれても面白かったなぁと思いました。
②新年会
小宮さんお手製の質問BOXを使って李先生に質問する、というコンテンツ面白かったです。まじめな質問から恋愛についての質問などあって、プライベートなことまで知れました。李先生の誠実なお人柄がよくでていました。お話させて頂く機会が少なかったこともあり、もう少し前から色々お話できていたらと思う限りです。焼き肉もおいしくてついついたくさん食べ過ぎてしまいましたが、みなさんとおいしく食べて飲める空間が本当に好きです。交流を深めつつも充実した締まりのあるゼミを今後も共に作っていきたいと思いました。
色々と企画してくださった幹事の小宮さん、ありがとうございました!そしてお疲れ様でした!
5期生主導初のゼミ。時間配分が本当に難しくて、大体の時間を予測して進めていくのがまだ出来ていませんでした。フリーペーパープレゼンと新年会の間の時間が中途半端だ!と困っていたときに直前の4限の間にふぁんちゃんに相談して考えたレクリエーションでしたが、なんとか楽しんでもらえたようでよかったです。仲間の力の偉大さを改めて実感しました。
ゼミの時間をいかに有効的に使うか、何をすれば生産的なことができるか、とても頭を悩ませますが、その反面楽しいとも感じます。「予定通りにいくことはまずない」とBNGのときに藤田さんが言っていた通り、大抵のことは予定通りとはいきません。それでも結果としてより良い方向に向かうようにしたいです。
今回の反省点はせっかくプレゼンをしたのにゼミ生同士のフィードバックのし合いをゼミ中に挟めなかったこと。自分がまだ力んでしまっていました。冷静にならないと対処の仕方が見えてこないのと一緒ですね。以後気をつけます。
プレゼンの方ですが、フリーペーパーということで内容は人それぞれ自分の欲しい!を形にして多様なものが出揃ったと思います。ただ、李先生がおっしゃったようにクリエイティブさを足しても面白かったかもしれません。正統派すぎたというか、フリーペーパーそのものの内容にこだわってしまったため、紙媒体は大前提となってその媒体自体を一工夫させて価値観を変えさせるくらいのものを提案してもよかったかもしれません。自分自身考えなかった視点だったのでそれをとりいれても面白かったなぁと思いました。
②新年会
小宮さんお手製の質問BOXを使って李先生に質問する、というコンテンツ面白かったです。まじめな質問から恋愛についての質問などあって、プライベートなことまで知れました。李先生の誠実なお人柄がよくでていました。お話させて頂く機会が少なかったこともあり、もう少し前から色々お話できていたらと思う限りです。焼き肉もおいしくてついついたくさん食べ過ぎてしまいましたが、みなさんとおいしく食べて飲める空間が本当に好きです。交流を深めつつも充実した締まりのあるゼミを今後も共に作っていきたいと思いました。
色々と企画してくださった幹事の小宮さん、ありがとうございました!そしてお疲れ様でした!
2011年1月6日木曜日
【ホンヨミ!0107③】連帯と承認【高橋】
『連帯と承認 グローバル化と個人化のなかの福祉国家』 武川正吾(著)
①コスモポリタニズムの社会政策
社会政策は元々、社会問題を解決するためのものであったが、グローバル化の今日、社会政策そのもが新たな社会問題となりつつある。第三世界の大量貧困、地球規模での環境破壊など、国民国家の枠組では解決することが困難な問題を抱え込むようになった。国民国家を超えた地域における共通社会政策を策定することは、コスモポリタニズムの社会政策の出発点となる。グローバル社会の中で、市民権をもった国民に対して共通して保障されるべき最低限を示すグローバルミニマムを策定し、先進諸国から第三世界へのグローバルな規模での所得再分配が不可欠だと著者は提唱する。
国内の格差よりも国レベルでの格差の方が当然大きいものの、国内格差を是正せずに第三世界に目を向けるのは時期尚早ではないだろうか。例えば中国国内の格差はとても大きいが、まだ是正されていない状態で、政策的に不備があるとしても国内格差を是正できていない状態で果たして世界レベルで協力して格差是正に努めることができるのであろうか。グローバルミニマムの価値観の照準をどこに合わせるのか、という問題も起こるだろう。
②グローバル化の労働における弊害
グローバル化による国境を越えた労働移動は、同一国内に、市民権の保有者と非保有者が併存するという状況を生む。市民権の有無は、社会政策上の差を生んでしまう。つまり、同じコミュニティで生活していて、社会政策を必要とするという点ではまったく同じであっても、一方は社会政策の適用を受け、他方は社会政策の適用を受けないといった状況が、グローバル化によって生まれるということだ。
日本は市民権を得る基準が比較的高い国の一つで、線引きをすることで排除を生み出してしまうことが多い。しかしかといって市民権を得る基準を下げすぎると移民問題や、今までの政策とかけ離れることで国内から生活を危惧した反発の声が上がるかもしれない。今のままでは貧しい労働移民は苦しい生活を強いられるが、社会政策上は現状のままでいいのか。それとも世界からもっと積極的に人の移動・居住を寛容にし、国内のいわば「ドメスティックミニマム」を充実させた方がいいのか。そのバランスは難しい。
③個人化
核家族したことで家族が個人化し、職域も個人化している。その証拠に多くの国で労働組合の組織率は低下傾向にあるという。そして、地域からの個人の離脱も目立つようになってきた。地縁集団からの個人の離脱は個人の自立を意味する。しかしながら、これまでの福祉国家は地縁型の団体によって編成された地域社会を前提として存在してきたため、個人化によってもたらされた地域社会の変化は、福祉国家にも影響を及ぼせざるを得ない。地域における個人化は社会的排除も個人化するのである。
地域における市民社会の生成は、福祉国家と地域社会の境界面を変えることになり、地縁から排除された個人への対応に今後迫られることになると考えられる。
①コスモポリタニズムの社会政策
社会政策は元々、社会問題を解決するためのものであったが、グローバル化の今日、社会政策そのもが新たな社会問題となりつつある。第三世界の大量貧困、地球規模での環境破壊など、国民国家の枠組では解決することが困難な問題を抱え込むようになった。国民国家を超えた地域における共通社会政策を策定することは、コスモポリタニズムの社会政策の出発点となる。グローバル社会の中で、市民権をもった国民に対して共通して保障されるべき最低限を示すグローバルミニマムを策定し、先進諸国から第三世界へのグローバルな規模での所得再分配が不可欠だと著者は提唱する。
国内の格差よりも国レベルでの格差の方が当然大きいものの、国内格差を是正せずに第三世界に目を向けるのは時期尚早ではないだろうか。例えば中国国内の格差はとても大きいが、まだ是正されていない状態で、政策的に不備があるとしても国内格差を是正できていない状態で果たして世界レベルで協力して格差是正に努めることができるのであろうか。グローバルミニマムの価値観の照準をどこに合わせるのか、という問題も起こるだろう。
②グローバル化の労働における弊害
グローバル化による国境を越えた労働移動は、同一国内に、市民権の保有者と非保有者が併存するという状況を生む。市民権の有無は、社会政策上の差を生んでしまう。つまり、同じコミュニティで生活していて、社会政策を必要とするという点ではまったく同じであっても、一方は社会政策の適用を受け、他方は社会政策の適用を受けないといった状況が、グローバル化によって生まれるということだ。
日本は市民権を得る基準が比較的高い国の一つで、線引きをすることで排除を生み出してしまうことが多い。しかしかといって市民権を得る基準を下げすぎると移民問題や、今までの政策とかけ離れることで国内から生活を危惧した反発の声が上がるかもしれない。今のままでは貧しい労働移民は苦しい生活を強いられるが、社会政策上は現状のままでいいのか。それとも世界からもっと積極的に人の移動・居住を寛容にし、国内のいわば「ドメスティックミニマム」を充実させた方がいいのか。そのバランスは難しい。
③個人化
核家族したことで家族が個人化し、職域も個人化している。その証拠に多くの国で労働組合の組織率は低下傾向にあるという。そして、地域からの個人の離脱も目立つようになってきた。地縁集団からの個人の離脱は個人の自立を意味する。しかしながら、これまでの福祉国家は地縁型の団体によって編成された地域社会を前提として存在してきたため、個人化によってもたらされた地域社会の変化は、福祉国家にも影響を及ぼせざるを得ない。地域における個人化は社会的排除も個人化するのである。
地域における市民社会の生成は、福祉国家と地域社会の境界面を変えることになり、地縁から排除された個人への対応に今後迫られることになると考えられる。
2011年1月4日火曜日
【冬休みホンヨミ!0107②】社会的排除【高橋】
『社会的排除 参加の欠如・不確かな帰属』 岩田正美(著)
①今日の人間関係
