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2011年5月15日日曜日

ブログ移転のお知らせ

金ゼミブログは2011年度版へ移行します。
http://kimseminar2011.blog.fc2.com/
今後ともご愛読よろしくお願いいたします。

2011年2月26日土曜日

いらっしゃいませ

新入所生のみなさま、こんにちは。
商学部2年の矢野瑶子です。

メディアコム合格おめでとうございます。
入所できて本当にラッキー…1年在籍してみて、ざっくりこう思いますが、1年後皆さんとこの「ラッキー」が共有できることと思います。


さて、いきなり私事で申し訳ないのですが、少し聞いてやってください。
先日私は一つの決断をしました。商学部のゼミに入らない、ということです。少し説明を加えると、メディアコムは2年からゼミが始まりますが、3年からは自分の所属している学部のゼミも始まります。それに入るかは自由ですが、殆どの商学部生はそれに所属し、金ゼミでは約半分の先輩が自分の学部ゼミとの「兼ゼミ」をしてます。
ではなぜ私が兼ゼミを選ばなかったか?それは高橋さんも書いていた「機会の宝」を2年の時に半分も生かせなかったのではないか、と考えたからです。
機会?生かす?具体的に例を挙げたいと思います。
金ゼミでは、金先生の人脈が広いために本当に沢山の素敵なゲストスピーカーが来てくださいます。そこで色々なお話をしてくださって、自分としても非常にたくさんの気付きや知的好奇心、「こんな分野面白そう」「じゃあこっちはどうなんだろう」「これは違うと思う→なんでだろう」…というのが湧くのですが、それに対して答えを十分に出せないままにまた次の機会を得てしまうことが多くありました。その都度本を読んだり・調べたりしてそこに自分なりの答えをもっときちんと見つけるべきでした。
一言で言ってしまえば、消化不良状態です。中身が素晴らしいものだからこそ余計にもったいない。友達と「○○さんに会ってみたい」「あ、その方うちのゼミにいらっしゃったよ」という会話がこの1年で3回くらいありました。この1年そのような事態になってしまったのは自分が学生団体の活動などで十分な時間が割けなかったからと考え、これ以上時間を他のものに拘束されずにやっていきたい、そう思って下したのがこの決断です。


この話をを通して金ゼミがいかに「きっかけ」「機会」に恵まれているかが伝わってもらえればと思います。
私が言うのも何だかおこがましく聞こえますが、大学生活の中心に置いて「金ゼミに生きる」みたいなことをする価値ありありなんではないかな、と笑。
だから逆に自分を律して積極的に学ぼうとするのが苦手な人には金ゼミは難しいかもしれません。


金ゼミはタスクが多いからエグゼミなのではなくて、与えられている多くの立派な機会とそれを完全に自分のものにするまでのギャップを埋めるのが「エグい」ゼミなのだと思います。



あと、個人的には金ゼミにいる「人」が大好きです。金先生をはじめ(ちなみに私は金先生のオーラに惹かれるがままに入ゼミしました笑)、何でこんなに「知らないこと」がないのか!(「機会の宝」を自分の中で発展・消化しきっているのだと思います)という先輩方、個性豊かな同輩…。ちなみに私たち5期生の今年のモットーは吉田君の言葉を借りれば「仲良いだけは、もう終わり。」そのくらい居心地のいい仲間だと思っています。
皆さんも金ゼミに入っていただければ分かるはずです。


最後になりましたが、みなさんぜひ一度オープンゼミに足を運んでみてください。
そして一緒に勉強できることになりましたら「矢野、最近消化できてる?」と声かけてくださいね。

それでは次は…名前も出てきたことだし、博士こと吉田君よろしくお願いします。

2011年1月15日土曜日

0114ゼミの感想<矢野>

★デジタル化したくないものプレゼン
音田さんの「じゃあ、○○ってデジタルでもよくない?そもそも必要?」という歯切れのよい問いかけに、一回一回その○○の存在意義を確かめながら「あぁ、たしかに」と頷いてしまいそうな自分がいた。例えば一番印象にあるのが、お墓参りはデジタル化してもいいか?という問い。お墓参りの意義を「故人に思いを馳せ、定期的に思いだして感謝すること」としてしまえば、デジタル化は問題はなく、むしろハードルの低くなったデジタル墓参りは推奨されるべきだ。Twitterで故人のbotができてしまって、いつでもその人を振り返れるようになればそれでいいのでは、という意見もあった。しかし、私はそうではないと思う。botがあってそれで満足できるのは、憧れや大事な人であっても「面識のない人」までだと思う。私個人の意見だが、お墓参りや故人を顧みるというのは、そこに、自己満足であれ「対話」の要素が含まれていると思うのだ。例えば、悪いことをして反省をした上で墓石に謝る→(生前の故人の酌量ならば)許してもらえる、と自分で判断して許された気分になる。そんな光景をテレビでよく見るが、自己満足であれ、故人と対話するには、その「偶像」と言ったら語弊があるだろうがその重々しい何か(墓石)が必要なのではないかと思った。完全に精神論であるし私の感覚ベースであるが、考えさせるものがあった。私のプレゼンでも話したが、デジタルはあくまでアナログを補うものであってほしい。墓参りや伝統行事など、人の気持ちに深く関わるようなものにデジタル化するのは反対だ。これには先ほども書いた通りはっきりとした理由があるのではない。「効率化」とか「便宜」という言葉で片付けられてしまえばデジタルが勝つに決まっている。そんな感覚ベースの「守りたいこと」だからこそ、個人個人がその日本人らしさ、人間らしさを保っていこうという気持ちが大事になってくるのだと思う。50年後もお墓参りに行きたいし、お正月を今まで通り祝いたいと深く思った。

