2010年11月14日日曜日

残り5回 【金光】

 what & why

かこいさんがPresentation Kimで、心がけていると何度も言っていたフレーズ。彼女はwhat&whyプレゼンするか?と、プレゼンの中でwhat&why重要なのか?と問いかけて作っていると言っていた。
つい昨日、妹に部活の先輩へのメールの添削を頼まれて読んでいたら、「なぜ、その仕事をやるのか、どうして怒られているのか、が分かると納得できる」という内容があった。相手がたとえ高校生だとしても、whyを伝えることで、本当に伝えたいwhatを納得することができるんだ、という当たり前のことに気付かされた。


 製造業?コンテンツ??

グループワークになったとき岸本さんが「正直public deplomacyははやらないと思う」とおっしゃっていたが、私も自分のチーム議論の時にあえて「コンテンツばっかりで本当にいいの?」という疑問をぶつけた。
実はこれは私もある方から教えていただいた視点でした。今、アニメなどのコンテンツがサブカルチャーとして注目を浴びている。日本のOTAKU文化が市民権を得て、クールジャパンの売り込みの重要部分を担っている。しかし、日本全体で考えた時に、そこだけに注目するのは正しいのだろうか?語弊を恐れずに言えば、サブカルチャーは所詮サブカルチャーなのではないか?
アニメや若手クリエイターの支援をしても、そこで動くのは数人の有能と言われるクリエイターとその下で働く数多くの低賃金労働者。しかし、例えば製造業を活性化することで、その製品の部品製造、開発、流通、販売と一つの製品が出来上がるまでにより多くの人々に雇用の場を生むことが出来る。
次に視点を海外に移してみよう。韓国に去年海外に行ったときにYAMAHAのバイクを見たりSONY液晶を見たりして、海外で日本の製品が使用されていることに嬉しくなった。例えば、日本の電化製品が、性能が良くて丈夫という理由で日常的に海外で使われていたら自然とその海外の人々にとっての日本のイメージは先進的なものになると思う。一方、海外で日常的にMade in Japanとして認識されるものがマンガ、アニメだけだったらどうだろうか。たとえそれがなくなったとしても生活に支障はきたさない。だとしたら、海外の中の日本の重要度はあまり上がらないと思う。極端な例で反論も多いと思う。しかし、娯楽である以上は娯楽にお金を割くことのできる金銭的精神的余裕を国民に与えること、が国としてまず!行うべきことだと思う。

かくいう私も将来は知的財産分野、コンテンツの関わる分野に進みたいと思っているので正反対のことを言ってしまったが、今回のように国レベルでどうすべきか?という議題を与えられた時は、今自分達が勉強している”コンテンツ産業”に固執せずにもっと広い視野で考えるべきなのではないか、と思った。


みたろん
戸高さんの夜を徹してのプレゼンで思ったこと。
1、言葉の定義の大切さ
2、Editについて話していらっしゃたが、

プレゼンのEdit として考えてみると
     ↓
普通に検索しても表示されないような知識を自分の頭の中の引き出しから発見してそれをつなげて構成すること

だと思った。戸高さんのプレゼンにはそのようなちょっとひねった具体例や説明がちりばめられていた。

吉田班は三田祭で経過発表をするということで、あと一週間で発表形態に持っていかなければいけません。頑張りましょう!


 1期OG 阿久津さん
印象的だったのは、
 違う年代・環境で生きてきた人にもクリアに伝えるにはどうするのか。
 勉強をやめてしまったことが一番後悔している。
という言葉です。
また、話を通じて、将来自分が“自分自身を社会の中で売って生きていくのか”それとも”会社に属する自分として生きるのか”を考えるべきなのかなぁと思いました。そして先日も思ったことですが、○○会社に勤務する、と言ってもその中には本当に多くの立場があります。○○会社、○○グループといった固有名詞で想像を止めないで、自分がどんな立場で何をすることになるのかを具体的にイメージする必要があると思いました。(就職に限らず)

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