私たちの人間関係はネットの普及によって開放性と匿名性をもっているのが特徴で、さらには継続的な一過的関係が常にある状態でもある。つまり現代社会は、知らない者同士の匿名のままの関係の網の目が開放的で世界の隅々にまで広げられていると同時に、相対的に閉鎖的な特定範囲の人々や地域の集合体でもあると筆者は定義づける。それを反映しているのがSNSだろう。特に、日本で依然人気のmixiは匿名性が高く、関係が隅々まで広げられている。ただしそこには「日本」に何かしら関係のある人でないと集まらないという、閉鎖的なものでもある。この閉鎖性は何を生むか。「排除」である。
②アイデンティティの拠り所
定点=ホームと位置付けることで、自分の基盤・アイデンティティの拠り所を築いているのである。そしてホームという囲いを作るからこそ他人を必要とし、自分を築き上げていく。そこには他人を受け入れたり排除することで自分の定点を維持している。ホームを確認することで、一定の網の目の中に入る「許可」の条件になっていることが少なくないと筆者は云う。自分の居場所が揺らぐ中で自分のホームを堅持することは他者の排除を引き起こす危険性が含まれている。
③排除
排除の種類として、空間的排除と制度的排除が挙げられる。貧困層を一つの場所にまとめたりすることが空間的排除で、ある特定の人々が制度から排除されてしまったり制度それ自体が排除を生み出す場合があるのが制度的排除を指す。では差別と排除はどう違うか。差別は他者を恐れたり嫌悪する心理機構で、排除はしばしば抑圧の一形態として扱われる。差異を利用した一方的価値づけとしての差別は、しばしば社会的排除を結果するといえる。差別されて排除されている人々と、排除だけされている人々がいて、社会的排除は社会への参加の阻止という状態に特徴がある。日本社会には特にこうした排除の傾向が色濃く映し出されているといえるだろう。受容していく心が不可欠と口では簡単に言えることかもしれないが、潜在的な排除を含む制度の下、価値観自体を改革していくにはまだ時間がかかるのかもしれない。
①今日の人間関係
私たちの人間関係はネットの普及によって開放性と匿名性をもっているのが特徴で、さらには継続的な一過的関係が常にある状態でもある。つまり現代社会は、知らない者同士の匿名のままの関係の網の目が開放的で世界の隅々にまで広げられていると同時に、相対的に閉鎖的な特定範囲の人々や地域の集合体でもあると筆者は定義づける。それを反映しているのがSNSだろう。特に、日本で依然人気のmixiは匿名性が高く、関係が隅々まで広げられている。ただしそこには「日本」に何かしら関係のある人でないと集まらないという、閉鎖的なものでもある。この閉鎖性は何を生むか。「排除」である。
②アイデンティティの拠り所
定点=ホームと位置付けることで、自分の基盤・アイデンティティの拠り所を築いているのである。そしてホームという囲いを作るからこそ他人を必要とし、自分を築き上げていく。そこには他人を受け入れたり排除することで自分の定点を維持している。ホームを確認することで、一定の網の目の中に入る「許可」の条件になっていることが少なくないと筆者は云う。自分の居場所が揺らぐ中で自分のホームを堅持することは他者の排除を引き起こす危険性が含まれている。
③排除
排除の種類として、空間的排除と制度的排除が挙げられる。貧困層を一つの場所にまとめたりすることが空間的排除で、ある特定の人々が制度から排除されてしまったり制度それ自体が排除を生み出す場合があるのが制度的排除を指す。では差別と排除はどう違うか。差別は他者を恐れたり嫌悪する心理機構で、排除はしばしば抑圧の一形態として扱われる。差異を利用した一方的価値づけとしての差別は、しばしば社会的排除を結果するといえる。差別されて排除されている人々と、排除だけされている人々がいて、社会的排除は社会への参加の阻止という状態に特徴がある。日本社会には特にこうした排除の傾向が色濃く映し出されているといえるだろう。受容していく心が不可欠と口では簡単に言えることかもしれないが、潜在的な排除を含む制度の下、価値観自体を改革していくにはまだ時間がかかるのかもしれない。
【冬休みホンヨミ!0107①】こころの格差社会【高橋】
『こころの格差社会―ぬけがけと嫉妬の現代日本人』 海原純子(著)
①日本社会の伝統的な文化的な思考回路
「場の中に入る」「和を乱さない」という原則が日本社会の文化的な思考回路で、私たちは外されることは怖い、生きていけないという刷り込みがされてしまっている。それは、日本の学校教育では「和を乱さないこと」「協調性があること」は「いい子」だという評価を受け、「その社会」に属し、場の一員として突出しないことが重要視されがちだったからだ。しかし一方で、「自主性をもち個性も大切に」とも叫ばれ、個性を表現するも、学校では和が求められるという矛盾を孕んでしまっている。学校では個としてではなく場の論理が求められ、波風を立てないように過ごすこととなる。
集団行動が多い日本では、やはり団体・組織としての和を重んじる傾向が強いと感じていて、それが昨今では個性の尊重にも目を向けだしたものの、現実的には未だに個性よりも協調性の方がやはり重んじられていると感じた。
②目に見えないあげ底
所謂勝ち組には負け組にはない「あげ底」が存在しているという。試験は平等に受けられる、機会は平等に開かれている、ように見える。本当にそうだろうか?現実には育ってきた環境の格差、親の収入による教育格差など、格差が勝ち組の財産になってしまっているのに勝ち組の人間は気付かない。だからこそ勝ち組の人間であればあるほど、実績をあげられない者は努力が足りない者としか思えないのだと筆者は云う。勝ち組と負け組とのコミュニケーション不全を引き起こし、さらなる格差を助長させてしまっている。
コミュニケーション不全を改善するには、勝ち組の気づきが不可欠で、自分たちの持ち合わせた目に見えぬ財産に気付く必要がある。「自分の実力」と信じている実力の中に恵まれた条件があったことに気付き、自らの成功を謙虚に受け止めるといった自己肯定感をもった謙虚さが必要不可欠なのだ。そのためにも相手の気持ちや意見を聞く姿勢が一層求められるのだ。
③見えない天井
見えないあげ底がある一方で、見えない天井を自分でつくってしまっている人もいる。「できない」「苦手」という言葉を口にすると自分の可能性はブロックされる。自分を遮って伸びられなくなっている透明な天井を破る必要がある。一度の失敗を一般化してすべてそれが苦手だとしてしまう一般化思考にも注意が必要だ。
負の言葉を口にすべきではない、というのは自分の可能性を自分で潰すことになるからだ。家には天井があるが、外には天井なんてない。一歩踏み出す勇気が自分を無限の可能性へと誘う。
①日本社会の伝統的な文化的な思考回路
「場の中に入る」「和を乱さない」という原則が日本社会の文化的な思考回路で、私たちは外されることは怖い、生きていけないという刷り込みがされてしまっている。それは、日本の学校教育では「和を乱さないこと」「協調性があること」は「いい子」だという評価を受け、「その社会」に属し、場の一員として突出しないことが重要視されがちだったからだ。しかし一方で、「自主性をもち個性も大切に」とも叫ばれ、個性を表現するも、学校では和が求められるという矛盾を孕んでしまっている。学校では個としてではなく場の論理が求められ、波風を立てないように過ごすこととなる。
集団行動が多い日本では、やはり団体・組織としての和を重んじる傾向が強いと感じていて、それが昨今では個性の尊重にも目を向けだしたものの、現実的には未だに個性よりも協調性の方がやはり重んじられていると感じた。
②目に見えないあげ底
所謂勝ち組には負け組にはない「あげ底」が存在しているという。試験は平等に受けられる、機会は平等に開かれている、ように見える。本当にそうだろうか?現実には育ってきた環境の格差、親の収入による教育格差など、格差が勝ち組の財産になってしまっているのに勝ち組の人間は気付かない。だからこそ勝ち組の人間であればあるほど、実績をあげられない者は努力が足りない者としか思えないのだと筆者は云う。勝ち組と負け組とのコミュニケーション不全を引き起こし、さらなる格差を助長させてしまっている。
コミュニケーション不全を改善するには、勝ち組の気づきが不可欠で、自分たちの持ち合わせた目に見えぬ財産に気付く必要がある。「自分の実力」と信じている実力の中に恵まれた条件があったことに気付き、自らの成功を謙虚に受け止めるといった自己肯定感をもった謙虚さが必要不可欠なのだ。そのためにも相手の気持ちや意見を聞く姿勢が一層求められるのだ。
③見えない天井
見えないあげ底がある一方で、見えない天井を自分でつくってしまっている人もいる。「できない」「苦手」という言葉を口にすると自分の可能性はブロックされる。自分を遮って伸びられなくなっている透明な天井を破る必要がある。一度の失敗を一般化してすべてそれが苦手だとしてしまう一般化思考にも注意が必要だ。
負の言葉を口にすべきではない、というのは自分の可能性を自分で潰すことになるからだ。家には天井があるが、外には天井なんてない。一歩踏み出す勇気が自分を無限の可能性へと誘う。
2011年1月1日土曜日
2011年の抱負~四字熟語~【高橋】
あけましておめでとうございます!!