★三田論発表
UGCの論文を読んでまず感じたのは図の分かりやすさと、図の有意性がすごく感じられること。さすがこの3人の先輩の班だな、と思い自分もこんな風にできたらいいと思った。私は実際にpixivなどのUGCサイトを利用したことがないが、@コスメなどのサイトは利用したことがあり、コメントが評価されたりとコメント側をモチベートすることが大切という点に関してとても共感できた。
ネット選挙の班で考えさせられたことは、提案していたVGP(Voter Generated Policy)の質に関してである。これに左右されすぎる政治家は必ずしも正しいとは限らないと思う。例えば、消費税の増税が争点となっている時、普通多くの市民は反対するだろう。目に見えてすぐに自分の生活が苦しくなるからだ。一方である政治家は、日本の現状を良く把握して長期的発展を考えその上で消費税増税という結論を出したとする。それに対して、短期的スパンでしかも自分の生活しか見えていない市民が意見を押し通すのはどうだろうか。(日本国民を馬鹿にしているみたいだが)そこまで一般市民全員に日本全体を俯瞰する力も思考する力もない気がする。それを鵜呑みにして迎合する政治家も困るし、市民の声が政策に大きく反映することが当然と市民が考えてしまう時代も怖いなと思った。だからVGPのGeneratedは少し危険なのではないかと考えた。しかし、有権者特に今政治活動に巻き込めていない若者の巻き込みという点に関しては素晴らしいなと思う。もしこのような候補が出てきたら自分もSkypeMに参加したいし、そうすれば自分も必死に政治を勉強するだろうなと思った。


最後に、李先生あっという間でしたが本当にお世話になりありがとうございました。
先生から、「金ゼミはイノベーションのゼミなのに、発表の場があんまりイノベーティブでない」というご指摘を受けました。確かに現状だとそうかもしれません!来期、変えていきたいところだなと強く思いました。

2011年1月13日木曜日

個人論文論評<矢野>

「違法ダウンロードと映画」黄秀仁

近年法改正がなされてごちゃごちゃしているコンテンツの違法問題について分かりやすく述べてあってよかった。また、論文に一貫して、「このままでは映画界が崩壊してしまう」という警鐘がメッセージとしてあって、読んでいてこのままではいけないと私自身も強く感じさせられた。
形式的なところで指摘すると、目次と資料の出典を明記した方がいいと思った。
中身の部分に入ると、概要は黄さんの文章力、語彙力が光っていて、先が読んでみたいと引きつけられた。2章に関しても、現状がきちんと整理してあって、読者の頭の中でもきちんと整理ができた。ただ、せっかくなので黄さんの解釈だけでなく、改正された法の条文を抜粋して載せても良いのかなと思った。3章に関してはグラフを作ってあって視覚的に分かりやすい。ただ、所々に%のデータの記載があるが、これは一番最初のデータ100社中61社、というもののデータなのか、何を100としたパーセンテージなのかがはっきりわかるといいと思う。4章の対策は、警察・政府など立場ごとに切って簡潔に書いているところが分かりやすくて良いと思った。
全体としてとても簡潔に分かりやすくまとめてあって、現状の問題点がどこにあるのかということが読みながら理解することができた。ただ最後に一つ言うならば、黄さん自身の提案、この問題の解決の仕方、意見が提示されているのが、本章の中では4-3の最後であったりと少ない気がしたので、現状分析、課題抽出からのその先の部分を読んでみたいなというのがありました。

各章の分量・重さも合っていてバランスが取れている非常にわかりやすい論文だと思いました。
おつかれさまです!

2011年1月11日火曜日

ゼミの感想0111<矢野>

☆フリーペーパー
みんなのアイディアに非常に刺激を受けました。特に吉田君のアイディアは読んでみたいなと思いました。日本のニュースを外側から知るには、最低でも英語の文献を読まねばいけないので(読むべきなのであろうが)ハードルが高く、「気軽に読める」ものではない。英語圏以外の文献はなおさらである。自分自身も去年やおととしに海外で現地人と話をして、「日本ってこんな風に見られているんだ」と意外性に驚いたことがいくつもあったので、そのようなフリーペーパーがあればきっと役に立つと思う。だれに広告を打ってもらうのかという問題があるが。
また、李先生の「もらう側に立った視点」が私たちには欠けていたのかなと思った。

☆アクティビティー
ゲームとしても楽しかったがそれ以上に得るものがあって興味深かった。難しい言葉(パブリックディプロマシーとか)だと、うまく説明できない自分がいて、理解の足りているもの足りていないものの差がはっきりわかった。特にメディアの用語は論文でもはっきりと詳細に定義するようにと言われているように、ぼやぼやしているものが多いので一言では説明できない。あのゲームのルール上他の語とはっきり差異化しなければならないのでその意味でも難しかった。前期のゼミで金先生が「プラットフォームって何?」と訊かれて自分自身よく使っていたのに答えられなかったのを思い出した。実際に自分の口で説明してみると「あれ、この言葉はこれを含むのかな?」などというのが多くある。特にカタカナ語はこれからも注意して使っていこうと思う。


新年会では李先生と打ち解けた場で交流できてよかったです!ロマンチストな一面も垣間見れて良かったです。今週金曜日のランチも楽しみです!!残り少ないからこそ、来週のゼミもより大切にできたらと思います。
そして近々5期生で金ゼミ人事部が発足するのでそちらの方も楽しみです。

2011年1月9日日曜日

冬休みホンヨミ③<矢野>

『たった1分で人生が変わる 片づけの習慣』小松易著(中経出版)

