2010年6月21日月曜日

【ホンヨミ!】0618②ジャーナリズム崩壊【岡本】

『ジャーナリズム崩壊』 上杉隆

何がしかを批判する場として全く新聞が機能していないかというと、全くそうだというわけではない。紙面全体に占める割合は確かに低いが、「社説」あるいは「提言報道」や「コラム」という形では機能している(尤も、社説については「新聞社の保身のための文章しか書かれていない」というのが著者の主張だが)。中でも社説を例にとってみると、これがまこと不人気だと読売のデスクが言っていた。速報重視の報道に慣れきってしまった日本人が意見発信の場としての新聞を受け入れるには、案外と時間がかかるのかもしれない。

新聞記者と言えば、業界に成長に陰りの見える今でさえ押すに押されぬ人気職種。だが本書の中で克明に描かれているとおり、相当の倍率を勝ち抜いて入社した記者が、企業ジャーナリストとしてのしがらみと日本の報道慣習の中でどんどんと「考えない記者」になっていく現状は、見ていて痛々しい。

日本の新聞業界には、優れた記者ほど生き残りにくく、「考えない記者」ほどのうのうと生きていくという現実がある。だからこそ、ジャーナリズムを学んで頭でっかちになったような大学生よりは、言われたことを言われたままにやる、「上下関係こそ絶対」という世界で育ってきた体育会系の大学生のほうが好んで採用される。そうして、権力への阿諛追従というか、潜在的癒着体質の負の連鎖は続いていく。

だがいくら現実がそうであろうと、ジャーナリストは権力との距離感を忘れてはならない。本書で諸悪の根源と称される記者クラブだが(実際にその通りだと思う)、残念ながら、その開放は近い将来には起こらないだろう。企業ジャーナリストとして辛酸をなめつつも、個人としてはあくまで気概を持ち続けなければならない。自分も記者を志望する一人として、その気概は持ち続けたいと強く感じた。

本書に書かれていることはいちいち正しいし、日本の報道機関には改善すべき問題が山ほどある。ただ、本書でよく日本の報道の比較対象となるNYTの報道姿勢が一から十まで正しいのかといえば、必ずしもそうは言い切れない部分があると思う。

例えば黒田あゆみ事件に関する著者の取材姿勢には少々の疑問を持った。

原寿雄著『ジャーナリズムの思想』を読んでその思想の深遠さに圧倒された身としては、ジャーナリズムが「市民の協力の上に成り立っているもの」という考え方をどうしても捨てきれない。取材先には別に取材を受けることのインセンティブがあるわけではないし、ジャーナリストには警察のような強制捜査権だってない。飽くまでボランティアで取材を受けてもらっている以上、ある程度向こうの意見を飲むのは当然だと思うのだが、これも日本的な考え方なのだろうか。少なくとも著者の言説を見る限り、きっとそうなのだろうと思えてしまう。だがこういった考え方を全面的に否定してしまうというのは少々無理があるように感じたし、そうあってほしくはないと感じた。日本だけに「記者クラブ」なんて悪名高いシステムがあるのも、日本という国の固有の文化と何ら無関係ではあるまい。

その意味でも、「正しい」ジャーナリズムが果たしてどこまで日本に馴染むのかは正直言ってよくわからないし、極端な話、日本のジャーナリズムが100%NYTのようになるべきではないと感じる。

右寄りの論説も左寄りの論説もまとめて紙面に載せて、そういった両論併記的な姿勢が結果として一種の「客観報道」を生んでいるかのように見えるNYT。ではそれを実際に日本でやられたとして、その中から自分にとってより腑に落ちる記事を選択していく「審美眼」が我々に備わっているのだろうか。いろいろな意見がありすぎてどれが「正しい」のかわからない、そんな事態にはならないだろうか。日本の報道姿勢には悪いところが山ほどあるが、飽くまでそこは「日本という土地柄に沿うように」改革を推し進めていかねばなるまい。

また、ここに関して言えば何も考えずに読めば「NHKって変な会社だな」なんてことを筆者と同じ論調で思うのだろうが、自分としてはこの大上段に構えた物言いも少々「ん?」と思った。確かにNYTの理念や報道姿勢は評価されるべきものであると思う。また日本の報道機関はあまりにも駄目だ。ただ、その前者に勤めていたという優越感的なもの(本人がそう思って書いていなくとも、読者がそう感じたらそれは優越感に他ならない)が表現の端々にいちいちチラついて、あまり気持ちのいいものではなかった。読者に不快感を催させるものの書き方については少々改める余地があるように思う。本筋とは直接関係のない議論だが、「書き方」は本筋を生かしも殺しもする。本筋の魅力を余さず伝えるために、書き方にもある程度気を払わなければならない。尤も、遠慮のない物言いは如何にもアメリカナイズされて見え、著者らしいといえば著者らしいのだが…

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