2011年開幕ですね。
昨年は光のような速さで過ぎ、今年もそれくらい、もしくはそれ以上の速さで過ぎてしまうのかと思うとぼんやりしてられません。
入学前のフリーター時代は時が過ぎるのがとても遅く感じたのに、今こんなにも早く感じるのはたくさんのことに囲まれて充実しているからなんだと実感します。
今年からまた新たなことがたくさん始まります。
自分次第で毎年違った生活を送れるのも「学生」の良い点だと思います。
なので、今年こそすべてに全力投球!ということで抱負にしたい四字熟語は…
2011年開幕ですね。
昨年は光のような速さで過ぎ、今年もそれくらい、もしくはそれ以上の速さで過ぎてしまうのかと思うとぼんやりしてられません。
入学前のフリーター時代は時が過ぎるのがとても遅く感じたのに、今こんなにも早く感じるのはたくさんのことに囲まれて充実しているからなんだと実感します。
今年からまた新たなことがたくさん始まります。
自分次第で毎年違った生活を送れるのも「学生」の良い点だと思います。
なので、今年こそすべてに全力投球!ということで抱負にしたい四字熟語は…
奮 励 努 力 !
文字通り、「目標に向かって気を奮い起し、つとめ励むこと」です。
なんだか努力という言葉ばかり使ってしまっていますが、自分に常に欠かせないものだと思っているのでやはり大切です。
努力した分だけ結果はつく、と身を持って体感してきたことなので信じています。
どんなことにおいても、自分が決めたことに対しては中途半端にせず、突き進んでいく。
まったり心を休める時間も大切ですが、一時一時を大事に「短い」大学生活を満喫したいです。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
2010年12月18日土曜日
今年最後1217ゼミ感想【高橋】
①3期生によるメッセージプレゼンテーション
先輩方が赤裸々にご自身のことについてプレゼンしてくださって、人生経験を踏まえた上でのメッセージはとても心に響きました。頭ではわかっていてもしっくりこない言葉ってあると思うのですが、それが一歩踏み込んだ実体験を絡めて伝えてくださることで「なぜ」という部分がとてもよく伝わりました。まさに磨かれた「伝達力」を感じたのと同時に、先輩方の温かい言葉に励まされました。
機会と変化を大切に、後悔せず、人生のビジョンは明確に持って、臆せず何でも挑戦していく精神。それでも誇りは持っても過信して奢ってはならない。
たくさんのメッセージを受けとることができて、今後の励みになりました。常に肝に銘じていきたいと思うような言葉が盛りだくさんで、今後何かで迷うことがあったときは今一度頂いた言葉を思い出したいと強く思いました。
②5期生所信表明
『仲良いだけは、もう終わり』。まさにそうです。矢野さんも言ってましたが、仲が良いからこそもっと刺激し合ってプラスのスパイラルを築けるポテンシャルはすごくあると思っています。ただのじゃれあいで終わったら負のスパイラルしか生まなくて、せっかく尊敬できる仲間が集まっている場なのにもったいないことになってしまいます。この1年で築き上げた信頼関係を今後もつなげていき、時にはぶつかりながらも上へと向かっていくような関係を一緒に築いていきたいです。その中で未来の後輩6期生も巻き込んで大きな力を育めたらこの上ないと思います。
私は利己の上に利他が成り立っていると思います。「あの人が喜んでくれるなら自分を犠牲にしてもする」というのは一見利他的に思えますが、そうすることで自分が一種の満足感を得ているなら結局は利己でしかなくて、人間は自分がまずあって他人に目を向けることができると思います。あくまで持論ではありますが…。なので、自由と責任の下、私は利己的でありたいと思います。その利己性が結果的に利他性に繋がると信じているからです。
③金光さんによるプレゼン
「理解という名の愛が欲しい。」人にほめられたくて何かを一生懸命やる素直な子ども時代があった一方でいまだにそういう姿勢である自分がいます。それがいいことなのかはさておき、陰ながらの努力って大事だと思います。以前金先生のツイートで、「努力の過程を人に評価してもらおいとは思うな。努力は人に気付かれないように。そして見せるのは結果だけ」という言葉がありました。まさにそうだなと私は思って、高校時代に「ガリ勉」そうに見えない子が学年でトップの点数とっていて天才なのかと思ったら陰ながら見えない努力をすごくしている子だと知る機会があって自分もそうなりたいと憧れたことを思い出しました。過程を評価してもらうのではなくて、結果を評価してもらえる人間でありたいです。
ブログアップは過程でしかなく、結果はゼミの中で現れるもの。褒めて頂けて嬉しかった半面、自分が思う結果にまだ繋げられていないことに改めて自分の甘さを感じました。
--------------
忘年会!+どっきり卒業式
開かれた雰囲気で和やかに、時に激しく行われた忘年会でとても楽しかったです!金光さんが「本当は卒業したかった、袴きたかった」と仰ってる姿に思わず涙がこみ上げてしまいました。それを察しての先輩方のサプライズ企画ぶり、とてもわくわくしました!ゼミという少人数の組織で、楽しいことのみではなくつらいことも共有してきた仲間だからこそできるとても温かいゼミを実感できて、その一員でいられることを嬉しく思いました。
来年からはいよいよ5期生主導になりますが、自分たちが金ゼミにいてよかった!と思うところをしっかりと引き継いでいき、さらなる発展を目指して共に成長していきたいと強く思いました。
先輩方が赤裸々にご自身のことについてプレゼンしてくださって、人生経験を踏まえた上でのメッセージはとても心に響きました。頭ではわかっていてもしっくりこない言葉ってあると思うのですが、それが一歩踏み込んだ実体験を絡めて伝えてくださることで「なぜ」という部分がとてもよく伝わりました。まさに磨かれた「伝達力」を感じたのと同時に、先輩方の温かい言葉に励まされました。
機会と変化を大切に、後悔せず、人生のビジョンは明確に持って、臆せず何でも挑戦していく精神。それでも誇りは持っても過信して奢ってはならない。
たくさんのメッセージを受けとることができて、今後の励みになりました。常に肝に銘じていきたいと思うような言葉が盛りだくさんで、今後何かで迷うことがあったときは今一度頂いた言葉を思い出したいと強く思いました。
②5期生所信表明
『仲良いだけは、もう終わり』。まさにそうです。矢野さんも言ってましたが、仲が良いからこそもっと刺激し合ってプラスのスパイラルを築けるポテンシャルはすごくあると思っています。ただのじゃれあいで終わったら負のスパイラルしか生まなくて、せっかく尊敬できる仲間が集まっている場なのにもったいないことになってしまいます。この1年で築き上げた信頼関係を今後もつなげていき、時にはぶつかりながらも上へと向かっていくような関係を一緒に築いていきたいです。その中で未来の後輩6期生も巻き込んで大きな力を育めたらこの上ないと思います。
私は利己の上に利他が成り立っていると思います。「あの人が喜んでくれるなら自分を犠牲にしてもする」というのは一見利他的に思えますが、そうすることで自分が一種の満足感を得ているなら結局は利己でしかなくて、人間は自分がまずあって他人に目を向けることができると思います。あくまで持論ではありますが…。なので、自由と責任の下、私は利己的でありたいと思います。その利己性が結果的に利他性に繋がると信じているからです。
③金光さんによるプレゼン
「理解という名の愛が欲しい。」人にほめられたくて何かを一生懸命やる素直な子ども時代があった一方でいまだにそういう姿勢である自分がいます。それがいいことなのかはさておき、陰ながらの努力って大事だと思います。以前金先生のツイートで、「努力の過程を人に評価してもらおいとは思うな。努力は人に気付かれないように。そして見せるのは結果だけ」という言葉がありました。まさにそうだなと私は思って、高校時代に「ガリ勉」そうに見えない子が学年でトップの点数とっていて天才なのかと思ったら陰ながら見えない努力をすごくしている子だと知る機会があって自分もそうなりたいと憧れたことを思い出しました。過程を評価してもらうのではなくて、結果を評価してもらえる人間でありたいです。
ブログアップは過程でしかなく、結果はゼミの中で現れるもの。褒めて頂けて嬉しかった半面、自分が思う結果にまだ繋げられていないことに改めて自分の甘さを感じました。
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忘年会!+どっきり卒業式
開かれた雰囲気で和やかに、時に激しく行われた忘年会でとても楽しかったです!金光さんが「本当は卒業したかった、袴きたかった」と仰ってる姿に思わず涙がこみ上げてしまいました。それを察しての先輩方のサプライズ企画ぶり、とてもわくわくしました!ゼミという少人数の組織で、楽しいことのみではなくつらいことも共有してきた仲間だからこそできるとても温かいゼミを実感できて、その一員でいられることを嬉しく思いました。
来年からはいよいよ5期生主導になりますが、自分たちが金ゼミにいてよかった!と思うところをしっかりと引き継いでいき、さらなる発展を目指して共に成長していきたいと強く思いました。
2010年12月10日金曜日
1210ゼミの感想【高橋】
各々の嗜好が反映されていてプレゼンを聴いていて楽しかったです。