金ゼミとは直接的に関係はないだろうが、先ほどの「プレイフル・シンキング」と関連して、自己啓発本・ハウツー本として思うところがあったので、書評として挙げさせていただく。一部内容を悪く言っているように見えるかもしれないが、これを書く目的としては、どうしてハウツー本がどうして簡単にヒットし、本屋で平積みされてはブームが過ぎ去り掃いて捨てるほど日本中に溢れるという社会現象が起るのかを本の内容から考えてみたかったから。
一つ大きく感じたことは、当然かもしれないが、ハウツー本というのはたいてい一つの形式をとっているということ。全体の流れを順を追ってみていきたい。
序章:この本(または内容)のすごさを盲目的に評価する、そしてその実行がいかに簡単かを根拠なく主張する。この時に「あなた」という代名詞を使用して、なるべく読者が「自分」に置き換えられるようにもっていく。
前半:序章の具体化。この本の目的遂行がどんなに素晴らしいことか、読者の現状を変え得るかを主張する。使われている手法を例として挙げたい。「~でも○○できる」→「~できないと○○できない」の置き換え。この本を引用すれば、初めは筆者の体験をもとにして、「(旅行先で感じたこととして)荷物や持ち物が少なくても充実した日を遅れた」と語っていたのにいつのまにか同様の文脈で「荷物が少なくないと充実した生活を送れない」となっている。先ほどの詭弁論理学の記述を引き合いに出すのがちょうどよい。これこそ「詭弁」である。このような中で、情報リテラシーを欠いた読者は鵜呑みにしてしまい、「これ(本の内容)を達成しなければ」というマインドセットが簡単に起る。そして後半の実践方法の紹介をさわりの部分だけ語る。
後半:実際のやり方。こう考えるとここがこの本のコアであるはずなのに非常に分量として少ないことに気づく。
だいたいこのような順序で書かれている。
しかし読み終わってみると、著者の主張に浸かった自分がいるのである。この後半部分の本質だけではここまで染まることもなかっただろう。前半の洗脳はすごい効力だ。この洗脳がいかにうまくできるかがハウツー本の「効く・効かない」「役に立つ・立たない」をつかさどっているのかもしれない。ただ、この状態に陥るのもつかの間、すぐに生活の忙しさにまみれて忘れてしまう。ハウツー本の効力には使用期限があるのだなあと感じる。これが冒頭に書いた社会現象を生み出す要因だろう。今回は「片づけ」というテーマだったからつべこべ言わずこの主張に染まるに越したことはない(片付けが正しいことは自明の理だから。)ただ、二項対立になりうるテーマだった場合には注意が必要である。思考回路を著者が自分のそれと同じくするために本の上に道筋を書いてしまっているからである。読んだ後冷静になってしまえばハウツー本の意味がなくなってしまうわけだが、それなりのリテラシーが読者にも必要だろう。

冬休みホンヨミ②<矢野>

「プレイフル・シンキング」
新年には持ってこいの本。
何かタスクがあってそれをこなす時にただ「つまらない・面倒くさい」と嫌々やるのではなく、自分で付加価値を付けて成し遂げることができたら・・・。この本を読んで最初は難しそうだと感じたが、実際そうではなかった。私が難しそうと考えたのは、そのタスクに割ける時間は限られているから。時間がたっぷりあったら付加価値を付けてみたいという願望はあるけれど、実際に限られた時間の中でのアウトプットが「それ」なのだとしたら新たに時間を割けるかどうはその時によるかもしれない。この本の最初の方では理詰めで考えていて半信半疑だったが、ふとしたひらめきから実践してみると意外にも簡単で楽しかった。具体的に述べると、私の団体では毎週メンバーが集まって、皆で話し合いを行ったりプレゼンを行うミーティングがある。それは主に私たち役員が運営するのだが、毎回改善のためにメンバーにアンケートを紙媒体で行うことにしている。それを作って印刷するのが私の役目なのだが、どうもその作業に面白みがなかった。セッションの担当者から質問項目を募り、それをまとめて版を作り、印刷するだけ・・・質向上のために欠かせない要素ではあるが、毎週ともなると面倒な作業である。そこのこの「プレイフル・シンキング」を入れようと思いついたのが、質問項目に全くミーティングの質問と関係のないことを入れて面白くして結果を公表するのだ。例えば「最近恥ずかしかったことは?」だったり「好きな人はいますか?」だったり・・・アンケートを今まで面倒だと適当にしか書いてくれなかったり、書こうとしないメンバーも興味を持って楽しんでアンケートを書いてくれるようになった。このように実際かなり「使える」そして何より読んでいて楽しくなるような本だった。

2011年1月7日金曜日

2011年の抱負<矢野>

明けましておめでとうございます。

今年の抱負・・・・・
「早寝早起」
でゆきたいと思います。

あまりアカデミックではないのですが・・・しかし、適当に選んだわけではないのです。
初めは「磨穿鉄硯」でいこうかなあと考えていました。「強い意志をもち続け、物事を達成するまで変えないこと。また、学問にたゆまず励むたとえ。」という意味です。理由は、勉強しようと思ったから。大学に入って自分で言うのも変ですが、私は幸いにも素晴らしいコミュニティーや環境に恵まれていたと思います。
金ゼミ然りサークル然りバイト然り・・・・。話を聞いていると自分も頑張らないと!、と思うような人たちがたくさんいたし、素晴らしいコミュニティーに属していたことで、自分自身のアウトプットの場も多くあったと思います。そんなこともあり、今までの大学生活はよく「動いていたな」と思います。良い経験の機会を与えてもらってもさして振り返って考えることをせず、また次の機会が降ってくるから飛びついてそれをものにしようとする・・・なんだか若干中途半端だなとは薄々感じていました。体だけはよく動いているような状態だったと思います。今年、おそらく私は就活をすることになるでしょうが、これを経たらもうすぐに社会に出てしまうんだなーそう思った時に自分の今の脳みそじゃ恥ずかしいな、と思いました。体だけではなくて頭も動かせるようになりたい、というか頭で考えてから無駄なく行動したい、と思いました。それにはもっと知識が必要だと思いました。脳みそを肥やしたい。考える行為を意識的に行うこともですが、具体的に言えば学問だったり語学だったり読書だったり。こういたことを少し落ち着いてやりたいと思っています。あと、個人的にもう少しサブカルチャーに詳しくなりたい。映画とか好きだけれど時間がないのを理由に見ないし、韓国で韓国の子にワンピースを熱く語られたのに何もついて行けなかった。なにか人間として深みがないなあという問題意識があります。


といっても、今動いている足を簡単には止められないし自分も止めたいとは思えません。


ではどうするか、


時間を作るしかない。


自分の中で無駄な時間って何だろう、
いや、無駄な時間以前に起きる時間寝る時間がばらばら過ぎてもはや分析不可能。


「そうだ早寝早起きだ」


これがお正月の結論です。





2010年12月21日火曜日

1217ゼミの感想

<3期生プレゼン>
まず、3期生のプレゼンスキルには最後といえ改めて感心させられました。
皆個性的で1つ1つ違ったテレビ番組を見ているような感覚でした。
「今年は4年生の先輩がたくさんゼミに来て下さった」とよく聞きますが、
去年を経験していない私にとっては4年生の先輩がいらっしゃるのが当たり前のことのようで、ゼミでの役割が3年生はゼミの統括、4年生は膨大な知識の持ち主でありそれをゼミに供給してくださる、というイメージがありました。議論を組み立てる力や学ぶ姿勢・システムは頑張れば私たちでも作れるかも知れないけれど、その議論や学びの質を上げていくにはどうしても膨大な知識や経験が必要です。特にそのソフトの面で4年生の先輩方は本当にゼミに貢献してくださっていた(言い回しが上から目線だったらごめんなさい…)と思いますし、4年生あっての今年の金ゼミだったのではないかと思います。
本当にありがとうございました。

