2011年1月4日火曜日

【冬休みホンヨミ!0107②】社会的排除【高橋】

『社会的排除 参加の欠如・不確かな帰属』 岩田正美(著)

①今日の人間関係
私たちの人間関係はネットの普及によって開放性と匿名性をもっているのが特徴で、さらには継続的な一過的関係が常にある状態でもある。つまり現代社会は、知らない者同士の匿名のままの関係の網の目が開放的で世界の隅々にまで広げられていると同時に、相対的に閉鎖的な特定範囲の人々や地域の集合体でもあると筆者は定義づける。それを反映しているのがSNSだろう。特に、日本で依然人気のmixiは匿名性が高く、関係が隅々まで広げられている。ただしそこには「日本」に何かしら関係のある人でないと集まらないという、閉鎖的なものでもある。この閉鎖性は何を生むか。「排除」である。

②アイデンティティの拠り所
定点=ホームと位置付けることで、自分の基盤・アイデンティティの拠り所を築いているのである。そしてホームという囲いを作るからこそ他人を必要とし、自分を築き上げていく。そこには他人を受け入れたり排除することで自分の定点を維持している。ホームを確認することで、一定の網の目の中に入る「許可」の条件になっていることが少なくないと筆者は云う。自分の居場所が揺らぐ中で自分のホームを堅持することは他者の排除を引き起こす危険性が含まれている。

③排除
排除の種類として、空間的排除と制度的排除が挙げられる。貧困層を一つの場所にまとめたりすることが空間的排除で、ある特定の人々が制度から排除されてしまったり制度それ自体が排除を生み出す場合があるのが制度的排除を指す。では差別と排除はどう違うか。差別は他者を恐れたり嫌悪する心理機構で、排除はしばしば抑圧の一形態として扱われる。差異を利用した一方的価値づけとしての差別は、しばしば社会的排除を結果するといえる。差別されて排除されている人々と、排除だけされている人々がいて、社会的排除は社会への参加の阻止という状態に特徴がある。日本社会には特にこうした排除の傾向が色濃く映し出されているといえるだろう。受容していく心が不可欠と口では簡単に言えることかもしれないが、潜在的な排除を含む制度の下、価値観自体を改革していくにはまだ時間がかかるのかもしれない。

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