オススメの本はどれも面白そうなものばかりで、取り寄せたりメディアで借りるのが楽しみです。本貸出争奪戦に負けないようにしたいところです。口コミをよく参考にする性質なので今回このようにオススメ本を教えて頂けて助かりました。「あたり」本のにおいがぷんぷんしてます。
個人的にプレゼン中一番印象に残ったのが、岸本さんがいってらした「昔の人が抱いた未来に興味がある」という言葉。昔の人が技術の発達をみこして描いた未来像はどのようなものなのか。果たして現代と比べてどう違っていて、どう的中しているのか。それを考えることで新しいヒントが隠されているかもしれないし、逆に先人たちから学ぶ新たな視点を養うことが出来ると思い共感しました。
そして、大関さんの『二十歳のころ』について。今年の初めに二十歳になった私はまさに今がその「二十歳のころ」で、もし仮に自分が数十年後同じようにインタビューされたらどう答えることができるか考えるきっかけになりました。自分のやりたいことに打ち込める大事な時期、もっと貪欲により充実した日々を過ごすことによってさらなる自分の成長につなげたいと身の引きしまる思いがしました。
オススメの本はどれも面白そうなものばかりで、取り寄せたりメディアで借りるのが楽しみです。本貸出争奪戦に負けないようにしたいところです。口コミをよく参考にする性質なので今回このようにオススメ本を教えて頂けて助かりました。「あたり」本のにおいがぷんぷんしてます。
個人的にプレゼン中一番印象に残ったのが、岸本さんがいってらした「昔の人が抱いた未来に興味がある」という言葉。昔の人が技術の発達をみこして描いた未来像はどのようなものなのか。果たして現代と比べてどう違っていて、どう的中しているのか。それを考えることで新しいヒントが隠されているかもしれないし、逆に先人たちから学ぶ新たな視点を養うことが出来ると思い共感しました。
そして、大関さんの『二十歳のころ』について。今年の初めに二十歳になった私はまさに今がその「二十歳のころ」で、もし仮に自分が数十年後同じようにインタビューされたらどう答えることができるか考えるきっかけになりました。自分のやりたいことに打ち込める大事な時期、もっと貪欲により充実した日々を過ごすことによってさらなる自分の成長につなげたいと身の引きしまる思いがしました。
2010年12月9日木曜日
【ホンヨミ!1210②】トリプルメディアマーケティング【高橋】
『トリプルメディアマーケティング~ソーシャルメディア、自社メディア、広告の連携戦略』 横山隆治(著)
読みやすい、面白い、わりと新しい(2010年7月刊行)。おすすめです。
①トリプルメディア
買うメディア、所有する(自社)メディア、ソーシャルメディアの3つを指すことば。これらを巧みに連携させてマーケティング活動全体をデザインすることが求められている。消費者インサイトが重要となるなか、特にソーシャルメディアの出現によって「関わり」「絆」「評判」というサイクルが出来上がった。より身近に消費者を感じられるシステムになっている一方で、広告というものにもはや見向きもしなくなってきているのが現状としてある。その課題を解決するために広告をだす側はいかにして消費者を巻き込んで「おしつけがましくない」宣伝活動を行うことができるかが試されている。
②行動ターゲティングとリターゲティング
ユーザーの興味関心を特定し、対象者だけに広告を配信する仕組み。関連情報しか得られないのではないかと思う一方で、COACHのPOPPYがブレイクしたきっかけがCOACHファン限定先行配信情報があったことが一つの要因だとされていることに気付き、ファンだけが得られる「優越感」を敢えて味わせるということも手段となりうるのかと思った。そこでリターゲティング(再訪問)を促す手法)につなげることも十分に考えられるだろう。
③自分事化・仲間事化・社会事化
自分のための情報だと思わせることが「自分事化」、社会の一員である、あるいは属したいと思わせるのが「社会事化」、自分たちのための情報であったりその仲間に入りたいと思わせのが「仲間事化」。
すべての項目をクリアしてはじめてソーシャル性を生む大きな印象を与えることができ、メッセージ性の強いものにすることができる。そのアイディアたる解決策はまだまだ発展途上の段階である。しかし、そうやって社会が連携していく流れの手助けを企業を利益と併せて追求できたら面白いと思った。
読みやすい、面白い、わりと新しい(2010年7月刊行)。おすすめです。
①トリプルメディア
買うメディア、所有する(自社)メディア、ソーシャルメディアの3つを指すことば。これらを巧みに連携させてマーケティング活動全体をデザインすることが求められている。消費者インサイトが重要となるなか、特にソーシャルメディアの出現によって「関わり」「絆」「評判」というサイクルが出来上がった。より身近に消費者を感じられるシステムになっている一方で、広告というものにもはや見向きもしなくなってきているのが現状としてある。その課題を解決するために広告をだす側はいかにして消費者を巻き込んで「おしつけがましくない」宣伝活動を行うことができるかが試されている。
②行動ターゲティングとリターゲティング
ユーザーの興味関心を特定し、対象者だけに広告を配信する仕組み。関連情報しか得られないのではないかと思う一方で、COACHのPOPPYがブレイクしたきっかけがCOACHファン限定先行配信情報があったことが一つの要因だとされていることに気付き、ファンだけが得られる「優越感」を敢えて味わせるということも手段となりうるのかと思った。そこでリターゲティング(再訪問)を促す手法)につなげることも十分に考えられるだろう。
③自分事化・仲間事化・社会事化
自分のための情報だと思わせることが「自分事化」、社会の一員である、あるいは属したいと思わせるのが「社会事化」、自分たちのための情報であったりその仲間に入りたいと思わせのが「仲間事化」。
すべての項目をクリアしてはじめてソーシャル性を生む大きな印象を与えることができ、メッセージ性の強いものにすることができる。そのアイディアたる解決策はまだまだ発展途上の段階である。しかし、そうやって社会が連携していく流れの手助けを企業を利益と併せて追求できたら面白いと思った。
【ホンヨミ!1210①】Webマーケティング/広告戦略のセオリー【高橋】
『Webマーケティング/広告戦略のセオリー』 Catherine Seda(著)森本 眞吾(訳)住 太陽(監訳)
Webプロフェッショナルのための黄金則
SEO・ソーシャルメディアやブログからメールアフェリエイト・PPC・コミュニティ・のビジネス活用
タイトルの惹かれて借りたら結構技術的なことがかかれていて後ずさりしてしまいそうになりましたが、企業側のWebマーケティングについて読めて新鮮でした。デジタル展開する経営者が読むのに最適な本だと思います。
①コーズマーケティング
コーズマーケティングとは、営利企業が非営利団体を何らかの形で支え、そのような活動を支持していることをマーケティング上の優位点とするもの。コミュニティに参加するため、そしてマーケターがコミュニティに貢献するための方法としてとられる。
これはCSR(企業の社会的責任)に通ずるものがあると思った。非営利団体は財政的支援を受けられる一方で、営利企業は社会貢献といったプラスイメージを消費者にもってもらうことができて、認知度・好感度に繋げることができる。企業イメージが高ければ、競合他社に差をつけることができる可能性が高い。Web上では十分にまだ行われていないとされているコーズマーケティング。Web進出がどんどん進んでより消費者とのインタラクションが活かせる日が来るのではないだろうか。
②行動ターゲティング
行動ターゲティングとは、Web上での行動の履歴に基づいて広告を表示すること。
プラス面:関連情報を探していた人々に対して、その内容とは関係のないサイトまたはブログにいる時にも広告を表示できること。
マイナス面:潜在的な不正確さとプライバシーに対する懸念。
まさに個人論文に通ずるとこだが、読んでいて考えたことは関連情報だけで私たちは満足するのだろうか、ということ。まったく関係ない広告だけど目にしたとき気になるきっかけづくりになることだってある。また、関連情報を探していると予見することはその正確さに疑問を抱かずにはいられない。
行動ターゲティングは一見win-winのように見えて、いくら広告といえども視野を狭めてしまいことを誘因しかねないだろうか。
③偶発的なマーケティングの可能性
カスタマーレビューは検索結果での見つけやすさに貢献し得る。検索エンジンが見つけ、Web世界全体に露出することを想定した上でレビューを書くとこで間接的に宣伝につなげることができ、口コミの先駆けとなれるかもしれない。自己宣伝はすべきではないが、上手く実行できたら一つの宣伝の機会にすることができる。マーケティングを意図してレビューを書いたわけではなくても結果的にマーケティングに繋がればそれは「偶発的なマーケティング」なのである。
Webプロフェッショナルのための黄金則
SEO・ソーシャルメディアやブログからメールアフェリエイト・PPC・コミュニティ・のビジネス活用
タイトルの惹かれて借りたら結構技術的なことがかかれていて後ずさりしてしまいそうになりましたが、企業側のWebマーケティングについて読めて新鮮でした。デジタル展開する経営者が読むのに最適な本だと思います。
①コーズマーケティング
コーズマーケティングとは、営利企業が非営利団体を何らかの形で支え、そのような活動を支持していることをマーケティング上の優位点とするもの。コミュニティに参加するため、そしてマーケターがコミュニティに貢献するための方法としてとられる。