<所信表明>
一人も似通ったようなことや、前の人の二番煎じのようなプレゼンがなく(正論を並べがちなプレゼンではよくあることだと思うのですが)、さすが5期生、と思いました。自分のゼミにおけるアイデンティティーの部分で「若さ」と話しましたが、もう一度その言葉を反芻してみた時に、2年生に若さは求められていたかもしれないけれど、3年生にはもはや求められるべきものではない、と考えました。私の意図したいた「若さ」から未熟さや思考の浅さなどというマイナス面を引き算すると何が残るのか…おそらく「イノベーティブであること」「面白そうなことにパッと飛びつける敏捷性」「柔軟性」…そんなところだと思います。夢は大きいですが、まずは自分自身に余裕を作るところからはじめていきたいと思います。
5期全体に話を戻せば、こういった緊張感の中で一人一人が想いを話す貴重な機会でした。気づいたこととしては、私を初めとして皆わりとベクトルを自分に向けてのプレゼンだったかなと思います。特に所信表明の内容が規定されていたわけではなかったからこそ、「金ゼミ」という組織の視点に立った思考というのが(無論私を含めてですが)今の5期生にはもっと必要なのではないかと考えました。ただ、こんなに個性的で自分のこと、想いをきちんと語れる人たちならばきっと“I”を“We”に変えて考えることは容易だと思います。今後今までの4代の先輩方が作ってきてくださった「金ゼミ」に5期生がどんな付加価値を乗せていくことができるのか、今はまだ不安よりワクワクの方が大きいです。

ひとまず2010年のゼミは終わりますが、金光さんをはじめ、ゼミを統括してくださった4期生の先輩、「金ゼミのロールモデル」だった3期生の先輩、いつも楽しい5期の同期、李先生、金先生本当にありがとうございました。先輩方にはは引き続きゼミに足を運んで(よい意味で)ゼミをかき回して頂きたいのでぜひぜひよろしくお願いいたします。

2010年12月11日土曜日

1210ゼミの感想<矢野>

本の紹介プレゼン

李先生のコメントを聞いて初めに思ったのですが、「お勧めの1冊」を一人ずつ紹介していくと、そのコミュニティーがどんなことに関心のあってどんな方面のことを考えている(または考えていない)人の集まりなのかというのがわかるんですね。面白いなと思いました。他のコミュニティーでもやったらまた全然違うものが出てきてそのコミュニティーってものを客観的に見れるんじゃないかと思います。

皆さんが紹介していた本どれも読んでみたくなりました。特に栫井さんの紹介していたDAWNは早く読みたいと思います。dividualismが深そうです。自分が高校生の頃、色々なことを頭だけでうにうにと考えていた時にそういえばこんなことを考えていたなあと思い出したからです。

本を読んだ記録をきちんとつけておくことの大切さも今回のプレゼンで改めて学んだ気がします。最近はブクログなどの便利なツールも増えてきたので活用していこうと思いました。

「国富論」「進化論」原典を読んだことがない大学生(しかも慶應生!)ってなんだか恥ずかしいな、と李先生の話を聞いていてふと思ってしまいました。50年前くらいの大学生だったら当たり前のように読んでいたんじゃないかと思います。春休みなど長期休暇にトライしてみたいです。つまるところ、もしドラを読んで「へぇ」と思うのではなくて、「もしドラはここはいいけどこの部分は本書の良さをもう少し出した方が良かったよね」と言える人間になりたいです。

個人論文
論文の概要として、首尾一貫した道筋、方向性が定まりました。
かなり遅めのペースですが、骨子はしっかり決まったと思うので、これからブレたり立ち戻ったりすることはなさそうです。1週間切りましたが、追い込み頑張りたいと思います。

2010年12月4日土曜日

1203 ゼミの感想 【矢野】

<ゲストスピーカー加藤さん>
議論の仕方についてだが、次から次へと目まぐるしく話題が変わり話者が変わり抑揚もついて面白い議論だった。(吉田君の仕切りも非常にナイスでしたが)加藤さんはこれがもはやグローバルスタンダード的なことをおっしゃっていた。とにかく他人を差し置いてでも自分の主張ができなければダメ、これぞ本当にvoice or die の世界だ。私はこういうマシンガン的に自分の考えていることをどんどん口に出すのは性格的にも得意な方なのだが、最近は議題に対して逸れたこと、論理性に欠けることまで平気で垂れ流すのならば黙っていようという思考が強かったので、今日は少し困ってしまった。あのスピードで論理性のあり、かつ皆が発言する中で人の頭に残るような質問や発言ができなければこれからのグローバル社会の中でだめなんだな、と感じた。去年自分が参加した国際会議で中国の学生がガンガン手を挙げて発言していたことを思い出した。
また、若者と政治の件については非常に考えさせられた。ここまで個人的な情報発信(しかもある程度の母体数にアプローチできる)が許容され、ツールが誰の身近にも転がっている時代なのに、日本人は意見交換の場所としてはあまりそれらを活用できていない感があった。また、政治に傾倒することが完全に怪しい、変な人、分かり得ない人のようなイメージが先行していている。これだけ政治と若者を繋ぐインフラ(Twitter)はできているのだから、お互いに歩み寄る工夫が必要だと思った。


<次世代テレビ>
結局テレビとPCの違いはハード面なのでは?と感じてしまった。見え方とか画質とか。
ただ、テレビという少しOfficilaなところに持っていくだけで課金が変わるかもしれないというのは非常に魅力的だと思った。

2010年11月29日月曜日

ゼミの感想<矢野>

<論文中間発表>

最近はもっぱら「論文やらなきゃなー」となにか重いものがのっている感じです。
実際に本を読んだり情報収集している時は自分の興味に沿ってやっているから楽しいのだけれど、
調べるほどに「こっちの知識も欲しいな」というのがどんどん出てきて、「いや、でもここまで広げたらあと半月じゃまとまらないだろう」「あれ、なんかテーマとずれてきてないか?」みたいな葛藤があります。
そしてこれをまとめることが上手くできるのかという漠然とした不安が怖いです。