これはCSR(企業の社会的責任)に通ずるものがあると思った。非営利団体は財政的支援を受けられる一方で、営利企業は社会貢献といったプラスイメージを消費者にもってもらうことができて、認知度・好感度に繋げることができる。企業イメージが高ければ、競合他社に差をつけることができる可能性が高い。Web上では十分にまだ行われていないとされているコーズマーケティング。Web進出がどんどん進んでより消費者とのインタラクションが活かせる日が来るのではないだろうか。
②行動ターゲティング
行動ターゲティングとは、Web上での行動の履歴に基づいて広告を表示すること。
プラス面:関連情報を探していた人々に対して、その内容とは関係のないサイトまたはブログにいる時にも広告を表示できること。
マイナス面:潜在的な不正確さとプライバシーに対する懸念。
まさに個人論文に通ずるとこだが、読んでいて考えたことは関連情報だけで私たちは満足するのだろうか、ということ。まったく関係ない広告だけど目にしたとき気になるきっかけづくりになることだってある。また、関連情報を探していると予見することはその正確さに疑問を抱かずにはいられない。
行動ターゲティングは一見win-winのように見えて、いくら広告といえども視野を狭めてしまいことを誘因しかねないだろうか。
③偶発的なマーケティングの可能性
カスタマーレビューは検索結果での見つけやすさに貢献し得る。検索エンジンが見つけ、Web世界全体に露出することを想定した上でレビューを書くとこで間接的に宣伝につなげることができ、口コミの先駆けとなれるかもしれない。自己宣伝はすべきではないが、上手く実行できたら一つの宣伝の機会にすることができる。マーケティングを意図してレビューを書いたわけではなくても結果的にマーケティングに繋がればそれは「偶発的なマーケティング」なのである。
2010年12月4日土曜日
1203ゼミの感想【高橋】
①Guest Speaker: 加藤嘉一氏
中国語もできない、中国に知り合いもいない、中国の通貨さえ持っていない。そういったまさに0からのスタートで未知の世界に飛び込んだ加藤さんのバイタリティーは並大抵のものではないと思っていたが、実際にお会いしてお話を伺ってまさに中国色に染まっている感じがし、ものすごい努力をされたことと感じた。私の知る限り、中国人の友達はみんなまさにアグレッシブで自分の意見をしっかり持っている人たちで、加藤さんの言う北京大学での質疑応答の光景がとてもよくわかった。ただ単に国民性・文化の違いという言葉だけでわかった気になって、なぜそもそもこんなにも日本と違うのか考えたこともなかったが、その発言力の違いは、情報規制がある中で何が本当なのかを常に問い続ける姿勢から起因していることが一つの要因だと知ることができた。日本ではメディアが第4の権力と称されるほど強大な影響力をもっているとされている。私たちは日ごろその情報を鵜呑みにしがちだ。しかし、中国は違う。与えられた情報だけがすべてではないことを理解していて、それに対して疑いの目を常に持っている。それが当たり前になっているからこそ全体的にみてこれほどの違いがあるのではないだろうかと思った。
日本を一歩出たらいくらでも自分を「日本人」と自覚せざるを得ない機会がたくさんあって、そこでは必ず自分の意見が求められる。そしてそれはしばしば「私個人の意見」というよりは「一日本人としての意見」と受け止められることが多い。日本のことをもっと知りたい、それでから世界に目を向けたい。自分が日本の大学で政治学を学ぶ目的を思い出すことができた良い機会でした。
お忙しい中お越し頂きありがとうございました。
②NC:次世代TV
スカパー!などケーブルチャンネルに月額料金払って利用していることを考えれば、クリエイターと視聴者の間でinteractionがあってそこに報酬として料金が支払われるのはキー局独占状態のTVの改革に繋がる可能性があるのかもしれないと思った。しかしながら、一口にクリエイターといってもプロとアマの差は歴然で、ケーブルに流れるものはあくまでプロが創ったものであるから料金が支払われているのであり、アマチュアが創った政策物を果たしてネットでは無料のものをTVの高画質・大画面という利点だけで視聴者側から料金を徴収するかは微妙なとこだと思った。ニコニコ動画は個人の嗜好に合わせて楽しむ、YouTubeはPVなど比較的Officialなものをみるときなど使い分けることが多いと思うが、それをわざわざTVで他者(多くは家族だろう)と共有することを本当に私たちは好んでするだろうか。
技術的には可能なことだと思うが、課金システムなどお金の流れに若干の疑問を持たざるを得なかった。それでも、時代は進化していて、「絶対にありえない」ということは絶対にありえない。一見実現しないように思えるものでも、人々が受け入れてそれが当たり前になればそれは爆発的にヒットしてしまうものである。どう人々の間で伝播して、明確な料金システムが構築されるか。2008年のフォーラムからまだ2年の現在。2015年までのあと5年。一体どう進化しているのだろうか。25歳になった自分が新しいTVの在り方に順応しているのか考えるとなんだかわくわくした。
中国語もできない、中国に知り合いもいない、中国の通貨さえ持っていない。そういったまさに0からのスタートで未知の世界に飛び込んだ加藤さんのバイタリティーは並大抵のものではないと思っていたが、実際にお会いしてお話を伺ってまさに中国色に染まっている感じがし、ものすごい努力をされたことと感じた。私の知る限り、中国人の友達はみんなまさにアグレッシブで自分の意見をしっかり持っている人たちで、加藤さんの言う北京大学での質疑応答の光景がとてもよくわかった。ただ単に国民性・文化の違いという言葉だけでわかった気になって、なぜそもそもこんなにも日本と違うのか考えたこともなかったが、その発言力の違いは、情報規制がある中で何が本当なのかを常に問い続ける姿勢から起因していることが一つの要因だと知ることができた。日本ではメディアが第4の権力と称されるほど強大な影響力をもっているとされている。私たちは日ごろその情報を鵜呑みにしがちだ。しかし、中国は違う。与えられた情報だけがすべてではないことを理解していて、それに対して疑いの目を常に持っている。それが当たり前になっているからこそ全体的にみてこれほどの違いがあるのではないだろうかと思った。
日本を一歩出たらいくらでも自分を「日本人」と自覚せざるを得ない機会がたくさんあって、そこでは必ず自分の意見が求められる。そしてそれはしばしば「私個人の意見」というよりは「一日本人としての意見」と受け止められることが多い。日本のことをもっと知りたい、それでから世界に目を向けたい。自分が日本の大学で政治学を学ぶ目的を思い出すことができた良い機会でした。
お忙しい中お越し頂きありがとうございました。
②NC:次世代TV
スカパー!などケーブルチャンネルに月額料金払って利用していることを考えれば、クリエイターと視聴者の間でinteractionがあってそこに報酬として料金が支払われるのはキー局独占状態のTVの改革に繋がる可能性があるのかもしれないと思った。しかしながら、一口にクリエイターといってもプロとアマの差は歴然で、ケーブルに流れるものはあくまでプロが創ったものであるから料金が支払われているのであり、アマチュアが創った政策物を果たしてネットでは無料のものをTVの高画質・大画面という利点だけで視聴者側から料金を徴収するかは微妙なとこだと思った。ニコニコ動画は個人の嗜好に合わせて楽しむ、YouTubeはPVなど比較的Officialなものをみるときなど使い分けることが多いと思うが、それをわざわざTVで他者(多くは家族だろう)と共有することを本当に私たちは好んでするだろうか。
技術的には可能なことだと思うが、課金システムなどお金の流れに若干の疑問を持たざるを得なかった。それでも、時代は進化していて、「絶対にありえない」ということは絶対にありえない。一見実現しないように思えるものでも、人々が受け入れてそれが当たり前になればそれは爆発的にヒットしてしまうものである。どう人々の間で伝播して、明確な料金システムが構築されるか。2008年のフォーラムからまだ2年の現在。2015年までのあと5年。一体どう進化しているのだろうか。25歳になった自分が新しいTVの在り方に順応しているのか考えるとなんだかわくわくした。
2010年12月3日金曜日
【ホンヨミ!1203②】クリティーク多文化、異文化【高橋】
『クリティーク多文化、異文化』 馬渕仁(著)
①市場の社会的深化
Globalization=「すべての国に自由市場資本主義経済の浸透」だと定義されている。つまり、経済的な影響からGlobalizationがおこり、市場が社会的に浸透することで文化と経済の相互浸透がおこるとしている。国家と市場が新しく複合的な方法で絡みあうこと。人の移動に経済が深く関わっていて、その範囲が広がることで多文化がもたらされ、ゆえにGlobalizationたる現象がおきる。
②「日本人論」
「日本人は勤勉で控えめで平和主義で○○○…。」などといった「日本人論」という勝手な決めつけは繰り返されることによって再認識され再強化されどんどん根付いていく。これこそが「エピソードに基づく一般化」なのである。この理論が持ち出される度に悪循環を招いているのである。これは決して日本人に限ったことではない。どんな集団に所属していても、個人を大きな枠組みに当てはめて一般化することは固定観念へ繋がり、やがてそれは偏見になってしまう危険性が大いにある。私はなるべく偏った見方をしたくない。特に人に対してはより強くそう思う。一般化を安易にしてしまわないように自ら気をつける重要性を知った。
③文化的統合と社会的統合
文化的に統合されていても、雇用などの面において社会的にはまだ統合しきれていない部分がある。たとえばフランス。アフリカ系やトルコ系などの移民が多い中、雇用の面でまだ統合しきれていない問題が深刻になっている。社会的に統合するためには、自分意外の誰かに想像を及ぼすことが人間である上で最も重要であるし、共生の大きな一歩に繋がることとなる。
①市場の社会的深化
Globalization=「すべての国に自由市場資本主義経済の浸透」だと定義されている。つまり、経済的な影響からGlobalizationがおこり、市場が社会的に浸透することで文化と経済の相互浸透がおこるとしている。国家と市場が新しく複合的な方法で絡みあうこと。人の移動に経済が深く関わっていて、その範囲が広がることで多文化がもたらされ、ゆえにGlobalizationたる現象がおきる。
②「日本人論」
「日本人は勤勉で控えめで平和主義で○○○…。」などといった「日本人論」という勝手な決めつけは繰り返されることによって再認識され再強化されどんどん根付いていく。これこそが「エピソードに基づく一般化」なのである。この理論が持ち出される度に悪循環を招いているのである。これは決して日本人に限ったことではない。どんな集団に所属していても、個人を大きな枠組みに当てはめて一般化することは固定観念へ繋がり、やがてそれは偏見になってしまう危険性が大いにある。私はなるべく偏った見方をしたくない。特に人に対してはより強くそう思う。一般化を安易にしてしまわないように自ら気をつける重要性を知った。
③文化的統合と社会的統合
文化的に統合されていても、雇用などの面において社会的にはまだ統合しきれていない部分がある。たとえばフランス。アフリカ系やトルコ系などの移民が多い中、雇用の面でまだ統合しきれていない問題が深刻になっている。社会的に統合するためには、自分意外の誰かに想像を及ぼすことが人間である上で最も重要であるし、共生の大きな一歩に繋がることとなる。
2010年12月2日木曜日
【ホンヨミ!1203①】環状島【高橋】
『環状島―トラウマの地政学』 宮地尚子(著)
①外側・内側
環状島モデルを用いて、その構造の内側と外側で区分けして当事者と非当事者を分けて分析している。例えば移民や先住民族など、国内では「よそ者」扱いされる人々を内側にしたとき、内側にいる人たちはどうしたって逃れられない状況にあるが、外側の人たちは支援者であれ傍観者であれ自ら簡単に手を引くことができる。傍観者で無関心でいることが一番危険なことで、「相手にしなければよい」「関わったらロクなことがない」という言葉は両者の溝をさらに深めてしまうだけになる。しかしながら、支援者は勝手に当事者のことを決めつけている可能性もある。例えば人権団体がアフリカの女子割礼を人権侵害だとして廃止を「支援」する動きがあったとき、割礼されている側のアフリカ女性たちは「名誉ある行為」であるのに勝手なことをするな、と「支援されている」側であるはずの方から反発を受けた事例がある。おしつけがましい「支援」となってしまっていて、勝手に当事者のことを決めつける自己満足に他ならない場合もあるのである。しかしながら、彼らがいることでissue化されて世間に問題提起をすることを可能にしているのも事実である。傍観者にせよ支援者にせよ、自分次第ですぐに手を引くができるのが当事者と決定的に違うところであり、その立ち位置たるpositionalityを私たちは自覚する必要があるのだ。まったくの無知無関心はパターナリズムを生みやすいのである。
②グレーゾーン
当事者・非当事者を併せ持つのが「グレーゾーン」の人々である。個人的に自分はここに属する人間なのかなと思った。生まれと育ちが一致するようで微妙にしない、どこで育ったかといわれると返答に少し困ってしまう、いわば根なし草だからこそ日本では異質者とみられたこともあり、外国でも異国からきた人ということで良い意味でも悪い意味でも差別された経験があるからだ。ただ日本国内にいると細かい話までしない限り「傍観者」であることが多い。どちら側にも立てるゆえに簡単にどちら側にも転ぶことができる。このゾーンに属するからこそ両者の橋渡しに貢献できる可能性があるのではないかと本書を読んで思った。
③投企的同一化
しかしながらグレーゾーンだからといってすべてを理解できているわけではない。投企的同一化をすることによって当事者の思いまで理解できる場合もあれば、自分の経験と照らし合わせて考えて、支援者同様勝手に自分に置き換えて決めつけてしまう危険性も孕んでいる。本当に被害者・当事者の位置に立てているのだろうか?自分のフィルターを通して決めつけていないか?これを常に問い続けなくては見失ってしまうだろう。
多文化共生、社会的統合。本当の意味での相互理解とは何か。
①外側・内側
環状島モデルを用いて、その構造の内側と外側で区分けして当事者と非当事者を分けて分析している。例えば移民や先住民族など、国内では「よそ者」扱いされる人々を内側にしたとき、内側にいる人たちはどうしたって逃れられない状況にあるが、外側の人たちは支援者であれ傍観者であれ自ら簡単に手を引くことができる。傍観者で無関心でいることが一番危険なことで、「相手にしなければよい」「関わったらロクなことがない」という言葉は両者の溝をさらに深めてしまうだけになる。しかしながら、支援者は勝手に当事者のことを決めつけている可能性もある。例えば人権団体がアフリカの女子割礼を人権侵害だとして廃止を「支援」する動きがあったとき、割礼されている側のアフリカ女性たちは「名誉ある行為」であるのに勝手なことをするな、と「支援されている」側であるはずの方から反発を受けた事例がある。おしつけがましい「支援」となってしまっていて、勝手に当事者のことを決めつける自己満足に他ならない場合もあるのである。しかしながら、彼らがいることでissue化されて世間に問題提起をすることを可能にしているのも事実である。傍観者にせよ支援者にせよ、自分次第ですぐに手を引くができるのが当事者と決定的に違うところであり、その立ち位置たるpositionalityを私たちは自覚する必要があるのだ。まったくの無知無関心はパターナリズムを生みやすいのである。
②グレーゾーン
当事者・非当事者を併せ持つのが「グレーゾーン」の人々である。個人的に自分はここに属する人間なのかなと思った。生まれと育ちが一致するようで微妙にしない、どこで育ったかといわれると返答に少し困ってしまう、いわば根なし草だからこそ日本では異質者とみられたこともあり、外国でも異国からきた人ということで良い意味でも悪い意味でも差別された経験があるからだ。ただ日本国内にいると細かい話までしない限り「傍観者」であることが多い。どちら側にも立てるゆえに簡単にどちら側にも転ぶことができる。このゾーンに属するからこそ両者の橋渡しに貢献できる可能性があるのではないかと本書を読んで思った。
③投企的同一化
しかしながらグレーゾーンだからといってすべてを理解できているわけではない。投企的同一化をすることによって当事者の思いまで理解できる場合もあれば、自分の経験と照らし合わせて考えて、支援者同様勝手に自分に置き換えて決めつけてしまう危険性も孕んでいる。本当に被害者・当事者の位置に立てているのだろうか?自分のフィルターを通して決めつけていないか?これを常に問い続けなくては見失ってしまうだろう。
多文化共生、社会的統合。本当の意味での相互理解とは何か。
2010年11月28日日曜日
1126ゼミ感想【高橋】
<論文中間発表>
胃痛が深刻になるくらい緊張感がある雰囲気で臨めました。やはりオンオフは大事です。
そもそも発表する際に自分の問題意識は軸がブレてしまったいないか不安だったのですが、実際に口に出して発表したり、Feedbackで突っ込んで頂いたときに自分の中で整理できて自信が持てました。調べて考えれば考えるほど他の視点が生まれて迷走してしまっているのではないかと感じ、テーマ設定を変えなくてはならないのかとさえ感じていました。しかし、自分の思いの丈を発表して自分の中で整理できることができてよかったです。
また、当然のことながら改めてFeedbackの重要性を実感しました。SNSの収益の構造理解から始まってリサーチしたものの、大事なお金の具体的な流れや数値が抜け落ちていることに気付きました。何か発表に薄っぺらさというか、情報に重みが足りないと感じていたものがまさにそれで、説得力を裏付ける要素をもっと調べなくてはならないと感じました。
日米比較を視野にいれてさらに知識を増やして、その過程で感じた問題意識とそれに対する仮説を論文の中で展開していくことができたらと思います。
胃痛が深刻になるくらい緊張感がある雰囲気で臨めました。やはりオンオフは大事です。
そもそも発表する際に自分の問題意識は軸がブレてしまったいないか不安だったのですが、実際に口に出して発表したり、Feedbackで突っ込んで頂いたときに自分の中で整理できて自信が持てました。調べて考えれば考えるほど他の視点が生まれて迷走してしまっているのではないかと感じ、テーマ設定を変えなくてはならないのかとさえ感じていました。しかし、自分の思いの丈を発表して自分の中で整理できることができてよかったです。