プレゼンでも話したとおり、つい先日まで「フラッシュマーケティング×地域活性化」でやろうとしていたのですが、フラッシュマーケティング企業の社長さんに一掃されてしまいましたFMが地域活性化に効く、という意見はよくあるらしいのですが、実際その地方に行ったりリピートするインセンティブにはならないようで、それだったら位置ゲーの方が俄然効果があるそうです。
金先生のおっしゃっていたように、より良いFMのビジネスモデルを考えてみたいと思います。
今、消費者行動についての本を読んでいるのですが、行動経済についても知識がほしいところです。
ただ、論文テーマをこれに据えてからインターンバイトを始めて実際にFMに触れて、かなり知識がついたなとは思いました。この調子で金ゼミの中でFMだったら矢野に聞け、みたいな存在になりたいです。

あと、まとまりがないんですが、論文について考えていて感じることは、自分がろくに数字を扱えないなということ。完全に文系脳と自負(?)している私ですが、やはり数字がないと、定量的に示せなくて、ふわふわしたものになってしまう。今思えば電子書籍論文はその意味で大変にふわっふわ(表現が難しいのですが、仮想ベースで話が進んでいるような感じ)だった気がします。ということで、来年商学部のゼミに入るとしたら頑張って数字を扱えるようなところに行きたいなと思いました。

ゼミの話が若干少ない気がしますが、最後に、
「仮説をブラッシュアップしていくとどんどん質の高いものにしていく」
という金先生の言葉が印象的でした。

2010年11月15日月曜日

1112 ゼミ感想<矢野>

Presentation KIM

図で表せる能力ってすごいな、と最近感じている。
今週栫井さんに個人論文のミーティングをしてもらった時に図示することについて話した。確かに栫井さんがよくプレゼンで色々な事象や関係性を図で表現しているのは度々見ていた。今回個人論文のテーマを掘り下げて考えるときに、文章では表せなくてただただ白い紙にmind mapのような形に書き連ねていたのだが、なかなかそれをすっきりと辻褄の合うように、整合性の取れた図にするのは意外にも難しかった。こういう作業ってそれこそ「才能」だと思った、いや実際そうかもしれない。けれど、栫井さんもプレゼンの中で岸本さんと宮村さんという師がいる、と言っていた。つまり私も3人を(一人多くてラッキーと捉える笑。)師として少し頑張ってみよう、ということだ。ということで、今後私のプレゼンの中に少しおかしな図が出てきても、成長過程ということで見守って頂きたいです。。。。

NC
日本の何を推して豊かにしていくのがいいのか、というかなりマスな視点から入ってしまったのでその分考えることも多かった。50年後、第2次産業で食べていける日本人がどれくらいいるのか・・・、日本は第3次産業でやっていくべきだという人もいるが、では果たして第3次産業でふんだんに儲けることなどできるのか・・・阿久津さんも商社がコンテンツを扱わない理由として、コンテンツはもうからないと言っていた。もちろんコンテンツだけが第3次産業ではないが。これに関して知識が少なく仮想ベースでの意見しか出せなかったのでもっと勉強しなければと思いました。ただ、Public Diplomacyに関しては日本は積極的介入が少ない、というかそこまで手が回っていない感があるので、どの領域であれ、介入という行為はすべきではないのかなと思います。

戸高さんプレゼン
言葉の定義の大切さ、というのが印象的でした。特に私たちのゼミでは不可欠、と戸高さんもおっしゃっていましたが、その通りだと思います。私的には今までの中で、「プラットフォーム」という言葉について前期金先生が説明してくださったのを良く覚えています。「言ってしまえばかなりプラットフォームというのは広い意味を持った言葉になってしまう」とおっしゃっていて、頷くところがありました。広い概念的な言葉(それが外来語だと更に)というのは扱いが難しく、きちんと定義してあげないと後で言うことがばらばらになってしまう、ある意味では厄介。けれど自分でその定義を変えてみたら、全然違う方向や切り口から物事が見えて興味深いある時はワクワクさえするような「複雑さ」が生まれるのかな、とも思いました。

5期話し合い
仲がいいなと思います。というのがアウトプットではないんですが・・・もっともっと話したいです!!

<論文>
テーマを掘り下げ中です。
フラッシュマーケティングの概要は電子書籍を読んで大方理解しました。

2010年11月3日水曜日

1029 Happy Halloween<矢野>

①Presentation Kim2010
スライドを見たらプレゼンを聞いたら「矢野のだ!」と分かるプレゼンにしたい!
強く思ったことでした。WindowsとMacの違いこそあれ皆作っているのは同じソフト。
テーマによって変わるスライドのイメージ。限られたプレゼン時間・・・
そんな中で印象に残る、個性を出したプレゼンを確立できたらいいなと思いました。
例えば、今はゼミが20人程度だからいいけれども果たして発表者が100人いた時に自分のプレゼンはどのくらいの人に覚えてもらえるのか・・・それはもちろん突飛な発表の仕方という意味ではなくて、中身・構成に関しても充実させるということである。プレゼンというのは、ソフトとハード(と呼んでいいのかわからないが)の部分があると思っていて、ソフトというのは話したいこと・収集したデータ・ネタのこと、ハードというのは話し方・スライドのデザイン・演出などのこと(とする)。この両方があって初めて素晴らしいプレゼンになると思う。私が今回発表したのはハードの部分ばかりだった。この部分はうまい人のを真似しやすいし、意識次第で早く身につけることも可能だと思う。ただソフトの部分は練習を積んでいく必要があると思う。プレゼンについて考えていて気づくところがあったのが、私はプレゼンを作るに際して圧倒的に知識収集量が少ないということ。もっとバンナムで言うところの「聞かれたらさっと答えられるリスト」のようなものを常に作っておく必要があるなと感じた。
プレゼンの作り方ってこんなにも人によって様々に工夫されていることを知り、そのひとつひとつを真似したくなった。吉田君の教えてくれた本も読んでみようと思う。次回も楽しみだ。

②論文
このような機会があることは非常にいいなと思った。
5期のためにこれを考えてくださった先輩に感謝。こういうのを5期生が自発的に言ってやるべきだったんだなあと思った。「自発性」というものが、ゼミという場においては求められるんだなあということに今更気づいた。テーマがいくら考えてもなかなか絞れないので、夜な夜な考えてみようと思う。笑

③Halloween
本当に楽しかった!!もっとあのような場がゼミにあっていいんだ、というか必要、と思いました。
是非X'mas Partyもやりましょう。騒ぐの大好き5期生が企画すると思います、いや、しましょう!!