また、当然のことながら改めてFeedbackの重要性を実感しました。SNSの収益の構造理解から始まってリサーチしたものの、大事なお金の具体的な流れや数値が抜け落ちていることに気付きました。何か発表に薄っぺらさというか、情報に重みが足りないと感じていたものがまさにそれで、説得力を裏付ける要素をもっと調べなくてはならないと感じました。
日米比較を視野にいれてさらに知識を増やして、その過程で感じた問題意識とそれに対する仮説を論文の中で展開していくことができたらと思います。
2010年11月15日月曜日
1112ゼミ感想【高橋】
①NC<21世紀型の日本のidentity~今後の文化発信のあり方>
Public Diplomacy、 Soft Power外交などは去年の国際政治学基礎で学んだ用語だったので、その事柄について実践的なグループワークが行えてとても興味深かったです。
「メディア力」を一国に当てはめたとき、brandingをするのがグローバル社会で埋もれないためにも必要なわけで、教育・メディア・文化活動の三本柱で形作っていく考えに共感しました。
Public Diplomacyの手法を考えるグループワークは新鮮で、スケールの大きい「国」を扱う広報は新鮮で、どこをとがらせて「セールスポイント」にして効果的に届けるか。とても悩みました。
現代社会の風潮はもはやpassiveではなく、interactiveに変わっていて、それは政治も例外ではなくなっている。企業がもつノウハウを国にも活かして、国内のみならず海外の国との文化発信・交流のあり方はまだまだ模索段階で、特に日本では未開拓だからこそとても大きな可能性を感じた。
②Presentation Kim(+論文について)
『何を発信するのか』軸をしっかり定める。
軸がぶれたら論文でもプレゼンでも崩壊する。だからこそ『何を伝えたいのか』をつきつめる。
相関図やフローを考え、図式化することは改めて大事だと思った。もちろん自分の考えを整理するためもあるが、他人がみたときも文章や口頭でいうだけよりも図があった方が視覚的にも理解しやすいものとなるからだ。人間に備わっている感覚器官をふんだんに使って伝えていく。やる方も聴く方も楽しいプレゼンになる、そんな理想の形を模索していきたいと感じた。
また、言葉を定義しておくことの重要性を改めて思いました。人間たるものまったく同じ価値観を共有しているわけではないし、微妙なニュアンスの差異が大きな違いを生み出すことがあることに気をつけなくてはならない。
③阿久津さん(1期生)
実際に入社してみないとわからないような生の声をお聞きすることができて参考になりました。社内の風潮は純・日本的だとしつつも、企業のグローバル化というものは実際に起きているんだなと実感しました。伝統とグローバル化がどのように融合されていくのか興味を持ちました。
----------------------
個人論文
当初Twitterを用いるとしていましたが、調べるうちにTwitter広告には種類が既にたくさんあるので新鮮味が薄れるなーと思い、Facebook広告における分析・今後の可能性(考えられる「理想」の形?)を研究しようと思います。認知・広報活動にフォーカスしたいです。より多くの関連ユーザーに認知してもらって、結果的に売り上げに繋がるという流れの効果的な手法。まだまだ軸がしっかりしていないので、もっとリサーチを進めて固定させていきたいです。
リサーチをしていて面白いと思った関連記事があったので載せます。
http://blog.livedoor.jp/ikiradio/archives/51529599.html
Public Diplomacy、 Soft Power外交などは去年の国際政治学基礎で学んだ用語だったので、その事柄について実践的なグループワークが行えてとても興味深かったです。
「メディア力」を一国に当てはめたとき、brandingをするのがグローバル社会で埋もれないためにも必要なわけで、教育・メディア・文化活動の三本柱で形作っていく考えに共感しました。
Public Diplomacyの手法を考えるグループワークは新鮮で、スケールの大きい「国」を扱う広報は新鮮で、どこをとがらせて「セールスポイント」にして効果的に届けるか。とても悩みました。
現代社会の風潮はもはやpassiveではなく、interactiveに変わっていて、それは政治も例外ではなくなっている。企業がもつノウハウを国にも活かして、国内のみならず海外の国との文化発信・交流のあり方はまだまだ模索段階で、特に日本では未開拓だからこそとても大きな可能性を感じた。
②Presentation Kim(+論文について)
『何を発信するのか』軸をしっかり定める。
軸がぶれたら論文でもプレゼンでも崩壊する。だからこそ『何を伝えたいのか』をつきつめる。
相関図やフローを考え、図式化することは改めて大事だと思った。もちろん自分の考えを整理するためもあるが、他人がみたときも文章や口頭でいうだけよりも図があった方が視覚的にも理解しやすいものとなるからだ。人間に備わっている感覚器官をふんだんに使って伝えていく。やる方も聴く方も楽しいプレゼンになる、そんな理想の形を模索していきたいと感じた。
また、言葉を定義しておくことの重要性を改めて思いました。人間たるものまったく同じ価値観を共有しているわけではないし、微妙なニュアンスの差異が大きな違いを生み出すことがあることに気をつけなくてはならない。
③阿久津さん(1期生)
実際に入社してみないとわからないような生の声をお聞きすることができて参考になりました。社内の風潮は純・日本的だとしつつも、企業のグローバル化というものは実際に起きているんだなと実感しました。伝統とグローバル化がどのように融合されていくのか興味を持ちました。
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個人論文
当初Twitterを用いるとしていましたが、調べるうちにTwitter広告には種類が既にたくさんあるので新鮮味が薄れるなーと思い、Facebook広告における分析・今後の可能性(考えられる「理想」の形?)を研究しようと思います。認知・広報活動にフォーカスしたいです。より多くの関連ユーザーに認知してもらって、結果的に売り上げに繋がるという流れの効果的な手法。まだまだ軸がしっかりしていないので、もっとリサーチを進めて固定させていきたいです。
リサーチをしていて面白いと思った関連記事があったので載せます。
http://blog.livedoor.jp/ikiradio/archives/51529599.html
2010年11月12日金曜日
【ホンヨミ!1112②】JUSTICE【高橋】
『JUSTICE~What's the Right Thing To Do?』 Michael J. Sandel(著)
夜な夜なちょびちょび読み進めてようやく読み終えました。
Podcastの動画(無料)も一緒にみるとより理解が深まって面白かったです。
①Affirmative Action
ここで扱われたのは大学入学に関して。民族多様性促進を優先すべきか、それとも「出来る」順で順当に入学者を認めるべきか。それぞれに側に立ってみて考えると、どちらの言い分も理解できるが、そのバランスをどこで決めるかが本当い難しいと思った。逆差別の問題もあるが、現状のままでいいわけでもない。賛否両論のトピックを多く扱う本著のなかでも特に考えさせられた章の一つであった。結局は見本となるべき大学という教育機関の役割上、民族多様性をとったわけだが、逆差別的視点でみたら自分より点数が低いのに社会的minorityということで選ばれて自分は落ちるというのは理不尽だと感じてしまうだろう。どちらにしたって当人たちに一切の問題があるのではない。社会そのものの問題であり、生まれてくるとき自分の人種やstatusを選ぶことが出来ないだけに一筋縄でいかない難しいトピックだと感じた。
②The Runaway Trolley
トロッコを例に、人の命の重さについて議論している。より多くの命を助けるために一人の命を犠牲にすることは本当に「正しい」ことなのか?命の重さは数の問題で完結できるものなのか?例えば5人の作業員の命を救うために路線変更して1人の命を犠牲にするとする。理由はより多くの命を救うためにやむなくやったとなるだろう。ならば今度は自分が運転手ではなくてトロッコが走るのを橋の上から見る傍観者の場合。5人の作業員が轢かれそうな状況で、隣の身体の大きな男性を付き落とせばトロッコを止めることができる場合、自分は隣の人一人の命を犠牲にして5人の命を救うだろうか。ここでは多くの人はそんなことはせず、ただ5人が轢かれてしまうのを張り裂けそうな思いでみているしかないのだろう。しかし、もし一つ目のケースの理由が命の数を天秤にかけて選らんだというならば2つ目のケースで矛盾してしまうことになる。当たり前に思っていた自分の価値観に風穴をあけられたような気分になって深く考えてしまったことだった。自分ならどうするか…。その理由までつきつめると答えを出せずにいる。偽善を口にするのは簡単だが、「正当」な根拠づけは難しい。
③Pregnancy for Pay