2010年10月24日日曜日

「すごい」人【矢野】

①NC

最近の電子書籍事情が分かってためになったし、話題性があって面白かった。
最後にも意見したとおり、私は日本産の電子書籍がそこまでの酷い失敗には終わらないのではないかと思っている。確かに日本でしか市場を取って行けないのは厳しいだろうが、独自のやり方(フォーマットなど)を確立していかなければ日本の市場さえも完全にアメリカ勢に乗っ取られてしまうだろう。私は日本の製品は本当に細かいところまで細かくカスタマーニーズを押さえられていると思う。林さんが、(インクリメンタルなマーケティングが日本は得意とおっしゃっていたように)。出版社側、著者側から見るとまた違った世界が見えるのであろうが、使う側・読む側にとっては使いやすさ(値段も含めて)が一番であると思うから、そこまで問題はないのかと考える。ただ、寡占市場にしていくことでコンテンツの値段が上がり、また再び音楽のように違法DLが増えることも往々にして考えられると思う。
引き続きみていきたい問題であると感じた。
また吉田君が意見していたように、出版社の価値というのが今後どうなっていくのかも気になるところである。

②林さん講演
お話を聞いていて本当に楽しかった!!
語彙の少ない私はお話の後、「この方すごい!!激アツ!!!」と思ったのだが、それだけでは伝わるところが少なすぎるし自分のためにもならないので、なぜそんなに興奮したのかを考えることにする。

まず、お話の仕方が人を惹きつけた。具体例を非常に多く使ってらっしゃるところ、一つ一つのことを自分の言葉で話していらっしゃる気がした。あと「~でしょ?~だと思わない?」など常に相手に語りかけるような口調もいいのかも、、、と話術から学ぶことが多かった。実際に理屈抜きに、林さんと話していること、お話を伺うことが本当に楽しかった。
次に、感覚が私(たち)と大きく違わないこと。よく社長さんのお話や若いころについて聞くと「そこで私ならそんな大きな決断できないや。」とか「こんな考え方が出てくるなんてが私のような人間とは違うな・・」というような感じを持ってしまうことがあるのだが、林さんのお話を聞いていると、別段特異な考えを持っているわけではないようだった。林さんの「(就活の時点で)実際そんなに人と違わない」というお言葉を思い出してしまう位に、根底の部分では(言い方がとても悪いようですが)「私たちと同じような」「特異ではない人」だと感じた。それがまた親しみやすさを生んでいるのかもしれない。林さんの人生における「こう思ったから、次はこうした」という選択もすごく人間らしい感じがした。そのため、一つ一つのアドバイスや林さんの今までのライフストーリーが自分にもあてはめられそうでためになった。

林さんとお話して印象に残っているのが、留学に行った時に肩書がない自分を海外でどう説明し、表現していくかというところだ。自分ならどうするかと考えた時、難しすぎると思った。現在日本であれば「慶應義塾大学の・・・」と言っただけで塾講師のアルバイトは採用されやすくなるし、所属を言えばOBの方に良くしていただける。肩書って本当に楽だが、それを取り払った「肩書が守ってくれない」自分というものを表現できる方法を増やしたい、できれば日本だけでなくそれをグローバルなレベルでできたらいいなと思った。

学んだことはまだまだあるが、学生生活のうちに、「自分のワクワクすることを社会という風に当て続けることで磨いていく」ということを積極的にしていきたいと思った。

本当にありがとうございました。

2010年10月17日日曜日

いろいろ考えさせられたゼミ。【矢野】

①NC
初めてメインのプレゼンターをやりました。
準備期間が5日間ほどあったわけですが一番苦労したのは、議論の運び方でした。
前期の反省で、議論で議題を議論する、いわばきちんと議題設定がなされていない、というのがあったり意見が出しづらい議題があったと思ったので、工夫しようと思ったのですが、なかなかやはり難しかったです。
意見が二項対立しているときに、自分と同じ側の意見はいくらでも考えれば出てくるけれど、反対側の意見って考えようとしないから意外に入ってくると深く考えさせられる。そしてよりその問題全体への包括的な理解が深まるのでは、と自分自身も参考文献を読んでいて感じたため、今回のような議論の形式をとりました。これを評価してくださる人もいてうれしかったです。ただ、今回の議論設定で失敗してしまった点としては2つあって、一つは、議題に使う言葉を抽象的にしないということです。これは自分の言葉のすみ分けというか理解不足が原因だったと思います。今回のものを例にとれば、ジャーナリズム=新聞では決してないから、新聞(ジャーナリズム)のような書き方は避けるべきだったと思いました。また、2つ目としては、最初に議論の方向性、発表全体の流れを提示しておくということです。最初に、「次はこの議論が出る」ということが分かっていればもっと発表全体を「プレゼンテーターとオーディエンスで作っていく」ようなことができるのだと思います。ただ、バンダイナムコの時にも非常に悩ましかったのですが、方向性を見せるというのはある意味のネタばれであり、難しいところです。事前に資料を配ったり、議論の中で先に意見の例を出したりという塩梅もまた然りです。ネタばれでプレゼンにいい意味での驚きがない、というのと、全体としてプレゼン・議論が丸く収まりオーディエンスの理解度も高い、というののどこで均衡をとるか・・・難しいと思いました。
いい経験になったと思います。

②今後のNCとかもろもろについて
NCの議題って迷うんですよね。今回は三田論のテーマ、ということでよかったんですが。
自分の興味はこれ!そしてこの範囲の知識量なら負けないぜ!という意気でテーマ設定できるようになるといいなと思いました。

あと、いろいろ思ったことがあったので、ちょっと書きます。
メーリスで3期生の先輩がNCについての資料を送ってくださいました。

まず、あの資料を見て思ったことは「自分は本当に与えられたことしかやってないなあ」ということでした。どちらかというと自分のためにやるのが精いっぱいで、全体のアウトプットの質を高めようというところまで考えたことがあまりなかったです。もっとコミットすればするほどいいものが出せる環境なのに随分自分はもったいないことしてるなあ、と思いました。確かに学生団体とかサークルも掛け持ちしてるしバイトもしてるし忙しい理由はいっぱいあるけれど、今自分がやってることって、高校生と同じじゃないか、課題を出している人が先生か先輩かの違いだけじゃないか・・・?そう思いました。とりあえず今のままでは時間がない、作ろう、と思いました。

二つ目、NCとは何かと明確にした文書があったと思います。これをもっと早く知りたかった!と思いました。それで、ゼミでやること一つ一つにもっと共通認識、想定されるアウトプット・目標を決めてもいいんじゃないかと思いました。たとえば、このブログ。ドラッカーの言葉を借りれば「顧客はだれか?」というやつです。自分の備忘録なのか、ゼミ生に意見を共有するためなのか、金ゼミの外部発信なのか・・・。全部!という答えが一番ありえそうですが、それならそれで、どれを一番重視するのか、顧客はだれなのか、決めた方がいいと思います。その方が一つのブログに載せるのにまとまりがあるし、ターゲットが明確化しているものの方が読者側も楽しいと思います。そして書く側も顧客に合わせた書き方ができると思います。今も私だれに向けて書いているんだろうという状態なので。

三つ目、これは単純に提案なんですが、送ってくださったような資料をSkydriveなどのファイルにアップロードするのはどうでしょうか?アーカイブはSkydriveに、つかうものはDropboxに、みたいなすみ分けでやったらどうかなと思いました。もうそういうのあるよ、って感じだったらすごめんなさい。

長々と思っていることを書いてしまいました。あまり外部発信できるような代物じゃなくてすみません。

ネット帝国主義と日本の敗北【矢野】

ネット上の「コンテンツレイヤー」と「プラットフォームレイヤー」の関係について非常にわかりやすく書かれていて、今までの知識を整理するのに非常に役に立った1冊であった。

また、現在のGoogle、Yahoo!などのポータルサイトがいかに力を持っているかを再認識させられ、日本がそういったポータルサイトを世に出せていないことに危機感を感じた。保守的・内向的という国民性を持ってしても海外のものを積極的に使ってしまっているのは珍しい感さえあるが。
それだけもうそれらのサイトが浸透しきっているということだろう。
影響力の強さゆえに現在の収益システムを急速に変えられないのも無理はないと思った。

当分は日本のコンテンツ産業も自助努力によって収益を得ていかなければならないと感じた。
日本は現在コンテンツ大国として世界に名をはせるようになったが、質の良いコンテンツをただ作っていけばよいというわけではない、それをよりよい形で売っていかねばならない、むしろそのことが大事なのだと感じさせられる。(質の良いコンテンツを)作る→多く高く売る→収益を上げる→インセンティブとなる→作る→・・・という循環がなければそもそもコンテンツを今後発信できなくなるのだ。しかも、コンテンツというのは単なる営利組織で潰れたらそこでおしまい、というわけにはいかない。コンテンツとは文化であり、時に国民性の形成に関わるところでもあるのだ。
これを日本は当分の間自助努力によって守っていかねばならない、そしてその重要度は極めて高いと感じた。

2010年10月12日火曜日

BIG☆EVENT

発表の瞬間が最高に楽しかった!!

発表前も最中も全く緊張せず、たぶん一種のトランス状態でした。
もともと人前に出るのに怖じないタイプではありますが、
こんなに発表を楽しいと思えたことはなかなかありませんでした。
なぜだろう? こう考えた時に、出てきた答えは「うまくいかないわけがない」と確信していたから、だと思います。
完全に納得のいくプレゼンの素材を夏休みから通してチームで作ったこと、何度もSkypeでミーティングしたこと、発表の週は三田に集まり全員で遅くまでリハーサルを繰り返ししたこと、、、、
本当に申し分のない完璧な準備だったなぁと振り返って思います。
十分すぎる準備がこれほどの自信をも生み緊張を吹き飛ばすのだということを身を以て学びました。

それだけでなく、この大きな発表という一つの区切りまでに本当に多くのことを学ぶことができたと思っています。大きく二つを挙げたいと思います。
まず新しいアイディアを「商品」とすること。準備をしながらずっと思っていたことがあります。
「みんながへらへらと(悪い意味ではなくて)楽しんで、面白がって使うものなのに、それを作っている側はこんなにも真剣なんだ」ということ。商品なんだから当たり前、と言われればそれまでなのですが、消費者の側にしか立ったことのない自分にとっては新鮮で何だか不思議な感覚に終始追われていました。また、プリクラ機の機能を引き継いでいたということもあって、既存の商品がいかによく考え抜かれて作られたかということがよくわかりました。「商品企画」と聞くとキラキラなイメージがありますが、終始キラキラなアイディアベースというわけではない事を知り、奥深さを感じました。

次に、リーダーとしてのこと。2年で一人リーダーをやらせていただいたのですが、最初に言ってしまえば、本当に良い経験になったと思います。皆で集まる時に遅刻したり、ゼミを休んでしまったり、動き出しの指示が遅かったり・・・至らなかったりだらしない点も多かったと思います。また、皆にどこまで仕事を振ってよいのかという塩梅が分からないこともありました。あと、おそらくチームで動く時の最終意思決定者はリーダーになると思うのですが、メンバーの意見が一致していて自分と違う時…あまりなかったのですが、最後プレゼンの順番をどうもってくるかというところで、私だけ若干納得いかない時があったのですが、皆さんの意見の通りにして実際にやってみると自分でも気持ちがいいほど納得がいって、意固地に自分の意見通そうとしないで本当に良かったなと思いました。自分の納得のいかないものに仕上げてしまうのは良くないですが、リーダーが変に肩肘を張るのも良くないです。自分としての軸は持った上で柔軟に皆の意見を聞き、積極的にその軸を改装してみるのが大事なのだと思います。そして最初に「アイディア」だったものが最後何らかの形になるまでを一番よく、面白く、見届けられるのがきっとリーダーのいいところだと思います。今後この企画が続いていってもこのチームのリーダーとしてやらせていただけたら幸いです。