妊娠することができない夫婦が代理出産を頼んでのケース。一つのビジネスとして代理出産する女性と代金を支払う夫婦を取り持つ業者がある。そこに自主的に応募して代理出産をした女性が、実際に子どもを産んだあとになって子どもを引き取りたいと申し出て引き渡さないことから夫婦が訴訟を起こした問題。契約金は支払われているのにも関わらず母としての情から子どもを手放せずにいる女性。ここで触れられていた部分で印象に残ったのが、「自主的」に応募したというとこに疑問を投げかけている箇所。契約金欲しさに社会的に恵まれていない貧困層の人が生きていくために応募したという状況は本当に「自主的」だといえるのか。ある意味では社会に強要された、残された道でしかないのではないかという視点。「自主性」の定義を安易に考えてしまっていたのではないかと考えさせられた。社会からある種「強要」される「自主性」。社会的minorityに実際にならないといくら正論を吐いてもわからない内面の問題で、一見代理出産した女性が全面的に悪いと思いがちだが、その経緯や背景についてもじっくりと考える必要があると思った。それが社会全体をより良くしていくものに繋がるはずなのだから。
夜な夜なちょびちょび読み進めてようやく読み終えました。
Podcastの動画(無料)も一緒にみるとより理解が深まって面白かったです。
①Affirmative Action
ここで扱われたのは大学入学に関して。民族多様性促進を優先すべきか、それとも「出来る」順で順当に入学者を認めるべきか。それぞれに側に立ってみて考えると、どちらの言い分も理解できるが、そのバランスをどこで決めるかが本当い難しいと思った。逆差別の問題もあるが、現状のままでいいわけでもない。賛否両論のトピックを多く扱う本著のなかでも特に考えさせられた章の一つであった。結局は見本となるべき大学という教育機関の役割上、民族多様性をとったわけだが、逆差別的視点でみたら自分より点数が低いのに社会的minorityということで選ばれて自分は落ちるというのは理不尽だと感じてしまうだろう。どちらにしたって当人たちに一切の問題があるのではない。社会そのものの問題であり、生まれてくるとき自分の人種やstatusを選ぶことが出来ないだけに一筋縄でいかない難しいトピックだと感じた。
②The Runaway Trolley
トロッコを例に、人の命の重さについて議論している。より多くの命を助けるために一人の命を犠牲にすることは本当に「正しい」ことなのか?命の重さは数の問題で完結できるものなのか?例えば5人の作業員の命を救うために路線変更して1人の命を犠牲にするとする。理由はより多くの命を救うためにやむなくやったとなるだろう。ならば今度は自分が運転手ではなくてトロッコが走るのを橋の上から見る傍観者の場合。5人の作業員が轢かれそうな状況で、隣の身体の大きな男性を付き落とせばトロッコを止めることができる場合、自分は隣の人一人の命を犠牲にして5人の命を救うだろうか。ここでは多くの人はそんなことはせず、ただ5人が轢かれてしまうのを張り裂けそうな思いでみているしかないのだろう。しかし、もし一つ目のケースの理由が命の数を天秤にかけて選らんだというならば2つ目のケースで矛盾してしまうことになる。当たり前に思っていた自分の価値観に風穴をあけられたような気分になって深く考えてしまったことだった。自分ならどうするか…。その理由までつきつめると答えを出せずにいる。偽善を口にするのは簡単だが、「正当」な根拠づけは難しい。
③Pregnancy for Pay
妊娠することができない夫婦が代理出産を頼んでのケース。一つのビジネスとして代理出産する女性と代金を支払う夫婦を取り持つ業者がある。そこに自主的に応募して代理出産をした女性が、実際に子どもを産んだあとになって子どもを引き取りたいと申し出て引き渡さないことから夫婦が訴訟を起こした問題。契約金は支払われているのにも関わらず母としての情から子どもを手放せずにいる女性。ここで触れられていた部分で印象に残ったのが、「自主的」に応募したというとこに疑問を投げかけている箇所。契約金欲しさに社会的に恵まれていない貧困層の人が生きていくために応募したという状況は本当に「自主的」だといえるのか。ある意味では社会に強要された、残された道でしかないのではないかという視点。「自主性」の定義を安易に考えてしまっていたのではないかと考えさせられた。社会からある種「強要」される「自主性」。社会的minorityに実際にならないといくら正論を吐いてもわからない内面の問題で、一見代理出産した女性が全面的に悪いと思いがちだが、その経緯や背景についてもじっくりと考える必要があると思った。それが社会全体をより良くしていくものに繋がるはずなのだから。
【ホンヨミ!1112①】聴き上手【高橋】
『聴き上手~なぜあの人には話したくなるのか』 永崎一則(著)
聴き下手なとこを克服したいです。そのヒントとなるものをいくつか見つけることができました。
①心を亡ぼす=忙しい
忙しすぎると他人のよさ、人の話の大事な意味がわからなくなり、人の話に耳を傾ける余裕がなくなってしまう。自分に余裕があると人の話もじっくり聴くことができるのに、自分のことで精一杯になると他人の話さえ頭に入ってこなくなってしまう。忙しいときでも変わらず人の話にしっかりと耳を傾けることができる心の余裕も持ちたいと思った。そのためにも物事を合理的に処理しないと余裕たるものは生まれないのだろう。忙しくしているだけでなんだか充実している気分になる。しかしその反面、自分のことにしか頭がいかないことが多くなり、人が話していることの本質を捉えることができなくなってしまうのは非常にもったいないことだ。新しい発見や価値観は、他人から得ることが多いにあるにもかかわらず、その機を自分で逸してしまう。そうならないように忙しいときでも意識して人の話をよく聴ける人になりたい。
②先入観の排除
何においても先入観・偏見をもたない人でいたいと思っているものの、どうしたって人の話を聴くときは自分の頭にある要素と絡ませて考えてしまうため、話し手の意図していないことを考えてしまっていることがあるのかもしれない。まったく白紙にして他人の話を聴くというのは、なかなかできないことである。しかし、意識して自分の中にある価値観に結びつけないようにする努力は必要だと思った。真意をつかめる力を発揮できるように、虚心坦懐に、即ち素直な心をもって、相手の話に耳を傾けることを意識する必要があると感じた。
③対応上手
「聴き上手、すなわち話させ上手は、対応上手」。人の話を正しく理解するために相手の話の真意を知ることが必要で、そのためには人の話をよく聴き、よく訊くようにする態度が大切だ。ただうなずくだけなら聞き流し上手とでもいうのだろう。「聴く」ということは相手の話をしっかり理解して、自分の頭でその内容について何らかの考えをすることができることだと私は感じた。そのために、自分の確認したい内容を話させる、つまり訊く力によってより深い理解をする。深い理解からその後の対応もよりよいものとなる。聴き上手は結局は対応上手ということまで考えることができる。「聴く」という動作一つとっても大変な気配りが大事なんだなと改めて思った。
聴き下手なとこを克服したいです。そのヒントとなるものをいくつか見つけることができました。
①心を亡ぼす=忙しい
忙しすぎると他人のよさ、人の話の大事な意味がわからなくなり、人の話に耳を傾ける余裕がなくなってしまう。自分に余裕があると人の話もじっくり聴くことができるのに、自分のことで精一杯になると他人の話さえ頭に入ってこなくなってしまう。忙しいときでも変わらず人の話にしっかりと耳を傾けることができる心の余裕も持ちたいと思った。そのためにも物事を合理的に処理しないと余裕たるものは生まれないのだろう。忙しくしているだけでなんだか充実している気分になる。しかしその反面、自分のことにしか頭がいかないことが多くなり、人が話していることの本質を捉えることができなくなってしまうのは非常にもったいないことだ。新しい発見や価値観は、他人から得ることが多いにあるにもかかわらず、その機を自分で逸してしまう。そうならないように忙しいときでも意識して人の話をよく聴ける人になりたい。
②先入観の排除
何においても先入観・偏見をもたない人でいたいと思っているものの、どうしたって人の話を聴くときは自分の頭にある要素と絡ませて考えてしまうため、話し手の意図していないことを考えてしまっていることがあるのかもしれない。まったく白紙にして他人の話を聴くというのは、なかなかできないことである。しかし、意識して自分の中にある価値観に結びつけないようにする努力は必要だと思った。真意をつかめる力を発揮できるように、虚心坦懐に、即ち素直な心をもって、相手の話に耳を傾けることを意識する必要があると感じた。
③対応上手
「聴き上手、すなわち話させ上手は、対応上手」。人の話を正しく理解するために相手の話の真意を知ることが必要で、そのためには人の話をよく聴き、よく訊くようにする態度が大切だ。ただうなずくだけなら聞き流し上手とでもいうのだろう。「聴く」ということは相手の話をしっかり理解して、自分の頭でその内容について何らかの考えをすることができることだと私は感じた。そのために、自分の確認したい内容を話させる、つまり訊く力によってより深い理解をする。深い理解からその後の対応もよりよいものとなる。聴き上手は結局は対応上手ということまで考えることができる。「聴く」という動作一つとっても大変な気配りが大事なんだなと改めて思った。
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