学んだことはまだまだあるのですが、書ききれないのでこのくらいにしておきます。
このような機会を作ってくださった先生とバンダイナムコゲームスの皆さんと、ここまでサポートしてくださった土屋さん、そしてHoneyMoneyのメンバーの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
今後も引き続きこの素晴らしい成長機会に感謝しながら頑張っていきたいと思います。

2010年9月9日木曜日

【夏休み②】上海いってきました【矢野】

8月下旬から9月の初めまで上海に2週間ほど行ってきました。
そこで感じたこと・思った事をつれづれなるままにですが、書いてみたいと思います。

まず、上海は、都会!
東京とか比べ物にならないですね。
展望台から見ても日本でいう新宿とか大手町のようなビル群が地平線まで続いていて、その遠くのぼやけ具合を見て「22世紀だ」と思いました。夜景もみなとみらいの比じゃないです。

↑この日は少し曇っていたんですが、それでもこの美しさです。。。
これは上海人の友達に聞いた話ですが、近年の上海は1年前訪れたところに行くと、もうそこがどこだかわからなくなっているくらいに変わってしまっているようです。今の日本ではなかなかあり得ないことで、聞いた時に鳥肌が立ちました。

ただ、あんなにも綺麗で大きななビルが建っているのに、トイレだけは残念なところが多いです。
あまりトイレをキレイに使う文化がないのか・・・
5つ星ホテルでも暖房便座やウォシュレットのない洋式トイレで、多くは四角い和式トイレのような(長方形ゆえにどちらが前かわからない且つ丁寧にも足置き場に滑り止めがついている)ものでした。
そのほぼ全ての四角和式トイレにAmerican Standardとのロゴがあったので調べてみると、
「アメリカンスタンダード」は19世紀後半に米国で設立され、世界的に水回り事業を展開しているブランドでいずれも衛生陶器と水栓金具などの製造販売を行っており、中国・タイ・韓国を主要拠点としてアジア各国で高い販売シェアを持つ、のだそうで、2009年にINAXがアジア部門を買収したそうです。意外にも今は日本企業のものなんですね。
是非今後TOTOやINAXが最新技術を以て中国トイレビジネスの覇権を握ってほしいところです。というか、すごい見込みのある市場だと思います。むしろ中国でトイレビジネスやりたくなりました笑。

あと、上海で特筆すべきはインフラの整備。これも素晴らしいです。
高級外車がびゅんびゅん走る高速道路は高架橋になっていて、上海中を網羅しています。もちろん通行料金は取られません。高速代を取るのは日本だけみたいですね。ドイツとかは日本に倣って検討してるみたいですけどやっぱり経済成長のためには料金なんて取らない方がいいでしょう。
バスもよく通っています。全部で500系統もあるそうです。上海の路線バスは日本の電車のように車体の上部が電線と繋がっていて、電気で動いているトロリーバスのようなものもありました。
タクシーもよくつかまるし、安いし、とにかく早い。おっちゃんがすごい勢いで飛ばしてくれます。
そしてなんといっても一番良いと思ったのが地下鉄です。上海市内を網羅しているのはもちろん、新しい(第一号線ができたのが1995年)からホームもきれいです。また、初めから計画的に作られ日本のように「あとからここを足して、繋げて・・・」というのがないので、乗り換えがとても楽だし、同じ会社なのでいくつ乗り換えても料金的な心配がありません。「安い行き方」を考えなくてすみます。あと、デジタルサイネージが各車両、ホームに設けられており、ニュースがチェックできたり、ホームでは次の電車の待ち時間がカウントダウンされている(山手線並みの本数はあるのですが)のには驚きました。
ただ、面倒なのは毎回乗るたびに改札で持ち物X線検査があることと、SUICA・PASMOの機能は日本の方が便利だなと感じました。

こんな感じでトイレとインフラの話で大部分占めてしまいましたが、また上海について書かせてもらおうと思います。それでは。

2010年8月16日月曜日

夏休み BNG編 【矢野】

明日はプリクラ動画=ムービーカプセル
のデモテープ(動画)の素材を撮りに渋谷に行ってきます!
うまく進むことを願います・・・・

完成品と撮っているところ、町中アンケートを撮ろうと予定しています。
担当の土屋さんもおっしゃっていてまた私たちも強ーく感じています、
このデモテープの大切さを。。
「プリクラ動画」というどこか聞き覚えのある言葉で表せるような、イノベーションのなさそうなものを私は作りたくありません。しかし、商品の説明を最初に言葉でしていく上で「あ、あれね」という先入観を持たれてしまうことは避けられないと思うのです。だからこそ、デモムービーで目から、耳から新しいものとして認識してもらわねばなりません。そのためにもムービーは力を入れてやっていきたいと思います。

今日考えていたのが「ハードは冷たくソフトは優しく」ということです。
つまり、ハード(外装)はクールでスタイリッシュでどこか自分とは遠い気がするのだけれど、
使ってみると使いやすくて誰にでも簡単で身近。
完全にAppleの受け売りのように聞こえますが、これって新製品、とくにイノベーションを起こしたい商品にとってとても必要な要素なのではないかと思います。
新たしいものと認識され、かつ何度も使ってもらうにはこれが必要なのではないかと思います。

また、担当の土屋さんと話していて、私たちの感覚を一番の強みにできることを指摘されはっとしました。
たとえ「それが流行るか?」と問われても「私ならやりたいです」、「そんなものに○○円払うだろうか?」と言われても「私なら払います」と言える、ということです。
しかしそのためには、逆にこのプロジェクトにおいて自分自身に嘘はつけないということです。
「自分がやりたい」というベースで始まったものだから、最後納得のゆくまで「自分が心からやりたいと思う商品・サービス」を追求しなければならないということです。一見簡単そうに見えることですが、実は難しいことだと感じ始めました。完成品があって「これが気にいるか否か」で納得のいくサービスを決めていくことは簡単ですが、一から、アイディアから納得いくものを妥協せずに作っていくのは非常に難しいです。
新たにものを創っていくことの難しさを感じる日々です・・・

とつぶやいて、明日頑張ってきます!